第16話
風が木々を揺らして心地よい音を奏でている。
頬を撫でる風が気持ちいい。
ソフィアとルイは皇宮の中の植物園にいた。
皇后がルイの処罰については皇帝陛下とソフィアの意見を第一に尊重しつつ検討すると言って一旦2人とロイは帰された。
ロイはソフィアとルイを2人きりにしてあげようと気を利かせて部屋に戻った。
トントンとソフィアがルイの腫れた頬に濡らしたハンカチをあてる。お互いにずっと無言でただソフィアがルイの手当を黙々としていた。
この沈黙が2人とも嫌ではなかったので気まずくはなかったが先にソフィアが沈黙を破った。
「今日、守ってくれてありがとう。とても嬉しかった」
ソフィアがルイの瞳は見ずに腫れた頬を手当しながら言った。
その言葉にルイはまたずきずきと心臓が痛い。そしてソフィアの手を優しく避けて言った。
「それは当たり前のことで、本来なら今日みたいなことは起こるはずはなくて全て俺のせいだよ。…ソフィアには俺は釣り合わないといつからか思ってた。そんなつまらない自信のなさや劣等感のせいでこんな風になってしまってごめん」
初めてソフィアに心の内を話して初めてちゃんとルイは謝ることが出来た。
ソフィアの瞳を見て謝った。
菫色の瞳が揺れている。どんな、どんな表情なのか言い表せないくらいルイを切なげに見つめた。
その顔を見るだけでルイは鼻がつんとする。
これ以上泣いたら本当にみっともないので耐えた。
少しの間また沈黙して今度はソフィアが絞り出すように言う。
「どうして…釣り合わないと感じたの?ルイは完璧でいつも重たすぎる期待を1人で耐えてたじゃない。私は何も出来なかった。いつもルイに何もしてあげることが出来ない自分が悔しくて情けなかった。だから努力して少しでも近づこうとしたけどでも難しくて…。ルイのそのセリフは私が言うセリフなのに、どうして?」
ソフィアが俯いてハンカチを両手でぎゅっと固く握る。俯いた時にムーンストーンのネックレスが月に反射して輝いた。
ルイは初めてソフィアの心の中の話を聞いた。
初めてお互いちゃんと本音を言った。
ルイは心臓がぎゅううっと鷲掴みにされた気分だった。ソフィアも同じように感じていたのに、話せば良かったのに無駄なプライドで格好つけて今まで何をしていたんだろう。
ただこうやって向き合って話せば良かったことなのに結局ルイはソフィアが死んでどういう訳か過去に戻ってくるまでという長い時間を使ってしまった。
これ以上ソフィアとの時間を無駄にはしないしソフィアを死なせたりもしない…そしてソフィアの幸せを第一に考えようと誰よりもソフィアの幸せを願う人間になろうと目の前のソフィアを見ていてより強く思った。
そしてやっとの思いで口を開いて話す。
ソフィアを自分から逃がしてあげないとと思った。
「きっと誰かがそう言ったのをよりによって何も上手くいかなかった日に聞いたんだ。今となればそんなの俺の努力でどうにでもなったのに。逃げたんだ。これ以上失敗したくなかったしソフィアにかっこ悪い姿を見られたくもなかった。愛想を尽かされるかもと思ったから先に遠ざけようとした。でも全部間違ってた。これからはソフィアをちゃんと見ていくよ。だからもう少しだけ、もう少しでいい。一緒に過ごして欲しい」
罪を償わせて君の幸せを見届けたらちゃんと君の目の前から消えるから。
心の中で最後に付け足した。
そう言ってソフィアの手を握って話すとソフィアがはあ、と短くため息をついた。ソフィアの銀髪がさらりと揺れる。それにルイは突然不安になった、断られるかもしれないと思って。
するとソフィアが言う。
「先刻も言ったけれど私は殿下の妻でいたいと思っています。お願いされなくても勝手にそばにいるし…そんな誰かのつまらない嫉妬の言葉なんかルイは気にしないでいい。貴方は既にとても素晴らしい人よ。誰よりも努力家で誰よりも優秀、あまり見せないけれど本当は誰よりも暖かい人。ルイの気にするべき言葉は民の言葉と、臣下たちの言葉、皇宮のもの達の言葉、そして皇帝陛下と皇后様、ロイ様のお言葉。それと私にとってルイは永遠にヒーローなの。誰がなんと言おうと愛想を尽かすなんて有り得ないし嫌いにも…ならないんじゃない。なれないのよ。きっと死ぬその時まで貴方が私の大切な人には変わりない。…ここまで言わないと分からないの?」
もう、と言いながらふいっと顔を背けてソフィアが涙を拭った。ルイが握っていない右手の甲で拭いながら隠そうとする。
最後の憎まれ口は照れ隠しと涙がこぼれそうになったから出たものだった。そんなソフィアを見てルイはソフィアがこの先も一緒にいる未来を一瞬想像しそうになった。
でも直ぐに頭の中で黒く塗り潰してソフィアを逃がす事をまた考えた。
だけど、だけど今だけはルイの皇太子妃のソフィアでいて欲しかった。本当に我儘な自分に心底嫌悪感が湧いてくるけどソフィアの前でだけはそんなどうでもいい自分の感情は要らなかった。ただソフィアを大切に思うこの気持ちだけが必要だとようやく気がついた。
ルイがソフィアの手を離して立ち上がる。
「ソフィア」
短く名前を呼ぶとふいっと上を向いたソフィアにルイがふっと陰を作った。
ルイがソフィアの顔に手を優しく包んで涙を両手で拭ってやった。
「ルイ?」
ソフィアが驚きながら優しく微笑むルイを見つめてそのまま大人しくしていることにしてくれた。
今日、気軽に触れられるこの距離はルイにとって近いのに一番遠いものとなった。
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