第15話

「ルイ皇太子にはソフィア皇太子妃は勿体ない女性だ」

過去でルイが何度聞いた言葉だろうか。

この言葉はルイとソフィアとって距離を作らせる呪いに変わっていった。


バシッ!

皇后の部屋に乾いた音が響く。

ロイがおろおろとする。母である皇后ははあはあと息を切らせた。肩で息をする皇后の右手は空中にある。ルイの左頬は時間と共に腫れた。

今までのルイのしてきたことを全てルイは母に話し、罰を求めた。

ルイがしてきたことを全く知らない母アイラではなかったけれどどうしても性別の垣根も母と息子という垣根もある。ルイが皇宮に女性を代わる代わる呼びつけているなんて気が付かなかった。

一時期から荒れて城中の者を困らせるし街に抜け出して身分を隠しては山賊やらと喧嘩もしているようだった。それも承知していた。なのに。

ルイは隠すのがとても上手くて、ソフィアと思春期もあって気まずいのだろうと思っていたし思春期ももう終わって2人もまた元に戻るだろうと見守っているつもりだった。しかし蓋を開ければこれだ。

しかも自分と夫以外は皆知った皇太子の醜聞。

帝国の民に恥ずかしくてどんな顔をすればいいことか。

ただそんなことでは無い怒りが抑えられなかった。アイラにとってソフィアは既に自分の娘のような存在だったからだ。ソフィアを思うと胸が傷んで気がつけばルイを思い切り引っぱたいていた。

涙がぼろぼろと出て言葉を絞り出す。

「ああ、なんて可哀想なソフィア。皇太子がそんなことをしているなんて私に言えるはずがないわ。私の息子なのだから。ソフィアになんて言ったらいいの?」

大粒の涙を流す母親の前でルイは言い放った。

「はい、本当に本当に最低でした。もう二度とこのような馬鹿馬鹿しい失態は繰り返しません。ですので皇帝陛下と皇后殿下の命令で私を罰してください。せめておふたりは国民の手本になる必要が有りますから。私が仕出かした事は私が責任を負います」

そう堂々と言うルイにアイラは呆然とした。

一体どうしろと言うのだ。

今の皇室には魔法省の力が必要で皇帝陛下がこのことを知ったら大事になるでは無いか。

そしてルイを罰することで魔法省との縁が切れてしまったらそれこそ困る。

なによりソフィアは可愛い可愛い娘のような子だ。

手放すなど考えたこともなかった。

だけどソフィアの事を思うとルイをこのまま野放しにしてお咎めなしになんて絶対に絶対に出来なかった。

どうにもならない気持ちに唇を噛み締める皇后である母と罰を求めて自分が全て悪かったと唇を噛み締める兄である皇太子を見てロイが2人を仲裁しようとした。

「おふたりとも少し落ち着いて…」

そうロイが言うと皇后である母は遮って怒鳴った。

「黙りなさい!ソフィアになんて言えばいいの!もう頭が痛いわ!私の息子で貴方の兄上ルイ・ソルセルリー・フェンガリの仕出かした事は簡単なことではないの!本来なら皇太子の資格ですら剥奪されて今すぐにここを追い出されても文句は言えないくらいの事なのよ!!」

頭に血が上ったアイラがそう言った時だった。

ばたん!と扉が勢いよく開いてソフィアが飛び込んできた。

「待ってください!皇后様!」


ソフィアが飛び込んできてルイは目を見張った。

次にソフィアに見られてしまったと言う恥ずかしさが湧いてきた。今更だけど、ソフィアには見られたくなかった。

そう思った時、ズキンと頭が痛くなった。

耳鳴りがしてふっと以前の記憶が過った。

ああ、前もソフィアと怒られるのが嫌だったんだ、みっともなくて。ソフィアは完璧だから、恥ずかしかったんだ…。ルイは自分がいつの間にか忘れていてただ遠ざけていたソフィアに対する気持ちを思い出した。

そんな間にソフィアはルイの前に立ってルイを庇うようにアイラの前に出た。

「皇后様、出過ぎた真似をして申し訳ありません。今日の事を謝罪しに来たら話が聞こえてしまっていてもたってもいられず…。お願い致します、皇太子殿下を追い出したり、罰したりなさらないでください。私は皇太子殿下の妻でいたいです、今もこの先も。今日、皇太子殿下は私を守ってくださいました。私はその事だけで胸がいっぱいです。もう過ぎたことですからどうかお願い致します」

必死にソフィアがアイラに願い出た。

アイラは複雑そうな顔をしてソフィアを見つめる。

ルイの目にはソフィアしか入ってこなかった。

ソフィアはいつもこんなふうに人を魅了して完璧で、誰からも好かれた。

ルイが荒れたのは過度な期待からだけではなかったと思い出した。

ソフィアに引け目を感じ始めてソフィアに自分は釣り合わないと感じたからソフィアを無意識に遠ざけて女遊びをし始めた。そんなルイに魔法使いたちは待っていましたというように文句を付け出した。

そもそもソフィアは皇太子妃に抜擢されるまで魔法使いとして期待されていた子供だったから。

魔法省は皇室に次いで力を持つ。独立した機関だから全く別の権力があるため魔法人たちは基本的にプライドが高い。

なのでソフィアが皇室から皇太子妃に選ばれたことにいい感情を持たない人が多かった。

勿体ないと。その為ルイに対して影でチクチクと悪口を言っていた。

その言葉をある日偶然聞いたルイは当時過度な期待に自信を失っていた。そんな中で聞いてしまったからかいつからかソフィアには釣り合わないと劣等感を感じ始めてしまった。

なんて、ちっぽけで情けないんだろう。

自分が本当に小さく見えて目の前で盾になってでもルイを守ろうとするソフィアを見て本当に無能さを感じた。どうして自分はこんななんだろう。


「!ちょっと、ルイ!?」

対面にいたアイラが驚きの声を上げる。

アイラの目線を追ったロイもええ!と狼狽えてソフィアが振り返るとルイが手で目を覆って声を殺して泣いていた。

唇を噛んで苦しそうに泣くルイはソフィアにごめん、ごめんと言っていた。

ルイが泣くのを見て苦しくなったソフィアがそんなルイを抱きしめた。


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