第14話
母が祖父母と話す間、ルイとロイは貴族たちを皆帰して母に呼ばれるまで待つことになった。
その間にルイはロイに何があったか聞いた。
ロイが順を追って説明した。
「最初は兄上が席を外してから談笑程度だったようだけど段々エスカレートして…」
そうして言いにくそうにロイが話す。
ロイの話はこうだった。
──────…
『皇太子妃様と皇太子殿下は本当に噂通りですのねぇ』
そうジェーン嬢はくすくすと笑って言っていた。
しかしソフィアの瞳には口元に当てた手がカタカタ震えているのに気がついた。
そのおかげでジェーン嬢が笑顔がひきつって歪む口元を隠していることに勘づいた。
『あら、どんな噂でしょう?』
ソフィアは見て見ぬふりをして穏やかに尋ねた。
するとジェーン嬢が言う。
『昨夜殿下が仰っていましたわ、御二方は仮面夫婦だと。皇太子妃様はポーカーフェイスがお上手だからあまり人々には気が付かれないそうですわね』
そう言って何とか自分の恥をソフィアの恥にジェーン嬢はしようとしていた。
さすがに周りにいた貴族たちはざわつき始めた。
ジェーン嬢の取り巻きの2人の令嬢もジェーン嬢にちょっとやめなさいよ、と制止しようとする。しかしジェーン嬢の暴走は止まらない。
そんな中でソフィアの眉が少しぴくりと動いたが直ぐににっこり微笑んで返す。
『あら、そんなことを仰ってらしたのですね。全く困ってしまいますわ。殿下は照れ屋さんだからいつもここに来る女性たちにそう言うのですのよ』
ふふっと余裕の笑みを浮かべる風にソフィアが見えて嘲笑われているように感じたジェーン嬢はカッと血が昇る寸前まで来ていた。
実はソフィアも余裕なんかではなかった。
こんなに言われて内心腹が立つ。
そもそも腹が立たない人などいようか。
しかし結果的に皇太子妃の格の差を見せつけることになった。幼い頃から遊ぶより教育を受けてきたソフィアだからなせる技なのだ。
表情は安易に見せない。皇室の鉄の掟だったから。
しかしジェーン嬢も引かない。
いや、後に引けなかった。
『そうやっていつも余裕な振りをして殿下の寵愛を受けられない事も全てご自分の地位に縋って耐えてらっしゃるのね、でもたかが魔法使いの娘の身分で』
ジェーン嬢は最後にぼそっと言い放った。
その言葉は大きくざわめきを呼んだ。
公式的な場で一般の貴族階級の娘が調子に乗って皇太子妃を侮辱したからだ。
ザワザワ声が上がる。
『なんて教養がないんだ』
『皇太子妃を侮辱するなどもってのほか』
『そもそも皇太子妃様がいらっしゃるのに皇宮にのこのこやってくる時点で彼女の価値はたかが知れている』
そんな言葉が聞こえだした。
ソフィアは何故か侮辱されているのに冷静だった。
むしろ笑い飛ばしたくなった。
それはきっとルイの声がふと耳に届いた気がしたからだ。
こんな状況で、ルイのせいで起きた事態なのに声が聞こえた気がして心が落ち着くなんて思わず自分についぷっと笑いが漏れてしまう。
その事にプライドを傷つけられて苛立ちがピークに感じたジェーン嬢が声を荒らげて言う。
『何がおかしいんですの!?たかが魔法省の娘のくせにラッキーで皇太子妃になった卑しい貴方が私を侮辱するなんて!!』
その言葉にソフィアはくすくすと笑ったあと冷ややかな表情で言い放った。
『いえ…くだらないわ、と。一体過去の私は今まで何にそんなに腹が立っていたのかしらと思ったのです。今、殿下からの愛情を十分に感じているのにたかが一晩のお相手に嫉妬するなんて馬鹿馬鹿しいと』
そうソフィアは頬笑みを浮かべて言った。
しかしその瞳はあまりに冷ややかでジェーン嬢の怒りが限界を超えた。
そして彼女は近くにあったワインを手に取って思い切りソフィアにぶちまけて叫んだ。
『貴方みたいな皇后にも相応しくない人に侮辱されて信じられないくらい腹が立つわ!誰に向かって口を聞いているの!?』
そしてワインを被ったソフィアは冷たい視線をジェーン嬢に向けた。周りはざわめき、ソフィアの頭からぽた、ぽたと紫色の液体が滴る。
そこへルイが駆けつけたのだとロイは説明した。
ルイはため息をついた。
ソフィアではなく自分に情けなくなった。
本当に過去の自分は何をしているんだと心の底から思う。思わず頭を掻きむしった。
もどかしくなったのだ、自分の無能さに。
もう一度事態の話を頭の中で反芻して皇后にそれ相応の約束をして自分への罰を考えないととルイが考えていたところだった。突然ある部分で額に当てて髪をガシガシかいていた手がピタリ、と止まった。
ロイを見て言う。
「ソフィアは過去の私、と言ったのか?」
ルイの突然の質問にロイはきょとんとして言った。
「え?ええ、そうですが何か問題でも?」
「いや…なんでもない」
そう答えたもののルイの中で違和感を感じた。
普通に今までのと言えばいいのにソフィアはなぜその場面でわざわざ過去のと使ったのだろう。ただの偶然に過ぎないのだろうか。
だが何故かルイは過去の私と言う言い方はまるでソフィアが未来を知っているように感じた。
そんなはずはないだろうと思い返す。
いや、でも…。
ソフィアはもしかして本当になにか知っているのだろうかとふと、頭に浮かんだ。
だって彼女は魔法使いになっていたら本当に優秀な魔法使いだったはずだと言われていたのだから。
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