第12話
「皇太子殿下、皇太子妃様、ご機嫌麗しゅうございます。此度のティーパーティーに急な参加になってしまいましたが寛容な御二方のお心のおかげで楽しめております。有難うございます」
その固い挨拶をしつつふざけている目の前の男を見てルイはこいつだ!と思った。
「さて、固い挨拶はここまでにして。お元気でしたか?兄上、ソフィー」
そう言ってにこにこ笑うのはルイの弟、ロイ・ソルセルリー・フェンガリだった。
「ふふ、お久しぶりです、ロイ様。今日は留学から一時帰国とお聞きしました。お元気でしたか?」
ソフィーと愛称で呼ばれたソフィアが楽しそうに笑う。鈴が鳴るような楽しげな笑い声だ。
「そんな固い話し方しないでくださいよ、長い付き合いなのに寂しいなあ」
笑いながらロイが軽口を言う。
「あら、ここでは私は簡単に呼び捨てには出来ませんよ。いくら幼馴染でも」
ロイはルイの3つ歳下の弟だ。つまり今は16歳。
そうだ、この日は丁度隣の王国への留学から一時帰国した日だった。だからソフィアの手紙にも登場する。
ルイとソフィアは幼馴染だがそれは2人だけの仲では無かった。ルイ、ソフィア、そしてロイは3人一緒に育ったのだ。そしてロイと親友なのがソフィアの双子の弟のカイロスだった。
幼少期は3人でたまに4人でいつも遊んでいた。
しかしカイロスが魔法学校へ行き出すと3人で過ごす事が格段に増えた。
その中でルイは知らない内にロイがソフィアを慕っていることに気がついた。
かなり長い間、兄の婚約者として接してきたソフィアを好きな気持ちをずっとロイは隠していた。
だから本当はルイよりロイの方が長くソフィアを好きなのかもしれない。ソフィアが亡くなった時も真っ先にルイを批判し、深く悲しんだのはルイ以外ではロイだった。
いつだっただろう。
一度ロイと大喧嘩をしたこともある。掴み合いになって殴り殴られてその時の喧嘩の理由もソフィアを大事にしないルイへのロイの怒りが爆発した物だった。多分今より1、2年後の話だ。ルイが思い出していたので黙り込んでいるとロイが言った。
「兄上は歓迎してくれないんですか?」
ロイのおどけた様子にルイははっとなり笑顔を向けて言う。
「すまない、考え事してた。よく来たな。ん?ちょっと待て。お前、背が伸びたんじゃ…?」
そうふざけて言う兄にロイはけたけた笑って言った。
「良かった。歓迎されてないのかと思ってしまうところでしたよ」
ルイもにこっと微笑んで言う。
「久々に帰ってきたんだし、色んな人と話をして来い。俺たちとは後でも話せるから」
そのルイの気遣いにロイも笑顔で言う。
「はい、それでは後ほど!」
ロイが去っていくとソフィアが楽しそうに笑っていた。
「ロイ様がいると場がぱっと明るくなって楽しい華やかな雰囲気になりますね。後で隣国のお話を聞くのも楽しみです」
そう言ってにこにこ笑う。
ルイはその笑顔を見て一瞬、ほんの一瞬ズキンと胸が痛んだ。ロイの登場でルイがどれほどソフィアを苦しめていたのか再認識させられる。
先程まではロイなら任せられるとただそう思っただけだったけれどいざ想像してみると嫌な気分がむくむく湧いてくる。
そしてソフィアを手放したくないとわがままを言っている自分の本心に1番腹が立った。
ルイが顔を歪めたのでソフィアが気分が悪いのかと心配してルイの手を引いて聞いた。
「殿下?また具合が悪くなってしまわれましたか?ルシアを呼びましょうか?」
ルイはぐっと哀しみを抑えてソフィアを見るとソフィアがすごく心配そうにルイを見ていることに気がついた。
そうか、いつも気が付かない間もこうしてソフィアはルイの一挙手一投足を案じ、気にかけていたのか。その心配そうなソフィアの顔にルイはふっと力が抜けて優しく笑って言った。
「大丈夫だ。次の来賓が来るから準備しよう」
そう言ってソフィアの隣りに座り直した。
そうして何人もの来賓と挨拶を交わしていく中で過去のソフィアが喧嘩を吹っ掛けられた相手がやってきた。
以前のルイは手紙を読んでも尚誰か分からないほど覚えてもいなかったが今朝は追い出したので覚えていた。
ソフィアの手紙に書いてあった通り、ジェーン嬢、リリカ嬢、メル嬢の3人でやってきた。
ルイはこれが書いてあったことかと思い何とかせねばと思った時に急にルシアがやって来た。
ひそひそと耳打ちをする。
「皇太子殿下、皇后様のお父上とお母上が今城門に到着したらしく皇帝陛下より皇太子妃はここで来賓の対応を皇太子殿下はお出迎えするようにとのお申し付けです」
ルイはえ、と思わず声が出た。
そうか、あの日もこのために離席したのか!
そうだ、この年のティーパーティーは母方の祖父母がやって来るティーパーティーだった。
ソフィアの手紙を読んでなぜ席を外したのか思い出せ無かったがようやく思い出した。
ルイはどうしようと狼狽える。
その様子にソフィアと目の前の3人の貴族の娘たちはなんだろうと言った表情を浮かべる。
そこでルシアが状況を察して機転を利かせた。
ソフィアにも同じことを耳打ちしたのだ。
過去ではこの事はソフィアにはルイが慌ただしく出ていってしまったため伝えるのが遅れた。
そしてルシアの言葉を聞いてソフィアはルイを見た。
本当なら今すぐに行かなければ行けない状況だがソフィアがこの後に仕出かすことを知っているので動けないルイにソフィアは自分とジェーン嬢の鉢合わせが心配なのだろうと思った。
そしてルシアに急かされているのに後ろ髪引かれてなかなか動けないルイの手をソフィアがぎゅっと握った。ルイと3人の貴族の娘は驚いてソフィアに視線が集中する。
ソフィアがルイの手を握ったまま言った。
「私は1人でも来賓客の対応は出来ます。ですが皇后様のお父上とお母上の孫は皇太子殿下とロイ様だけなのです。当たり前に代わりは効きませんし殿下はいつもお祖父様とお祖母様を恋しがっていらしたでしょう。滅多にない機会ですので行ってきてください、私は大丈夫ですから、ね?」
そのソフィアの言葉を聞いてルイはじーんとした。
こんな状況でもルイを気遣えるソフィアの器が大きすぎて感服した。ルイはソフィアの手を握り返して言った。
それを見てジェーン嬢は内心はっと呆れていた。
「恩に着る、ソフィー。少しの間、ここを頼む。何かあったらロイを頼ってくれ」
「心配しないでお祖父様お祖母様孝行なさってきてください、殿下」
にこっと笑ってくれたソフィアに感謝してルイはその場を離れた。
そしてルイはこの時は慌ただしくて気が付いていなかったがルイが今朝ジェーン嬢を部屋から追い出したことからこの日の未来は既に変わっていたのである。
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