第10話
漂う記憶の海の中でルイは懸命にもがいていた。
波が激しくて沖にいる大切な1人の人までとても遠くて必死に腕で水を掻き分ける。
バシャバシャと水が音を立ててルイの行く手を阻もうとする。
ルイの記憶の海の真ん中、1番届かない所にいるソフィアはどんどん海の奥へ行ってしまう。
「殿下!」
そのソフィアの声ではっと意識が呼び戻された。
ルイは汗をかいていてうなされていた。
ベッド横でルイの手をソフィアがぎゅっと握ってルイを呼び戻した。
「ソフィア…?」
「はい、殿下。大丈夫ですか?急に倒れられて…」
そうか、俺は倒れたのか…。ルイはぼんやりと考えながらはっとしてソフィアに聞いた。
「ソフィア、俺はどのくらい意識を失っていた?」
「ええと…そんなに経っていません、30分くらいです」
ルイはほっと一息ついてむくりと起き上がってソフィアに言った。
「早くティーパーティーに行こう」
倒れたばかりで急にそんなことを言うルイにソフィアは戸惑った。
「そんな…今意識が戻ったばかりなのに…ダメです、中止にしましょう。今待たせている来賓たちに伝えるようにメイドに…」
そう言ってメイドの所へ行こうとするソフィアの手をぐいっとルイは引いた。
「ソフィア、見ろ。大丈夫だろ?お前は俺の体調を誰よりわかる。顔を見ればわかるんだろう?だからティーパーティーを行おう」
不安そうにルイの顔を見るソフィアには申し訳なかったがルイにも譲れない事情があった。
それはルイに長年仕えてくれている執事ルシアの生涯の伴侶と出会うのがこのティーパーティーだと知っているからだ。
それにこれは単なる夢では無いとルイは確信した。
今はまだ完全に状況が掴めた訳では無いがとにかくルシアの運命まで自分に付き合わせて変える訳にはいかなかった。
そうしてルシアも止めたもののルイは意地でもティーパーティーを行うと言って結局会場である庭園へ向かうためソフィアを連れて歩き出してしまった。
「殿下…本当に大丈夫なんですね?」
隣を歩くソフィアが遠慮がちにルイを心配して言ってくる。
ルイは心配するソフィアににこっと笑って言った。
「大丈夫だって。ほら」
その笑顔を見たソフィアが急にピタリと歩みを止めた。ルイはどうした?と振り返る。
するとソフィアが言った。
「殿下、もう一度笑って頂けませんか?」
ソフィアの意味不明なお願いにルイもハテナを頭に浮かべながらもぎこちなくもう一度笑った。
笑えと言われて笑うとなかなか上手くいかない。
ぎこちない笑顔のルイがソフィアに聞いた。
「こ、これでいいか?」
するとソフィアがそのぎこちない笑顔を見てにこっと微笑んだ。まるで花が一斉に開花したように。
そして言った。
「殿下の笑顔を見たのは久々です。笑ってくれてありがとうございます」
そう言ってソフィアが歩き出した。
すると今度はルイが足を止めてしまった。
ただ笑っただけでお礼を言われるなんて…。
ルイとソフィアはそれほどこの数年お互いの笑顔を見ていなかったと言うことだ。
ソフィアに申し訳なくてルイは胸がズキズキと痛くなった。すると歩いて来ないルイにソフィアが声をかけた。
「殿下?行きましょう。一応形式だけでいいのでエスコートをお願いしますね」
普通はエスコートも男性側から言うものだし、女性に言わせるなんて言語道断だ。しかも形式だけでいいのでなんて皇太子妃が言う言葉ではない。
せめて、せめてルイはここでソフィアをきちんとエスコートしようと思った。
「ソフィア」
先を歩くソフィアを呼び止めて振り返ったソフィアの手を取って言う。
「ソフィア・ウィル・ウォール嬢、私にエスコートさせて頂けますか?」
ソフィアがルイの突然の行動に驚いた。それは周りにいるルシアやソフィアの侍女も同じことだった。
ルイがこうして正式にソフィアにエスコートを申し出するのは一体何年ぶりだろう。
ソフィアも最初は驚きを隠せずに戸惑ったがそのうちにこっと柔らかく微笑んで言った。
「お願い致します。ルイ皇太子殿下」
そう言ってソフィアはルイと腕を組んだ。
2人がちゃんと腕を組んで公の場に出るのも久々だった。最近は手を取っていればいい方だった。
ルイが朝まで遊んでいたせいで全然支度が終わらずソフィア1人で先に席に着くことも数知れず、そんな2人だから入場してきた皇太子夫妻を見た貴族たちも驚いてざわざわとした。
ルイは全てに反省するしかなかった。
周りの反応だけではなくソフィアの反応を見ても本当に全ては自分が元凶のくせして自覚してなかった事がルイの1番大きな罪と言える。
ソフィアを自殺にまで追い込んだのは他でもない自分だ。
ルイは貴族たちが驚きつつも拍手して2人を出迎える中でソフィアを決して同じ結末にさせないようにしなければと心に誓った。
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