第9話

カチッカチッカチッ…

ルイの歯が何度も上下してぶつかり合う音が皇太子の部屋に響く。ルイはぶつぶつ言いながらあっちへ来たりこっちへ来たり行ったり来たり歩きながら考え込んでいた。


「おかしい、絶対おかしい。夢のはずなのに覚めない。それに今ソフィアが17歳で俺が19歳?なんだ?都合のいい夢でも見ているのか?あまりにもやり直したくて?それにしても夢から覚めないし、リアルすぎるし…」

またカチッカチッと音を響かせながらルイが来た道を折り返して辿って呟く。

「なんだ?なんなんだ?時間でも遡ったのか?でもどうやって?昨日確かにカイロスに記憶を…」

そこでピタリとルイが足を止めた。

カイロス。そういえばカイロスに記憶を消してもらう魔法をかけてもらったはずなのに寧ろ鮮明すぎるほどソフィアを覚えている。

カイロスが魔法を間違ったのか?いや、そもそも…時間を遡る魔法なんてかけられるのか?ルイは自分の言った言葉に自分で疑問を投げかける。

そしてまたカチッカチッと歯が何度も上下してぶつかり合う音が部屋中に響く。

何度も折り返して来た道を辿ろうと答えは出ず、頭を叩いてみても夢から覚める気配もなく…。

まさか本当に時間を遡ったんではないだろうな?とルイは半信半疑で自分の有り得ない疑問にはっはっはっと声を出して笑った。あまりに酒を飲みすぎて頭がイカれたのかもしれない。そんな事をルイが考えているとルシアが飛んで来た。

ルシア、元気だなあとルイはそんな事を呑気に考えていた。昨日までは腰が痛いだのなんだの言っていたのに。それにルシアは何故か結婚指輪をしていない。ルシアは3年前にルイの主催した最後のティーパーティーで夫人と出会って結婚してからずっと指輪を着けていたのに。

ルイはルシアに指輪をどこにやったのか聞こうとしたがルシアに遮られた。

「ルイ様!今すぐにお召し物を着替えてください!今すぐ!!」

突然の事にルイがは?と間抜けな返事を返した。

「なんだ突然。いや、そんなことよりルシア、お前ゆ…」

そこまで言いかけるルイにルシアが物凄い勢いで今すぐです!と言ってルイのコートを引っ張るように脱がせた。ルイは追い剥ぎにでもあった様な気分だ。今日のルシアの力は50代後半の男性が10代後半の男性と対を張るほど強く結局コートを無理やり取られてベストとワイシャツ、ネクタイにズボンだけになった。

「なんだってんだ!」

ルイが訳が分からず怒るとルシアがそれ以上の剣幕で言った。

「今すぐ!白地にグリーンのラインの入ったコート1揃いをお持ちしますので!!お待ちください!!!」

ルシアの剣幕に押されてルイは結果黙り込んだ。

ルシアにこんなに怒鳴られたのはいつぶりだろうか?ルイが幼い頃はソフィアとロイとしょっちゅうイタズラして怒られていた。

ルイは追い剥ぎにあったのでルシアが着替えを持ってくる間呆然としてソファーに座って待っていた。

なんで白地にグリーンのラインの入った上下なんだろ?と思いながら今のズボンを見る。

何の変哲もない濃紺のストライプの入ったズボンだけどこれも悪くないのに。

そしてルイはふっと脳裏に以前、このティーパーティーを主催した時の記憶が甦った。

そういえばその時に着ていたのはこのズボンだ。

母である皇后に訳も分からずにとにかくルイのその素行の悪さが原因だ!と死ぬほど怒鳴られて普段怒らない母の顔が怖すぎて見られなかったのでこのズボンのストライプ柄を見ていた記憶を思い出した。

夢ではコートの1揃いまでもが変わるのか?

今更だがこの日ルシアに怒鳴られた記憶はルイには無い。やっぱり何かがおかしい!

そう感じて立ち上がった時、ちょうどルシアが着替えを持って来てしまった。

「ルイ様、急いで着替えてください!」

しかし何故か今度はキョドキョドするルシアにルイも釣られてわたわたと受け取る。

「お、おお…」

そして着替えが済んだ頃にようやくこの白地にグリーンのラインのフロックコート1セットに変わった意味が分かった。

この声の主のためだ。

「ルシア、もう入って平気かしら?」

「はい、ソフィアお嬢様」

ルシアがふう、と返事をするとルシアの後ろからひょこっとソフィアが顔を出した。編み込んだ銀髪が身体が揺れるのに釣られて揺れる。グリーンのリボンだ。

「殿下、そろそろ私達も庭園に行かないといけません」

ちらりと見えるソフィアのドレスが白地にグリーンのリボンのポイントのドレスだったからだった。

ただルイはその時、時間が止まったように感じた。

久しぶりにしっかりと着飾ったソフィアを見た気がする。とても綺麗だった。

心臓がドクンドクンと音を立てるのが分かる。

ルイはその心音がソフィアに聞こえないか心配になるほど心臓が波打っていた。


「殿下?」

そしてソフィアが返事をしないで固まったルイに歩み寄った時だった。ソフィアの全身が現れてルイは以前のソフィアのドレスと現在のドレスの記憶が交差してソフィアのドレスが薄い紫色と柔らかい水色のドレスに見えた。

そして一瞬だけキィィィィンという耳を突き破るような耳鳴りと物凄い重力がかかったような頭痛がしてしゃがみこんでしまった。

あまりの衝撃に気を失いそうになるほどの痛みで気が遠くなる中、ソフィアが血相を変えて「殿下!」とルイを必死に呼ぶ声が鈍く聞こえた。


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