第8話
「絶対に何かがおかしいわ…」
ソフィアが鏡台に頬杖をついてぽつりと呟いた。
その言葉にソフィアのティーパーティーで着るドレスを選んでいた侍女のティナとソフィアの髪をとかすナディアが聞く。
「何がですか?お嬢様」
「どうかされました?」
2人に一度に聞かれてソフィアははっと我に返った。2人に言う。
「ううん、なんでもないわ」
すると興奮気味にティナが選んだドレスを持ってきながら言った。
「そういえば!聞きましたよ!お嬢様、今朝皇太子殿下がお嬢様を使用人たち全員の前で抱きしめられたとか!」
え、とソフィアが狼狽えるのを無視して今度はナディアがもう我慢できない!と言うように言った。
「やっと殿下も目を覚まされたんですね!オータル伯爵令嬢は部屋を追い出されて泣きながら馬車に乗られたそうです!大体お嬢様という人がいながらのこのこ皇宮まで入り込んでくるなんて不敬だわ!」
「ほんとよねえ〜」
ティナも目を輝かせて同意する。
ソフィアはもう噂になっているのかと思うと同時に今日は確か彼女もティーパーティーに招待したはずだから刺激しないようにしないと、と考えていた。
それにしても今日のルイは人が変わったようにおかしかった。
17歳になったばかりのソフィアには分からないけれど今朝はルイがなんだか凄く大人に思えて、なんでだろう?そういえば最近よく言われる言葉とよく似ている。このしっくりこないむず痒さというか…。
<皇太子妃様は皇太子殿下を本当に愛しておられるのですね>
この言葉の正しい受け答えがソフィアには分からなかった。17歳のソフィアに愛だなんてそもそも大袈裟なものだった。
ソフィアがルイの後を付いて歩くのは当たり前だし、愛していてもいなくてもソフィアは選ばれたからには精一杯皇太子妃の務めを果たさないといけない。
だけどそれに反するようにルイを見るとこんな想いが浮かんでくる。
<どうして私が居るのにいつも無視して、他の人の所へ行ってしまうの?ルイにはもう私は要らないの?>
ルイが他の女性といるのを見るのもだいぶ慣れたがそれでも今日みたいな朝に遭遇すれば冷めた瞳をしていながらも腹の中では怒りが湧き上がっていた。
それが愛や恋による嫉妬なのだろうか?
それともぬいぐるみを取り上げれた子供のわがままなのだろうか?
だから今日はルイが追いかけてきて驚いた。
ルイはなにか大切なものを失った人みたいにソフィアがここにいることを確かめていた。
そんな考えをしていたほんの一瞬、ソフィアの頭にある考えがふと浮かんだ。
ただ直ぐに頭をブンブン振って違うはずだと思い直す。雑念を追い払おうとした。
ルイは一体どうしてしまったんだろう?
「…ま。…様。お嬢様!」
はっとソフィアがティナを見た。
また考え込んでしまってティナの呼び掛けが聞こえなかったようだ。
気がついたら化粧も終わっていた。
「あ…ごめん、なに?」
ティナが謝るソフィアになんで謝るんですかと笑いながらドレスをふたつ出した。
「ティーパーティーはどちらのドレスで出られますか?」
両方とも今の初夏の陽気にぴったりなドレスだった。
左がスカートの部分が薄いパープルとパウダーブルーのチュールが重なって涼しい印象があるパフの半袖のドレス。右がオフショルダーで折り返しはパンチングレース、背中にグリーンの編上げのリボンとスカートの裾の所々にもグリーンリボンが編まれた白い7分袖のドレスだった。
ソフィアが珍しくう〜ん、と迷った。
ティナもナディアもソフィアがドレスに迷う姿を見るのは久しぶりだった。
ソフィアはルイとほとんど会話をしなくなってからはドレスはルイが好みのものなんて無視して自分の好きな物を着ていた。ルイと仲が良かった以前はティナとナディアにどっちが可愛い?どっちがルイは好きかな?とよく聞いてきていた。
なので2人も嬉しかった。
それにいつものソフィアなら迷うことなく薄いパープルとパウダーブルーのドレスを選んだだろう。だがもし今日、ルイに可愛いと思われたいのなら白のグリーンのリボンがポイントのドレスだ。
そしてソフィアが指をさして声を上げた。
「こっち!」
そのドレスを見て2人もワクワクした。
ソフィアが選んだのは白のドレスだったから。
「はい、髪型もバッチリですよ」
ナディアが化粧と髪型を仕上げた。
髪型はドレスに合うように編み込みにしてグリーンのリボンで結んだ。
薄いパープルとパウダーブルーのドレスを選んでいたら恐らくダウンスタイルだっただろう。
ナディアはソフィアが白いドレスを選ぶと思っていなかったので急いで準備を総とっかえしてくれた。
「ありがとう」
ソフィアがにこっと微笑むとティナが言った。
「お嬢様、立って鏡の前で全身見てみてください!と〜っても素敵ですよ!」
「そうかな…?」
ティナの言葉に照れつつソフィアが鏡の前に立って全身を見たその瞬間だった。
ソフィアは自分の姿を見て一瞬頭の中で何か、楽器が爆音で鳴ったようにズキンと重たい痛みがした。
そしてデジャブなのか、選ばなかった方のドレスを身にまとって鏡の前に立つ自分を見た気がした。
いきなりのことでヒールも履いていたからソフィアがよろけた。
ナディアがソフィアの身体を受け止めて大丈夫かと言う。ソフィアの頭痛は一瞬で収まったがソフィアはこの瞬間的な頭痛に違和感を感じた。
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