第7話

部屋に入ってきたソフィアは冷めた目でルイ見て短く言った。

「今日はオータル伯爵家のジェーン嬢ですか…。今日のティーパーティーにロイ様が参加されると書信が届きましたのでその事だけお知らせします。失礼しますね」

そして放心しているルイを無視してぷいっと背を向けてしまった。背を向けた時に銀髪がなびく。

そして美しく波打った。


「ル…ルイ様…」

ルシアが放心しているルイに青い顔をして恐る恐る声をかける。

「ん…殿下…?」

隣の女も目が覚めて声をかけてくる。

ソフィアだった。確かにソフィアだった。

ルイは無意識にルシアが持っているローブをひったくってベッドから飛び跳ねるように毛布を蹴散らしてソフィアを追いかけて行った。

裸足で一心不乱にソフィアを。

そんなルイの姿を見たのは使用人たちも初めてで驚いた。隣で寝ていた女も放置されて驚いた。

だけどきっと1番驚いたのは廊下で急にすごい力で腕を掴まれて振り返ったらそれはルイで、ルイが自分を追いかけて来たというありえないことが起こったソフィアだったはずだ。

振り返ったソフィアの銀髪がまた波を打つ。

ムーンストーンのネックレスがきらりと光った。

ルイはソフィアが目を丸くして驚くのを見た。

ただそんなことはどうでも良かった。

ソフィアの顔をぎゅっと自分の手で挟み込む。

「ちょ…!?で…殿下!」

突然むぎゅっと頬を挟まれたソフィアが驚いて声を上げる。ルイはその間に目にソフィアの姿を焼き付けようとした。夢だと思う。

ソフィアが自分の夢に出てくるのはこれが最後かもしれない。ソフィアの顔を完全に忘れる前に、夢で逢えたソフィアの顔を覚えよう。

ソフィアの顔は死ぬ直前よりも少し幼かった。

でも白い雪のような肌に月光を集めたような美しい銀髪、白い雪の中に花が1輪咲いたような菫色の瞳、それを際立たせるためかのように大きくてぱっちりした二重、白い肌のためか頬紅を乗せなくても自然と紅潮していつも桃色の頬、そして最後にキスした小さな唇も全て全て同じだった。

ルイは思い返せば今夢に出てきたソフィアを見なければ忘れていた所がほとんどだった。それ程ソフィアを見てこなかったということを思い知らされた。

そしてこれが最後だろうと思ったからソフィアを抱き締めた。ふわりとソフィアの香水が香る。

凄く久しぶりのこの懐かしさや安心感をどうして片時でも手放したいと思えたんだろう。


ソフィアは急にルイに抱き締められて戸惑った。

今日のルイはなんだかおかしい。

いつもなら自分のことは邪魔だから必要最低限の会話だけだし、こんな風に追いかけてきたこと自体初めてだった。後ろで使用人たちがざわついているのも気になる。だがその心情はソフィアが恐らくこの世で1番理解出来るので咎めるつもりは無い。

ただルイが心配になった。

抱き締められたのも久しぶりだけどルイの手はソフィアの顔を挟み込んだ時から震えていた。

「殿下…、本当にどうしたんですか?」

ソフィアが遠慮がちに聞くとルイが答えた。

「夢で最後に逢えて良かった。最後に、最後にもう一度だけルイと呼んでくれないか?ソフィー」

声も震えている。涙声だった。

そして愛称で呼ばれるのも何年ぶりだろう?

そもそも夢って?最後って?

でも結局ソフィアはルイを宥めるように背中に腕を回して抱きしめて背中をとんとん、と叩いてやりながら言った。

「ルイ、なんだか今日は変だけど何かあったの?」

それにルイは答えなかったがそのうちソフィアは自分の顎に当たる冷たい感覚でルイから身体を引き離した。

「…え、どうしてルイが私のネックレスを持ってるの?」

ルイの首元にはソフィアが贈ったサンストーンとソフィアにルイが贈ったムーンストーンのネックレスがふたつぶらさがっていた。


それにルイは焦ったように答えた。

なんで夢なのにこんなにリアルなんだろう?

ルイはそう思いながら言い訳を必死に考えて言った。

「あ…これ、は…そう!ソフィアのを作った時にもうひとつ作ったんだ!お揃いで!」

そうなの?とソフィアが怪しんだが納得して答えた。そしてティーパーティーの準備があるから先に行くからルイも早く来てくれと言ってソフィアは行ってしまった。

ああ、ソフィアが行ってしまう。ルイはそんなことを思いながら自分にはソフィアを引き止める資格も無いな、と思って部屋に戻ろうと一歩足を踏み出した時だった。裸足だから大理石の冷たいヒヤッとした感覚が直に伝わる。

なにかがおかしい。

ソフィアがティーパーティーと言った。

そういえばティーパーティーを2人で主催したのはルイが19歳、ソフィアが17歳の時に開いたっきりになっている。

それはソフィアの手紙を読んで理由がわかったのだがティーパーティーでのソフィアの珍しい失態とルイが元凶であったことから次の年は自粛することになった。そして自粛が明けた次の年、ルイが21歳、ソフィアが19歳の年に皇帝と皇后に即位して以来は皇后の管轄下になりルイは完全に手を引いていた。

ティーパーティーは15歳以上の皇太子と皇太子妃がそれぞれ居ればそのふたりが主催し、居なければ皇后が主催する。

つまりルイはティーパーティーは2回しか主催していない。

なのに何故夢でティーパーティーがピンポイントで出るんだろう?


それにもうひとつ自分の身体が昨日より鍛えられていなかった。ルイの身体は17歳の頃から剣術や弓を習いかなり鍛えられていた。それに伴って身体もかなり引き締まっていたが今はなんだか成長途中なような気がする。

なんだろう、夢にしては何かが違う…。

そしてルイは部屋に戻って女を追い出したあとルシアに聞いた。


「ルシア…俺は今何歳だ?ソフィアは今何歳だ?」


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