第6話
それから1週間。
ルイは溜まりに溜まった政務を全て片付けて深夜に城を抜け出した。皇帝だと気が付かれないようになるべく自分の姿を隠すように。
ただその日も満月が出ていてルイの金色に近い茶髪を照らした。
ルイが到着してすぐにドアを開けるか一瞬躊躇って迷ったもののぎゅっと目をつぶって決心したように重たいドアを開けた。そこでルイの訪問を待っていたのはカイロスだった。
カイロスの深い海の瞳がルイを見つめながら言う。
「決められたんですか?」
その言葉にルイの膝に置いた右手がぴくっと動いた。
「本当は…まだ迷ってるんだ」
ルイがソフィアの記憶を消すなんてしていいはずがない。
でもそうしないとソフィアが守ろうとした国は守れない。カイロスの深い海の瞳がルイの揺れる決心を見透かすように見ている。そして言った。
「前例と思われる物が一件だけこの国が王国だった時の実録に見つかりました。記憶を消したと思われる当時の王も理由は陛下と似ています。王室では翌朝になると王妃の存在を全く思い出せない王に恐らく想いが募りすぎて記憶が消えてしまったんだろうと記されていました」
カイロスは淡々と話す。自分の姉の記憶を消すというのに、まるで他人事のように。
ルイも短く返事をした。
「そうか…」
そしてふう、と短く息をして心を決めた。
「消してくれ。ソフィアとの記憶…。余りにも多すぎて自分じゃ消化しきれないから」
ルイはその言葉を自分に言い聞かせるように言った。カイロスもその言葉を聞いて一度瞳を瞑り、何かを決めたように見えた。
そして魔法の説明を始めた。
「まずこの魔法は翌日の朝から効果が出ます。ご自分では分からないと思いますが今日寝て起きたら…姉さんとの幸せな記憶や姉さんからの手紙は全て消えて新しい人生が待っているはずです」
それを聞いてルイはきゅっと口を結んだ。
「分かった」
短く答えて覚悟を決めたようにカイロスを見る。
カイロスもそのルイの意志を読んで魔法の呪文を唱え始めた。するとカイロスの瞳と同じ色の魔法陣がルイの足元に現れて一瞬だけパァァァっと強い光を発した。たった一瞬だったがルイはその光の中でソフィアとの今までの記憶が絵のように場面場面で現れるのを見た。そして光が消えると魔法陣も消え、絵も消えカイロスが言った。
「終わりです。明日の朝になれば本当にソフィアの事は思い出せないでしょう。さあ、夜が明ける前に城へ戻ってください」
そしてルイはまた来た道を辿って城の自室までやって来た。ただ自室に着くと崩れ落ちるように力が抜けた。涙が止まらない。最後まで最低だった自分が憎い。翌朝になったらソフィアを忘れてしまう。
だからせめてとソフィアのムーンストーンのネックレスとサンストーンのネックレスを一緒に身につけて眠った。
頭が痛い。ガンガンする。二日酔いみたいだ。
そう思いながらルイは起き上がった。
起き上がって見て懐かしくも見慣れない部屋で眠っていたことに気がついた。この部屋は皇太子時代の部屋だ。昨夜ここで眠ったのか?
そして辺りを見回すとぎょっとした。
キャミソール姿の知らない女が眠っている。
「だ…誰だ…?」
昨日、女を自室に入れた記憶はないのに…。
ふと気がつくとルイは自分も半裸でムーンストーンとサンストーンとネックレスだけをしている状態だと気がついた。どんどん頭は混乱してくる。
すると部屋のドアをノックもせずにルシアが飛んできた。なんだか若い気がする…。だがルイにはお構い無しにルシアがオロオロして言う。
「ル…ルイ様…。急いでローブだけでも羽織ってください、急いで…!」
ルイ様と呼ばれるのが久々ではあ?とルイは言う。
するとドアの外から声が聞こえた。
「殿下!ソフィア様がお見えです」
その声にルイは耳を疑った。
そしてルシアを見て言う。
「ソ…ソフィア…!?」
おかしい。なんでソフィアが誰かも分かるし、ソフィアが生きているようにみんな話すんだ?
それに殿下?なんで殿下?
ルイの混乱やルシアの配慮を無視してある声が割り込んできた。
聞き慣れていたのに懐かしい声だ。外見の印象よりも声が低い。ルイが好きだった中低音の声。
「ルシア、入れて。こんな朝に遭遇するのは初めてじゃないわ。構わないから」
ソフィアの声…。ルイの耳にソフィアの声がした。
ルイはついに頭がおかしくなったのかと思った。
昨日確かに記憶を消す魔法をかけてもらったはずなのに。夢でも見てるのか?
「し、しかし…ソフィアお嬢様…ああ!」
結局入り口でソフィアの行く手を阻んでいたルシアを押し分けて入って来た。
そうして訳の分からないままベッドの上で半裸で知らない女と眠っていたルイとその状況に冷めたソフィアの目が合った。
ルイが久々に見た生きたソフィアの銀髪は腰まであって長く、ウェーブがかかっていた。そして首元にはムーンストーンのネックレスが朝日で反射して光っていた。
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