第5話

カイロスの訪問から1ヶ月が過ぎようとしていた。

ただその1ヶ月が皇宮で働く人々には地獄の1ヶ月となった。なんならソフィアが亡くなったあとの2ヶ月よりも酷かった。


ルイはカイロスの訪問から完全に抜け殻になってしまった。

毎日ソフィアの手紙を読んだり思い出を思い返したりそれしかしない。亡くなったあと2ヶ月は毎晩悪夢を見て酒を大量に飲み気絶するものの何とか昼間ルイは政務を行っていた。

ただこの1ヶ月は何も手につかず政務を全く出来なかった。

しかしそんなルイでも一国の皇帝な訳であり、皇后の分の政務まであってやることは2倍なのに。これはもう滞るとかそういうレベルでは無かった。

とにかく大臣たちで出来ることは進めて、何とかルイに目を通してもらって決裁を済ませる。その繰り返しだった。

また政務に関わる大臣たちだけでなく私生活に関わる使用人達ももうお手上げだった。

ルイは何も食べたがらないし、食べたかと思えば泣き出したり。素行が荒れていた時が可愛いくらいに思える程人間らしく無くなってしまった。ルイはいつの間にか人間に限りなく近い無機質な人形のようになっていた。夜も眠らず窓辺で月を眺めている日も多いし、かと言って昼間は決裁だけはするので寝てもいない。食べないし寝ないし、ルイはこのまま行くと間違いなく死ぬと誰もが思った。そんなある日だった。

この来客に皇宮の人々は賭けようと思った。

それは若い3人の文官の女性1人と武官の男性2人の来客で彼らが事情を話すと直ぐにルイの元へ案内された。

通常皇帝に謁見するには相当の手続きがいるもののもう緊急事態に藁にもすがる思いで彼らに希望が託された。


「どうして私を訪ねてきたんだ?」

目が虚ろなルイが聞くと文官の女性が答えた。

「私たちは皇后様のお助けを借りてここまで成長したのでどうか立派に成長した姿をお見せしたくて…皇帝陛下に皇后様のお墓に私たちが伺っていいか許可を頂きたく参りました」

するとルイが皇后という単語で少し上の空だった意識を引き戻してきた。

そして不思議そうな顔をした。

「皇后の助け…?」

だがルイに聞き返されたことに彼らは逆に驚いた。

皇帝だから当然知っていると思っていたのだ。

武官の1人の男性が答える。

「私共は皇后様が設立してくださった学校の最初の卒業生なのです」

ルイがそれもえ?と言った顔をするのでまたもう1人の武官の男性が説明した。

「亡き皇后様が皇太子妃様にご即位されて初めての政務で何をするか迷われたそうです。そこで隣にいた大臣にこう尋ねたそうなのです。『私は魔法人なので普通だったら魔法学校に行きますが一般の子供たちはどうするんですか?ロイ様が仰っていたのですが学校がいくつもあるんですか?』…と。ただその時は内戦が終結してから間もなくて学校はほとんど無く、前皇后様が設立してくださった孤児院しかありませんでした。そこで孤児院に隣接するように学校を建てることを初めての政務として行ってくださったのです」

ルイはソフィアの初めての政務が学校設立だと知らなかった。聞いた時は曖昧に返されてしまった。

ソフィアは当時の皇后も孤児院設立をした訳だしわざわざ善行をしたとルイにアピールするつもりも無かったので言う気がなかったのだろう。

皇室では13歳で初めての政務を皇太子と皇太子妃にさせる。そしてソフィアも初めての政務は13歳の頃だった。だが資金調達はどうしたのだろう、ルイがそう考えていると文官が言った。

「当時皇太子妃様であらせられた皇后様は大臣に自分のドレスや宝石、靴は全て合わせたら年額で幾らになるのかとお聞きになられたそうです。その額を聞いてその年のご自分の予算を半分割いて学校を建ててくださいました。私たちは前皇后様の孤児院から亡き皇后様の学校の卒業生一期生なのです。それから毎年必ずこの時期の入学に合わせて寄付をしてくださっていました」

ルイはこれにも驚いた。自分の最初の政務と内容が似ていたから。そういえば昔ソフィアにルイが初めての政務を行った頃何をしたのか聞かれたことがある。ルイの方が2歳上なので政務も先に行った。

ルイの初めての政務も予算以上の資金はソフィアと似た感じで調達して足りない部分を補填し半分は教会に半分は内戦で親を亡くした孤児たちの寄付に当てたからだ。そして思い出した。

その年、ソフィアのドレスや宝石類などのアクセサリーは新調されたものが少なく、前年度と同じものを使っていた。その理由をルイは聞いたがソフィアは去年のが気に入っていると言ったのでルイは手作りのアクセサリーをプレゼントした。


夜になりルイはソフィアの遺品として唯一自分が受け取ったネックレスを3ヶ月ぶりに手に取った。

受け取った時点でルイの手元に戻ってきたのは8年ぶりだ。戻ってきた時には血は拭き取られていた。

そのネックレスこそルイがソフィアの為に手作りしたネックレスで6月生まれのソフィアの誕生日に合わせてムーンストーンをトップに選んだものだった。ソフィアの銀髪は月光を集めたように艶やかで輝いていた。だからソフィアの髪色に合うだろうと思ってムーンストーンにした。

そういえばソフィアは最後の時までこのネックレスを身につけていた。ソフィアの身体がキスをするために自分に傾いて言葉を残したあとそのまま今度は反対に満月を背に落ちた時にこのネックレスが満月の光に反射して光ったので覚えている。

思い出すとまたルイの目頭は熱くなった。

「馬鹿ソフィア…」

最後の瞬間までこれを身につけているなんて。相当自分を恨んでいたはずなのに。ルイはそう思ってまた胸が苦しくなって首元をぎゅっと掴んだ。するとチャリ、とチェーンの擦れた音がした。

ルイが首元からネックレスを取り出した。

「俺も…貰った日からほとんど外したことないのに。今更気が付くなんて…遅すぎる」

音を立てたのはソフィアからお返しにとその年の15歳のルイの誕生日にムーンストーンと対になるようにサンストーンでソフィアが作った同じデザインのネックレスだった。これを見て今日の訪問者たちを思い出してルイはどうしようか考えた。

ちゃんとしないと、ソフィアが愛したこの国を守らないと。そうは思ってもなかなか上手くいかないこの1ヶ月。ソフィアのことを何かにつけては思い出してしまって苦しくて狂いそうになる。

ソフィアとルイの思い出は3ヶ月で消えるほど少なくない。どうしようか。

結局答えは出ずにルイは項垂れてしゃがみ込んだ。


しゃがみこんでふと耳にある声が聞こえた。

「記憶を消す魔法があります。どうしても辛かったらまた仰ってください」

ああ、カイロスの言葉だ。

記憶を消す魔法…。これを使うしか選択肢はないのか…?

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