第4話

翌日の朝、早くにカイロスはルイの謁見室に魔法省の人間が着る正装の黒色で裏地にロイヤルブルーの布を使ったローブを着てやってきた。

ルシアが昨晩のうちに急いで手配したおかげで久々にルイとカイロスは対面することになった。


ルイはカイロスを見ると喉が詰まった様になった。

ソフィアに似ていて当たり前だ。

双子の弟なのだから。同じように月光を集めたような輝く銀髪にカイロスは深い海の青の瞳をしている。言うまでもなく顔も似ている。

カイロスが深々と頭を下げルイへ挨拶を述べた。

「久しぶりにお目にかかります。皇帝陛下」

カイロスの風貌にソフィアを重ねて見ていたルイがその言葉にワンテンポ遅れて返事をした。

「あ…ああ。久しぶりだな…。カイロスは皇后の国葬に出られなかったからな…」

たどたどしいルイに対してカイロスは歯切れよく答える。

「ええ…。姉の国葬の日は母の命日と被ってしまって父と私は別れてそれぞれ儀式を済ませましたので…」

そうだ。当時大混乱していた皇室の不手際でソフィアの母の命日に国葬が被ってしまったのだった。ルイはその事を詫びた。

「その件はすまなかった…」

カイロスがそれにいいえ、仕方が無いことですのでと答えて言う。相変わらず無愛想だ。

「して、今日はどのようなご要件でしょうか?」

カイロスは早速本題に入った。

その質問を聞いてルイはう…とまた言葉を詰まらせてそれでも何とか言った。本当はこんな事を言う資格も無いことは重々承知の上での頼みだった。

厚かましいとも分かっている。

いくら皇帝と言えどただの夫であったことに変わりない。

「…ソフィアの、最後の…手紙を読んで、その…ソフィアの日記を亡くなったあとカイロスに焼却魔法をかけてもらったと書いてあったんだ。それを、元に戻すことは出来ないか…?」

カイロスが予想外の話に少し驚いた顔をした。

「なぜ復元を望まれるのか聞いても宜しいですか?」

その質問にまたルイは言いにくそうに言った。

「その…ソフィアの言葉に全然近年耳を向けなかったから、責めてどんなに生々しい悪口が書かれていようとその日記を読んで…ソフィアの気持ちを受け止めたいと思ったんだ…。私がこんなことを言う資格が無いことは…分かっている…」

ルイは言いながら泣きそうになった。

自分の言葉が自分に跳ね返ってくる。本当にどの口が言っているんだか、と自分でも思う。こんなに自分が女々しいやつだとも思っていなかった。

カイロスが少し考えてから言った。

「皇帝陛下、恐れ多いですが焼却魔法をかけたものを復元することはほとんど不可能です。焼却魔法は物を消滅させる時、最も強力な魔法です。難しかと思われます」

もちろんルイはカイロスの言葉に絶望を感じた。

しかしルイはカイロスが言った「ほとんど」という言葉のほんの僅かな希望に縋った。少しの希望でもあるならとカイロスに頼んだ。

「頼む…、手を尽くしてくれないか?どうか…お願いだ…」

そのルイの泣きそうな声での頼みにカイロスの心が揺るがない訳でもなかった。姉を今更だけどこんなに思っている人物が一国の主だと思えばとても弟としては光栄なことでもあった。しかし…

「皇帝陛下…誠に申し訳ありません。私には、出来ません。いえ、正確に言えば無理です。日記の焼却魔法は姉ソフィアの最後の皇后様としての命令でした。…そして既に廃妃された今、姉は皇室の人間では無くなり魔法省の人間という事実だけ残りました。魔法省の法に定められているように魔法省の人間はかけた魔法に責任を持つことと頼んだ人間の守秘義務があります。もちろん犯罪などの例外はありますが…。この場合姉はどちらにも該当します。それに私は姉の最後の皇后様としての命令を無かったことには…出来ません…。申し訳ありません…」

その答えを聞いてルイは愕然とした。

そしてソフィアの最後の皇后としての命令はそんなものだったのかと、土足で胸の中をぐちゃぐちゃに踏み潰されたような気分だった。踏み潰したのはもちろんソフィアから逃げ続けた頃の自分の足だ。

ソフィアをそうさせたのはルイだから。

ソフィアは完璧だった。皇后として。ルイの皇后だから完璧が求められるのは誰が見ても分かる事だった。でもルイの目から見ても完璧だった。なのに、そんなソフィアの最後の皇后としての命令はそんなちっぽけなものだったなんて。

そしてカイロスが言ったもう皇室の人間では無いという言葉ももう一度事実をその目でしかと見よと突きつけられた気分になった。頭を冷やせと冷水を浴びせられたような…。

一体ルイはソフィアにこれからどうやって償って生きていけばいいんだろう?

ついにルイは手を尽くしきってしまってがたがた震える唇をぎゅっと血が出るまで噛み締めて左手で顔を覆った。そして顔を顰めて泣き出してしまった。

右手は爪が食い込むほどぎちぎち握り締められている。眉間に皺を寄せて本当苦しそうに。ぼろぼろと。

カイロスは普通の顔をしていたが内心かなり驚いた。これまでのルイはとにかく人前では簡単に泣いたりするようなそんな人間ではなかった。

感情を表に出してはならない。皇帝と皇后としての最初の教育内容だとソフィアが言っていたのを思い出した。それなのに今の目の前のルイはなりふり構わずただ苦しそうに泣いている。

ルイも情けないと思ったがもう失ったものの戻らない辛さとその大切さに気がつけなかった自分の愚かさに腹が立って、腹が立って、悲しくて涙が止まらなかった。ルイは泣きながらカイロスに言った。

「朝早くから…すまなかった。仕事があるだろう?私には構わず行ってくれ…」

カイロスはただ礼だけして出ていこうとした。


ルイも泣きながらその姿をただ見送っていた。

しかしドアに手をかけたカイロスが何かを思い留まったのか振り返って音も立てず泣くルイに言った。

「…先程、焼却魔法の話をしましたね。物を消滅させる魔法の中に…記憶を消す魔法があります。どうしても辛かったらまた仰ってください」

そう言い残して礼をして部屋を出て行った。

ドアが閉まると共にルイは我慢していた声を出して咽び泣いた。ただそれでも声を出来るだけ出さないように喉で抑えるように。


カイロスは部屋のドア閉めると共にルイの小さな泣き声が聞こえた。

そしてぱっとその場から姿を消して魔法省の自分の執務室へ瞬間移動の時間を操る魔法を使った。

時間を操る魔法がカイロスのいちばん得意な魔法だった。そして部屋に着いてカイロスもはあ、と肩で息をするようによろりと執務室のテーブルへ手をかけて呟いた。まるで信じられないとでも言うかのように。

「まさか…ソフィアの最後の願いの通りにこれからことが進むのか…?」


このカイロスの意味深な一言を是非覚えていて貰いたい。



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