第2話

ソフィア・ウィル・フェンガリ。

旧姓ソフィア・ウィル・ウォールはフェンガリ帝国一美しい女性だった。

ウォール家は代々魔法使いの生まれる家門として国の中枢を担う一族。

ソフィアも当たり前のように魔法使いであった。


月光を集めたような艶やかな銀髪、髪がより引き立てる白い肌に線のくっきりした二重のぱっちりとした大きな菫色の瞳がとても美しかった。

そんな彼女に憧れる男達ももちろん後を絶たなかった。しかし彼女に気持ちを伝えようとする男は誰一人として居なかった。

それは彼女には誰にも敵わない決まった相手が居たからだ。彼女の幼い時から死ぬ直前まで彼女の事を誰より見ていた人物が居たからだ。

その人物こそ皇太子ルイ・ソルセルリー・フェンガリ。ソフィアはルイの幼馴染でありながら皇太子妃だった。

魔法使いの一族の一員らしくソフィアのいちばん得意な魔法は変身だった。だがそれは魔法使いは皆、いとも容易くできてしまう。言ってしまえば最初に習う魔法で幼少期教育の内容だ。ソフィアは10歳という幼い時から皇太子妃として皇宮で暮らしていた。そのために魔法使いとして未熟なのも仕方の無い事だった。一族の子供たちが魔法使いの教育を受ける間、ソフィアだけはひとり皇宮で皇太子妃教育を受けていたのだから。

だけど幼少期に寂しい思いをしたことは無かった。ソフィアにはルイが居たから。

ルイとソフィアはとにかく仲が良くて何処へ行くにも一緒だった。何をするのも一緒、何を学ぶのも一緒、まるで右翼と左翼のように常にお互いが隣にいることが当たり前だった。

そんな2人の仲睦まじい姿に当時の皇帝と皇后であるルイの両親も大いに喜んだ。ソフィアも2人からとても可愛がられていた。


ソフィアに劣らずルイもまた成長と共に常に女性たちからの憧れの的だった。でも子供の頃から貴族の娘たちに人気があった。

ルイはソフィアより2歳年上だ。

ソフィアと同じ10歳の女の子なら2歳年上のお兄さんの婚約者なんて肩書きはみんな憧れて欲しがるものだろう。だって未来のプリンセスの確約なんだから。

だが現実はそうもいかなかった。実はフェンガリ帝国はクーデターにより主が変わりまだルイで3代目の帝国だった。そのため治世の安定に時間を要していたし、何より皇室は喉から手が出るほど魔法省の助けを必要としていた。前皇室の横暴に民は苦しんでいたから民心は得ているもののまだまだこれからの時期に変わりは無かった。

そんな中で生まれた3代目の皇太子は眉目秀麗、聡明かつ武芸も好み統率力もあった。そんなルイの相手に相応しいとされたのが魔法省のトップの娘ソフィアだった。しかし表向きは皇室の権威を示す形でも実情は皇室側が魔法人達との結束を強めたいがための縁談だった。

そんな大人たちの事情が複雑に絡まって試しに2人を会わせてみることになった。ただ内心これに大人たちはヒヤヒヤしていた。ルイとソフィアの性格は一見合わなそうでかなり賭けに近かった。

ルイは全てに完璧を求められていたためにいつの間にか自分も完璧主義者になっていたし、いつも全部つまらなそうにしていた。一方のソフィアはのびのびと育ったためかかなりおっとりした性格で大人しく人によってはこの頃は人見知りもする子だった。

だが実際に会ってみるとソフィアのおっとりとした優しい雰囲気に完璧を求められないルイも気が楽だったし逆にソフィアもルイがどんどん話題を提供してくれたので言葉に詰まることも無く焦らされることも無い安心感からむしろ話も弾んだ。2人は初対面で先に走っていくルイが後を追うソフィアの手を優しく引っ張って駆けていく様な感じでお互いに好感が持てた。そんな 2人の様子を大人たちが見て結果的にルイはソフィアを皇太子妃として迎えることになった。


隣にいることが当たり前。

そうして過ごしてきた歳月。ルイの一歩後ろを歩いてルイが倒れそうになれば支えるし、ソフィアが転びそうになればルイが手を引く。そんな関係性。

最近は手が触れればどきどきする、昔は普通に繋いでいたのに。顔が近づけば胸がぎゅーっとするし、ルイにはいつも綺麗な可愛い姿を見せたいと思っていた。

だけどこれが恋なのかこの想いを大人たちが愛と呼ぶのかソフィアが疑問に感じ始めた頃からだった。

隣にいることが当たり前のルイとソフィアの関係に亀裂が入り始める。

その頃からルイにかかる期待はそのままルイの肩を押すプレッシャーとなりその重圧でルイの素行が荒れ始めたのだ。ルイの心の荒み方は凄まじくいつしかソフィアそっちのけで女遊びまでもが激しくなる一方。ソフィアに酔っ払って酷い暴言を吐いたことも何度あることか分からない。

その度に喧嘩になった。ソフィアも成長すると共に大人しすぎる性格から一般的な気の強めな性格に成長して行ったから。

ソフィアが朝ベッドで知らない女とルイが寝ている現場に遭遇することも度々あった。

そしてその度にひとり部屋で泣く鏡に映る自分にようやくソフィアはこれが恋なんだと気がついた。だけどルイへの自分の気持ちをソフィアが自覚した頃にはもう既に現状は手遅れに近かった。ルイがソフィアの存在すら疎み始めていたから。ルイもルイで苦しんでいて当時は何にも縛られたくない、もう解放してくれとよく言っていた。その縛りという足枷のひとつにいつしかソフィアが加わってしまったのだ。そうしてソフィアの心も壊れていった。

そんな満身創痍のソフィアの心に最後のトドメになったのは皇帝と皇后に即位して2年も経たないうちにルイが側室を娶るとソフィアに言ったことだった。

それまでも枯れるほど涙を流してきたからただの側室だったなら何も思わなかっただろう。

だけどルイが側室に娶ると言ったのはなんとソフィアの腹違いの妹リリアだった。

ソフィアの妹にまで手を出す程にまで至ったルイの悪行にソフィアももう泣くのすら疲れ切っていた。


そうして17歳の頃から考えていたあの満月の晩の自殺を決行した。ソフィアは密かに17歳の頃からルイへ手紙を書き続けていたけどついには気がついて貰えなかった。

本当は魔法を使ってより強固な呪いをルイにかけることもソフィアには可能だった。

だけどやっぱりそれは最後まで出来なかった。

ソフィアの中にルイを愛する気持ちが残っていたから。そうして最後にルイにキスをしようとした時だった。涙が出た。別れが寂しくて。

あんなに泣いたのにこんなに疲れているのにまだ涙が出るんだとソフィアは思った。そしてルイの顔を手で優しく包み込んで久しぶりにキスをした。

ルイと呼ぶのも久しぶりだった。


そして最後に呪いの言葉を残してソフィアは満月を背にルイの前から姿を消した。

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