第1話
「さようなら、ルイ。来世ではもっと素敵な縁で出会えることを願うわ」
そう言い残し、彼女は身体の力を抜き腰を浮かせた。肩で切り揃えられた月光を集めたような銀髪が揺れる。そしてバルコニーの手すりに腰掛けていたところから身体を浮かせてそのまま後ろに倒した。たった数分の間に彼女は大きすぎる満月を背にふっと頭からひっくり返るように転落した。
はっとしたときにはもう手の届かない所まで彼女は落ちていた。バルコニーの手すりから身体を乗り出す自分を周囲の人々が押さえる。周囲の人々にもその動揺は広がっていく。そして彼女の名前を本当に久しぶりに叫んだ。
「ソ…ソフィアあぁぁー!!!」
そこで目が覚めた。
はっはっと短く呼吸をする。汗でびっしょりだ。
ルイはこの夢を自らの皇后ソフィアが亡くなった夜から見続けている。
ルイの唇はがたがたと震えて喉はからからになっていた。水が飲みたい。
そしてベッドから飛び出すように、かけていた毛布を蹴散らした。部屋の隅に置いてあるテーブルの上で水をグラスに注いで飲もうとしたが止めた。
ガシャンとグラスをテーブルに置いて部屋にあるありったけの酒を集めた。
ワインにウィスキー、どれも度数の強い酒をルイは片っ端から飲んで行った。
そうでないとやっていけなかった。
皇后ソフィアが2ヶ月前に皇帝ルイの前で満月の夜の舞踏会で自殺してからというもの、ルイは毎夜毎夜ソフィアが死んだ時の瞬間の夢を見る。
そしてソフィアに対してこの数年、居ないも同然に扱ってきたのに妙な喪失感に襲われて不安で堪らなくなるのだ。
皇太子時代からルイは皇太子妃ソフィアが居ながらも色んな貴族の娘たちに手を出しては遊んでいた。
彼女たちが皇宮に泊まっていくことも度々あった。その現場にソフィアが居合わせることも数え切れなかった。それなのにソフィアが亡くなってからというもの彼女たちの誰ひとりとも部屋は愚か、皇宮に入れることも嫌になった。ソフィアが死んでからルイは自分自身も壊れていっている感覚が止まらなかった。
まるで片方の羽をもぎ取られた小鳥のように。
未だにルイの記憶の中に残るソフィアの遺体。
飛び降りた階は城の中でもかなり高い階で即死は免れずその日のソフィアの薄い紫のレースのドレスにはべっとりと血が付いていた。
そんなソフィアの遺体を見てルイは呆然と思った。
俺が殺した。
なんでかその思考が湧いてきて止まらなかった。
そしてついに頭痛と耳鳴りが今日も始まった。
ううーんという遠い音から段々と近付いてキーンという音に変わり自らの心臓の音しか聞こえなくなる。そして酷い頭痛も加わりついに手からグラスが離れた。
床に落とされたグラスは無惨に砕け散り、その音で執事たちが入ってくる。
ただルイにはその砕け散ったグラスがソフィアに見えてならなくて今度は目眩が始まった。
そうしてルイは気を失う毎日を過ごしていた。
ルイが今日までに割ったグラスの数は既に100を超えていた。
ルイは翌日の昼にようやく目を覚ました。
片付けなくてはならない政務は山ほどあるのに今日も全く手につかなかった。
仕方なく気分転換に少しだけでもと皇宮の図書室へ向かった。普段はどちらかと言えば植物園やガラスの宮に足が向かうのに今日は自然と図書室へ足が向いた。
図書室へ入ると膨大な数の本が何箱も連なった大きな本棚に入っていて高いところの本は取るために足場が必要な程だった。
手で本のタイトルを追っているとそのうちソフィアが好いていた本を見つけた。
いつもなら絶対に開かなかっただろう。
なのに何故か今日はソフィアの好きだった本を開いてみたくなった。そして本を開くと共に何かがバサッと音を立てて落ちた。
ルイはなんだろうと思ってその紙を拾い上げると手紙の封筒だった。
宛名を見ると自分宛の手紙だった。
誰からの手紙だろうと裏を見るとソフィアの名が書いてあった。何となくソフィアな気がしていた。
ルイとソフィアはお互いの字を見ればわかるから。
そしてその手紙を開いたことでルイの運命が変わる。
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