それが、セッションなんだって
思えばスマホは便利だ。
メモリーの空きさえあればいつでも撮影に臨める。
「それじゃ皆さん一発撮りいきますよー」
「変なもんまで撮影するなよ~」
僕は片膝立ちでレギュラーメンバーの前に陣取った。
肘の引き寄せで引きを作り、ブレないよう立ち上がると演奏しているメンバーの周囲を歩きながら撮り続ける。
手元、足元、フレットのアップも撮っていく。もちろん彼女の演奏もバッチリ抑えた。
「あは、部長カッコよく撮れてんじゃん」
「ガチのMVでもいけんじゃね?」
視聴覚室から持ってきたテレビで再生する、こうしてみると演奏の様子が一目瞭然だ。
こうした動画分析、運動部ならやってそうなものだが軽音部では意外とやってこなかったのだ。みんな、飯かダンスか風景撮り、そして場のノリでしか動画を撮ってない。
「……でもやっぱり息、合ってないね。みんな、もっと集中していこう」
「はい!」
部長はこう言うが、僕は動画をリプレイする。そして彼女のシーンで確信した。
間違いない。
翌日の部活、僕は珍しく自主練を重ねた。
部室にエレキを返しに行くと、やはり彼女が一人個練をしていた。
表情は……やはり暗い、そして焦りの気配も感じる。
「今日も個練?」
僕から先に声をかける。
「うん」
一言だけだ。
「昨日の通し演奏、動画で見ても息合ってないの分かるわ」
「……」
彼女は黙っている。
僕はロッカーに歩み寄り、戸を開ける。
「……まぁ私も前までソロだったしね、こないだも言ったけど」
「僕は原因が分かった」
途端、彼女の顔がハッとした。
もう色々考えても仕方が無い、素直に答えを彼女に言った方がいいと思ったのだ。
「おかしいと思ったんだ、部長も上手いし先輩のベースもドラムも悪くない、ここに天才もいる。なのに合わないなんて信じられない」
僕はエレキを敢えて仕舞わずに戸を閉め、彼女の隣に立つ。
「つまり、合わないじゃなくて『合わせられない』んだなって」
彼女は観念したかのような表情で僕を見る。
「オートチェンジ使ってるでしょ?」
「……うん」
彼女は俯いた。
オートチェンジ、今の機種で言うレジストシーケンスだ。曲の進行に合わせ、各鍵盤の音色を記録した『レジスト』を自動的に切り替える。パネルやフットスイッチでの切替をしない分ミスは減るが、エレクトーンが刻むテンポで切り替えるためセッションでは不向きだ。
「……確かにね、なんとなく分かってはいたけど。でもテンポは正確だし練習重ねれば……」
「いや、それは違う」
「これは僕のギターの先生が言った話、人とのセッションはズレがあって当然、大事なのはテンポを合わせるんじゃなく『場』に合わせるかを考えろって」
「……へぇ」
珍しく彼女が真顔になった。
「正確ではないが、それが、セッションなんだって」
「そうかぁ……」
「バンドのテンポはドラムが基本、でも動画見る限りそうじゃなさそうだね。引っ張ってるのは間違いなく部長」
「そうかも」
「部長が引っ張って、それにドラムが追従して他も引っ張る」
「うんうん」
なんか彼女がニコニコし始めた、よく分からないが焦りの気配は消えた感じだ。
「……となると一度リセットしなきゃだなぁ」
「そんな大変?」
「いや、全部マニュアルならシフト弄るだけだから、5分ぐらいあれば」
そう言うと彼女はパネルを操作し始める。
「じゃあ」
持っていたエレキを構えた。
「僕とセッションして欲しい」
「……え?」
「一応僕もサブだし課題曲は弾ける。部長とやる前の練習台になってみる」
彼女は静かに僕の顔を見る。そして、
「分かった、5分待ってて」
微笑んでくれた。
気持ちが晴れた、僕はエレキをアンプに繋いだ。
あの『彼女』が最大最強のスキルを捨てた理由 ~それが、未来~ sippotan @sippotan
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