殺戮オランウータン2119~サイバーパンク味~

白金桜花

本文

 ゲヘナシティ第2049ハイウェイ──砕かれたガラス=カミムラタワーと呼ばれるビル。

 落下──茶色い毛/ぎらついた丸い目/黒く分厚い皮膚=人間ではない=オランウータン。

 着地/足の皮膚に硝子が食い込む="グウッ!"とオランウータンは叫んだ。

 ヘリの音がオランウータンの両耳から流れる=事前情報からカリュドーン・セキュリティのAAA警備サービスが発令されたためだ。

 

 6時間前:ゲヘナシティ市街地

 雨が降る都市/平均300メートル以上のビル群/その繁華街。

 屋台──ラーメン屋/評判のクラシックラーメン/ソイ・ソースを珍しがる客多発=店主は常に不機嫌。

 ラーメン屋に立ち寄る一人の少女─金のセミロングヘア/翡翠色の瞳/幼い顔立ち。

 席に座る少女/椅子は少し多きい=大柄な白人や黒人男性が本来の顧客層。

「へいらっしゃい」

「醤油ラーメン一つ、チャーシュー抜きで」

 少女──流暢な帝国語=店主は同郷かと察する。

 少女の近くに寄る男/スーツ姿/背は高め/しっかりした身だしなみ=メガコーポのエージェント。

「チャーシュー麺、油増し野菜増し麺少な目で」

 椅子に座る男。

「早いね」

 少女の口が開く。

「ああ、すぐに情報が欲しい」

 男がそう言うと、少女は一枚の古臭いデータカードを差し出す。

 データカードを受け取る男──機械化した頭部コネクタに接続=カードリーダー/カードを差し込む/セキュリティはクリア/データを読み込む男。

「しかし殺戮オランウータン、か、まるでポーの小説だ」

 事件──8日前からカミムラ・コーポレーションの関連施設で襲撃が発生/被害者はどれも肉体を物理的に引きちぎられて死亡/施設内の資料等も窃盗被害/社長一家も別荘で惨殺/監視映像ではオランウータンが目撃者を殺害。

「人間文明の犠牲者であることは共通点だよ」

「ふむ……驚いたな、人間の脳は移植されてなかったか」

 データを確認し、まずそこに驚く男。

 全容=カミムラ生物科学研究所にて廃棄予定の実験体──動物保護テロ集団OLIVERが襲撃開放/逃げた個体がスラムに流れ着く/反カミムラ市民団体に偽装した何らかの組織がランナー=いわゆる傭兵として利用。

 実験体=臓器移植及び筋繊維を利用するための強化オランウータン/実験は成功/主任技術者が数か月前に解雇=データを破棄しようとしていた為銃殺。

「脳神経増設用チップが組み込まれてるみたいだけど、私が今調べた範囲ではこれぐらいが限界だよ」

「へいおまち」

 店長──2つのラーメンを男と女の前に出す/湯気/醤油と鶏ガラの匂い=二人の食欲をそそる。

「おいしそうだ」

「セレブも来てる屋台だからね、まぁ、私はすぐ食べていくよ」

「何のために?」

「ケリをつけるために。じゃあ、いただきます」



 雨のハイウェイ/車のないハイウェイ/ヘリの音──その中をオランウータンは走っていた。

 オランウータンの速度=時速140km/強化生物特有の超膂力。



 6年前:カミムラ生物科学研究所。

 白い部屋/1つの窓/その先にはモニター=オランウータンの部屋。

 部屋の中ではフランクは若い男とチェスをしていた。

「うむむ。こりゃ詰んだか、俺の負けだ!降参!フランクやっぱお前強いわ!」

 両手を上げる主任/笑顔のオランウータン=フランク。

「本当にいい感じに育ってるよお前は、いい嫁さんを連れてきてやる、そうすりゃお前の一族はカミムラのあらゆるものを支配するんだ、その体で、その知能で。そのうち宇宙だって行けるかもしれないな?」

 ニッと笑う主任/大げさだと思い苦笑するフランク。


 銃声=カリュドーン・セキュリティの狙撃サイボーグ隊の隊員が引いた引き金/オランウータンの体を掠る/走り続けるオランウータン。

 銃=カミムラ・バリツ──カミムラ重工製/20mmの大口径狙撃銃/仮想敵は重サイボーグ/しかし攻性強化生物対策として主に利用/由来はシャーロック・ホームズが使った架空の武術から=殺戮オランウータン対バリツ=狙撃隊からすれば食傷するほどよくある仕事。


 97日前:カミムラ生物科学研究所。

「研究は中止だって!?」

「国際人道倫理委員会から査察が入った、生物を解体して素材にすることは今年の九月から禁止だとさ」

 国際人道倫理委員会とは2099年に発足された企業・国家問わず非人道的な実験、労働者の搾取、各種犯罪行為の告発や抗議を行う組織である。

 だが五年前、ケートゥ・ラーファ議長が着任後武装ボランティア制度を発足。これは組織理念は武力無しに遂行は不可能という議長の理念によるものであり、結果として各地からこの武装ボランティアは集結、現状では325万規模の大規模武装勢力となり『倫理違反』とされた企業への恫喝や襲撃、略奪を繰り返す巨大武装勢力と化している。

「フランクたちの可能性を閉じるというのか!?」

「仕方ないだろ、人道倫理委員会は武装ボランティアを採用してからは一大勢力だ、一企業のオープンな研究施設じゃどうしようもねぇよ

「くそっ、こんなんならカタコンベタイプの施設で行うべきであった」

 カタコンベ型研究施設とは企業が秘密裏に作る地下研究施設である、基本的に大規模な商業施設に偽装しながら建設するのが主であるが、これもまた国際人道倫理委員会の武装ボランティアに発見されれば略奪襲撃の対象になるのは変わりはない。

 ガラス先から主任たちの怒声/それを悲しそうに見るフランク。

 フランクは考える──主任は親のようなもの/何とかしたい/どうすればいいのかわからない。

 フランクの様子に主任は気づく──笑顔を作る。

「フランクは気にしなくていいんだよ、それよりもほら、今度もボードゲームを持って来たんだ、やり方は俺が教えるから一緒に遊ぼうぜ」

 鞄からボードゲームを出す主任──その姿に悲しさを覚えるフランク。


ジグザグに移動するフランク/狙撃を何度も回避──『クソっ!あのオランウータン俺の狙撃プロトコルを読んでやがる!?』ARヘルメットを被った狙撃班の怒声。


 14日前:カミムラ生物科学研究所。

 主任がいなくなりフランクは孤独になった/一日三度餌やりのためのドローンが来るだけの生活/それ以外は何も与えられない白い部屋。

 テーブルの上にあるチェス盤/よく主任と遊んだチェス/やりかけのチェス/戦況はフランクが優勢に見える。

 かつての回想に拭ける刹那──白い部屋が闇に包まれる/警告アナウンスがフランクの耳に響く/揺れる施設=何かあったとフランクは認識。

 銃声/爆音/駆け込むヘルメットの男たち──目を丸くするフランク/その間に窓の外の計器をいじり、ドアのロックを外す。

「あんたがフランクか」

 男たちのリーダー/全員電子音声/フランクに手を差し伸べる──頷くフランク=そうしてフランクは開放された。



 走り続けるフランク──突如視界の先に主任の姿/一瞬の動揺=銃弾が彼の右肩を吹き飛ばす/大口径弾額が肉を抉る/衝撃で骨を砕く/腕が宙に跳んだ。



 9日前:ゲヘナシティダウンタウン路地裏

 逃げたフランク=路地裏に流れ着く/食事はほぼとってない/空腹感/近くを蠢く鼠──手を伸ばす/逃げられる。

 落胆するフランク/左側から階段を下りる足音/振り向くと中年女性。

「食いな」

 中年女性が差し出す栄養バー──すぐつかみ取り食べるフランク/いい笑顔の中年女性。

「腹が減ったんだろうねあんた、もっと食いたいかい?」

 頷くフランク。

「じゃあ、ついてきな」

 中年女性に言われるままついていくフランク/そこは武装勢力のアジト──たっぷりの栄養バーを食べるフランク。

「一杯食うんだな」

「用心棒としても食ってけそうやね」

 リーダーの老人と中年女性が眼を丸くする/きょとんとするフランク/周りはふと笑顔になった。


 腕が吹き飛ぶ/転倒/片手で受け身を取り転がる──追撃を回避。

 一歩でも手を振る主任に近づくために足を進めようとすぐさま跳躍──左太腿に大口径狙撃が当たる/肉と骨が抉れ破片をまき散らす/落下しながら声にならない叫びをするフランク。


 8日前:ゲヘナ校外第1192ハイウェイ

『いいかい、運転手を殺すだけでいいんだよ。すぐにうちらが回収する』

 フランクの付けたヘッドセットから中年女性の声がする/その声をフランクはしっかり理解する。

 誰かを殺せと言われた──不思議と忌避感はない/なぜならそういう用途でも作られていたから。

 冷たい風/夜の風/人気の少ないハイウェイ──だからこそ重要物の輸送にはもってこい=襲撃にももってこい。

 一台の車が道路の隅のフランクを横切る──『次だよ!』/瞬間走るフランク/パワードスーツに転用可能な筋肉=容易に時速120㎞を凌駕。

 目前から現れるトレーラー──跳躍/拳を上げる/眼前には窓/拳を振り下ろす=窓を叩き割り、ドライバーの頭蓋をそのまま叩き割る殺戮オランウータン。

「なっ!?」

 助手席の警備員が動揺──フランクの右腕が降られる/首に当たる/骨が砕ける/肉が千切れる=社内に飛び跳ねる生首。

 制御を失ったトレーラー/窓から飛び出るフランク/ハイウェイの壁にぶつかる車──爆発はしなかった。

『派手にやったねぇ、いい仕事ぶりだよ』

 中年女性の声が耳元に響く/利用してるそぶり/だが血の昂ぶりと高揚感がそれを上回っていた。



 左足だったものが先に落ちる/その次に地面に落ちるオランウータン──残った左拳を地面に叩きつけ跳躍/跳躍高度はおおよそ20m/左足と右足は残っている=なので、まだ動ける。

「糞っ!ノミのように飛びやがって!"ヤマト"ちゃんのホログラムでも殺しきれねぇか!隊長!頭撃たせてくだせぇ!」

 狙撃班の一人が上司に連絡を取る。

「却下だ却下!こいつの脳は数十億ネオドルの価値がある。こいつを量産すれば倫理委員会の民兵どもを殺戮できるんだぞ!民間ランナー一人の命なんて安い損失よ!」 

「……っ!了解!」

 狙いをつける/サイボーグの視界に着弾予測地点が表示/義躰にインストールされたAIが肉体を微修正しエイムアシスト/未来位置に銃口を向け──発砲。



 5日前:カミムラ運送配送センター

 跳躍/銃声/絶叫──配送センターの倉庫においてカリュドーン・セキュリティの警備グループと交戦。

 壁を走る/SMGの銃弾は一歩遅く居た位置に着弾/正面から来る弾幕を壁を蹴る──回避。

 跳んだ先のコンテナを蹴る/正面の警備兵に接近/腕を振り下ろす=綺麗に真っ二つになり臓物と脳髄を地面に零し倒れる躯。

 銃弾を躱し/近づき/時として盾にし/肉体を引き千切る/サイボーグであっても例外なく破壊=殺戮オランウータンの殺戮劇場。

 殺し尽くし、呆然とするフランク/コンテナからうめき声──近寄る/コンテナを開ける/そこにはただの配達員の女性がいた。

「う、うう……ひぃっ」

 生存者/非戦闘員──そんなものは関係なかった/殺せとオペレーターが言う前に走り接近/服を掴み何度もコンテナの壁や床に叩きつける=血だるまの肉団子の完成。

 今度こそ人が居なくなるとフランクは散策する/資料庫を見つける/捜索──データチップや資料を見つける/持ち去る/あの主任に再会したい/再会できると思いながら。


 着弾──跳躍中のフランク/吹き飛んだのは右足腿/骨が砕け足が血と共に飛び散る=今度こそ受け身も取れず地面とキスをするオランウータン。

 大きな腹部からの突入で衝撃は抑えられる/しかし20m程の跳躍であったため肋骨は砕け散る=吐血。


 3日前:カミムラ一家別荘

 頭を潰された赤子がいる/胴体をねじられあらぬ方向を向いた女の死体がある/デスクに突っ伏して頭蓋が砕け脳がこぼれ出た青年の死体がある=カミムラ社長一族惨殺事件。

『社長はいないみたいだね』

 中年女性の声/ここに行けば主任の情報がつかめると言われたフランク/けれどもめぼしいものはない。

『なんだい、不満かい?まぁここもハズレさ、ハズレハズレ、あんたのパパはここでもわかんないみたいだけどさ……この町の支社ならいるかもれないね』

 ニッと笑う中年女性──使いつぶすという意志。


 呻き叫ぶフランク/それでも主任に近づこうと這いまわる/眼には涙/苦痛/叫び──主任の姿が消える=ナノマテリアルによる偽装映像。

 映像の正体──金のセミロングヘア/翡翠色の瞳/幼い顔立ちの少女=ヤマト。

 瞬間──フランクの顔は憎悪/ヤマトの顔は悲しみ/その手には銃。


 4時間前:ゲヘナシティレジスタンスのアジト

 頭蓋を砕かれた男たち/素手ではなく散弾での犯行/その中にはリーダーもいる/生き残っているのは中年女性だけ。

 襲撃者=ヤマト/銃口を向ける=足を散弾ハンドガンで撃たれた中年女性に。

「おやおやまぁまぁ、委員会の口封じかい。遅かったね、あいつならカミムラタワーにいるよ」

「ただのカミムラ社から頼まれた報復だよ、あなた達があのオランウータンを利用して殺し屋としてつかってるのはわかってる」

「そうかいそうかい、あんたらはあんな非人道企業の存続を許すのかい。あたしらは正義の戦いをやってるだけだよ」

「知ってるよ、けど、私はここの住人じゃない」

 表情の変わらないヤマト/感情がないわけではない/ただ感情が顔に出づらいだけ。

「正義はあたしたち委員会のものだ。これは嘘でもなんでもない、歴史的事実だよ」

 にっと笑う中年女性/アジトの起爆スイッチ=歯に仕込まれている──しかしヤマトの反応の方が先に動く/引き金が引かれる/散弾が中年女性の頭を叩き割る。

「……嫌だよ本当、こういうのは」

 苦い顔になるヤマト/静寂/あたりには頭蓋を打ち砕かれた屍の山=自分もまた巨大な何かの歯車によって動かされる殺戮者ではないかという悲しみ。


 叫び/憎悪/この女だけは生かしておけぬと腕の力だけで跳ぶフランク──銃声/前から散弾/後ろから狙撃銃の銃弾=憎悪を浮かべたオランウータンの頭部を抉る。

 眼球に散弾が食い込み/狙撃銃の弾が頭蓋上部を砕き/憎悪の口腔も散弾の嵐が歯肉を抉り/脳症をぶちまけさせた。

 雨の中倒れ伏す殺戮オランウータン/頭部はめちゃくちゃになっておりその表情は何かもわからない/血が溢れ池を作る/ヘリのローター音だけがあたりに響いた。


 七年前:カミムラ生物科学研究所。

「フランク、お前の名前はフランクだよ」

 白い部屋/1つの窓の先の部屋──若い男の声がする。

 フランク──オランウータンの子供は近寄り、首をかしげる。

「ヤスヒロ主任、こいつ名前なんて覚えられんですか?」

 同僚が主任=ヤスヒロに問いかける。

「標準的な知能増強プロセスは入れてるんだ、この会話だって記録してるぞ?」

「うへぇ、主任なにやってんですか」

 主任と助手の様子に、何か楽しそうだと思い笑顔になるフランク。

「あ、笑いましたね」

「やったぜ、いい名前だろ、フランク。フランケンシュタインの怪物からとった名前さ、かっこいいんだぜフランケンってさ?」

 そう笑う主任、その姿に悪い気分ではないと思い笑顔で返すフランクだった。

 


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殺戮オランウータン2119~サイバーパンク味~ 白金桜花 @oukaocelot

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