宵の髪

「これで、全体にはお湯をかけれたわね。じゃあ、今度はお姉さんの真似をして体を洗ってみましょうか」


 ヤーラとタマーラが計画を立てる中、一通り体を流し終えたソフィーヤはフェオドラにスポンジを渡し、傷や火傷があるところはごしごし擦らないように説明しながら、体を洗う。流しきれなかった汚れによって、泡も黒くなり、フェオドラは自分の泡の色とソフィーヤの泡の色に首を傾げた。それについてもソフィーヤは丁寧に説明してやる。そして、泡を流し終えると次は頭髪を洗う。


「目に泡が入ったら、痛いからお姉さんが良いよって言うまで目を瞑っててね」

「ん」


 フェオドラの返事を聞き、じゃあ、洗っていくわねとフェオドラの頭髪をお湯で流し、洗髪剤を髪にかける。わしゃわしゃと洗うも体よりも汚れが頑固なのか泡立ちすらしない。


「中々の強敵だな」

「えぇ、そうみたい」


 二度三度、お湯で流す、洗髪剤をかける、お湯で流すを繰り返すも少しは泡立つようになったものの汚れは中々のものだった。


「ソフィーヤ、交代しよう」

「お願いするわ。フェオドラちゃん、ちょっと別のお姉さんと交代するわね。まだ、目は開けちゃダメよ」

「ん」


 ソフィーヤとヤーラが交代し、ソフィーヤはタマーラに場を任し、脱衣所に予備の洗髪剤を取りに行く。


「頭、痛いところはないか?」

「ん、へいき」

「そうか、そりゃよかった」


 更に数度流すかけるを繰り返すと洗髪剤も泡立つ。ついでにと頭皮をマッサージしてやりながら、フェオドラに頭に痛みがないかを確認すれば、少し眠たそうな平気という返事にヤーラは笑みを浮かべる。思えば、フェオドラがココに来た時間は通常の子供なら既に寝ている時間だ。それが、体が清潔になり、頭皮だけとはいえマッサージをされれば、眠たくなってしまうのも道理かもしれない。


「さ、これで最後だ。流すよ」

「ん」


 ザバーッとお湯をかけ、現れた本来のフェオドラの髪に戻って洗髪剤を追加していたソフィーヤを含め三人は驚く。


「すっごい、綺麗な髪」

「えぇ、こんなに綺麗に色がわかるのは珍しいわね」

「事情が最悪のことであれば母親が隠しがっていたのも無理はないな、これは」


 真っ黒だと思っていた髪は裾にかけて蒼くなっていた。それはまるで宵の空のよう。

 目を瞑ってままのフェオドラは三人の感想に首を傾げ、顔をキョロキョロさせる。


「あらあら、ごめんなさいね。もう、目を開けても大丈夫よ」

「ん」


 目にかかる水をくしくしと払い、目を開けるフェオドラ。そして、目を開けると幼いときに少しだけ目にした自分の本当の髪色が目に入る。


「ママ、キレイ、言ってた」

「そうなのね。お風呂から上がったら、お兄さんにも見てもらいましょうね」


 言葉のみの報告でも大丈夫だろうが、見てもらった方が早いとソフィーヤがそう提案する。その言葉にフェオドラは目を細め、頷く。あの人もキレイって言ってくれるかな、言ってくれたら嬉しいなと心がドキドキする。

 それから、ソフィーヤたちと共に湯船につかり、体を温める。途中、フェオドラちゃんの下着がとタマーラは気づき、早々に出ると近くにある実家へと走って行った。


「……あんたさぁ、折角実家に行ったんだったら、服も一緒に持ってきたらよかったんじゃないか?」

「ソーデスネ」


 お風呂上り、体を拭き、髪を乾かし、さて服を着ようという段階で戻ってきたタマーラの手には彼女の下の妹たちのドロワーズが予備を含め、数枚。それだけ。それを見たヤーラが大きな溜息を吐き、タマーラは自分の失敗に気づき、崩れ落ちた。


「らいようぶ?」

「うん、平気だよ。あーもう、ごめんね」


 ペタペタと足音をさせてタマーラに近づいたフェオドラは首を傾げながら、尋ねれば、よぼよぼとタマーラは体を起こす。


「さ、ドロワーズも持ってきてくれたし、ちゃちゃっと着替えちゃいましょうね」


 タマーラから回収したドロワーズを手にソフィーヤはそういうとフェオドラの着替えを手伝う。シャツは敢えて大きめのものを着せ、簡易ワンピースに。長い袖は手首くらいまでは折った。

 そして、ヤーラがうとうととしているフェオドラを抱き上げる。


「眠たかったら、寝ても大丈夫だからな」

「……ん、らいおう、う」


 とんとんとリズムよく歩かれれば、より睡眠を促され、ヤーラの言葉にも反応がだいぶ鈍くなっていた。そして、元いた部屋に辿り着いた時にはヤーラの腕の中ですやすやと夢の世界へ旅立っていた。

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