十五の満月

「まーまる、お月さま」


 あれから数日後、満月の夜は訪れた。今回は“十五の満月”だろうか、不安ではある。けれど、満月は気に入っていた。手を伸ばすけど、届きはしない。優しい明かり。


「レーラに幸を、ヤーシャに祝福を」


 満月を思う存分見たフェオドラは明日はいいことがあればいいなといつものおまじないをするとぬいぐるみを抱き締めて眠った。

 暫く眠っているととても芳しい香りが鼻孔を擽った。


「なにかな?」


 今まで嗅いだことのないそれにフェオドラは体を起こし、ぬいぐるみを抱き締めながら辿る。


「……こっち?」


 くんくんと鼻を動かし、香りがする方へと歩く。それは屋敷の向こうからのように思えた。屋敷という事はあの怖い人達に可能性がある。でも、それでも、とフェオドラは足を動かす。屋敷の方をちらりと見れば、真っ暗で人の動きはなさそうだった。そうして、屋敷の脇を通り過ぎ、初めてみる場所に出る。土石を積んだ壁がフェオドラの行く先を遮っていた。


「この、向こう」


 どうやったらいけるだろう。壁を乗り越えるのはと見上げ、無理そうと肩を落とす。フェオドラはうーんと考え、壁伝いに行くことを決めた。どこかに通れるところがあればいいし、穴が開いてるだけでも通れるのなら十分。月あかりを頼りに探しながら歩く。


「……あ」


 そして、格子になった扉の所にでた。ただ、その向こう側には二人の男が立っていて、フェオドラは小さな体をさらに小さく縮こまらせた。

 ここを通れば出られそうだけど、見つかったらどうなるかわからない。あの怖い人達も出てくるかもしれないとフェオドラは一巡すると穴が開いてるところを探すことに決めた。

 壁を確認しながら歩き、門から少し離れた茂みに丁度子供が一人くらい通れる穴を見つけた。ぬいぐるみを抱えて潜ろうとしたが、つっかえる。


「むっ」


 おいてかなきゃダメ? それはイヤだと自問自答を繰り返し、先にぬいぐるみを通してから自分が通ればいいのだと解に辿り着く。んしょと穴にぬいぐるみを通し、自分も潜り込む。


「ふんむっ、うなっ!」


 詰まり、ない力で踏ん張れば、勢いよく転がり出た。ふぅとフェオドラが一息ついていると遠くで何か聞こえなかったかと男の声が聞こえ、慌ててぬいぐるみを拾って近くに隠れる。


「あー、穴が開いちゃってるよ」

「これ、報告上げとかないと。まぁ、どうせ、すぐには直さんだろうがな」


 面倒だなと言いながら穴の大きさなどを確認した男たちは門の方へと戻って行った。そして、フェオドラは彼らがいなくなったのを確認すると香りを辿るのを再開させる。初めて壁の外へとでたフェオドラにはそこは未知の世界。けれど、怖いというよりもワクワクした。

 とっとっと物珍しい世界にキョロキョロしながらも、あっち、こっちと香りを頼って歩き続けた。そして、フェオドラは立ち止まる。


「……」


 幅広い川に架かった橋の真ん中で一人の男が満月を見上げ立っていた。爽やかな青から裾にかけて鮮やかな緑になった髪が腰ほどまであり、レッドベリルの鋭い目の精悍な顔立ちをしている男。巡回騎士なのだろうかピシッとした服装に剣を帯びていた。

 水面に映る満月と天上の満月が男を照らしているように思えた。屋敷でも男と会うことも当然ながらある。けれど、そこで会った人達とは全く違った。そして、ひどく落ち着く匂いがする。フェオドラは香りに誘われるまま一歩また一歩と男へと近づいていく。

 そして、フェオドラの首筋に剣が当てられ、冷たい目がフェオドラを見下ろしていた。

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