巡回騎士の詰所

 貴族街と平民街の丁度中間にアキムの所属する詰所がある。小規模ながら訓練場を持ち、有事の際には避難所として機能もできるように備蓄や武器なども保管されている。尚、貴族街に接している、貴族街への巡回や呼び出しが多いということもあり、ココに所属する騎士はアキムも含め、下級ではあるが貴族出身者が多い。

 そんな中に連れてこられたフェオドラは丁度巡回が終わって戻ってきていた者、交代の時間が近いため起きていた者、夜通しの者、当詰所の重要責任者に囲まれていた。


「……ぅ」

「おっかしいわ、そこのお兄さんよりも私たちの方が怖くないはずなのに」

「おい」

「とりあえず、お風呂入りましょう、ね」

「……ゃ」


 ギュッとアルトゥールにしがみつくフェオドラに全員が苦笑いを浮かべる。幼い子供を前にすれば、もれなく泣かれると言われるほどのアルトゥール。それがどんな冷たい声出しても、彼から離れようとしないフェオドラ。むしろ、アルトゥール以外には警戒心丸出しで、全員がなぜだと首を捻る。懐くのが平民や子供に友好的なアキムならわかるのだが、よりにもよってアルトゥール。


「嬢ちゃん、俺が言う言葉はわかっているな?」


 フェオドラの前に座り込んだ恰幅の良い男の言葉にこくりとフェオドラは頷く。その後ろではこそこそと他の騎士たちがあれ大丈夫? 女の子怖がってない? などと言葉が交わされているが男は一睨みして黙らせた。


「よし、では、まず体を綺麗にしよう。その後ならば、いくらでもレオンチェフにくっついていても構わない、どうだろう」


 ただ、浴槽は深いからなレオンチェフではないが一人騎士をつけさせてもらうと男はニッと笑いながらフェオドラに告げる。ただ、その内容に不服なのは現在進行形でしがみつかれている上に後のご褒美にされたアルトゥールだ。全身から不服を告げるアルトゥールに男は目で後で話は聞くからと訴え、アルトゥールは溜息をもって了承した。


「そうだ、折角だからおじょーちゃんのお名前教えて欲しいな」

「……」

「安心しろ。お前の敵じゃない」


 アキムの言葉に沈黙するフェオドラ。それの頭にぽんと手を置き、ぶっきらぼうにアルトゥールは言葉を口にする。それに全員が、あのアルトゥールがという顔をしたが黙殺。フェオドラは不安げな目をアルトゥールに向けるも、こくりと頷き、アキムを見る。ハクハクと口を開閉させて、フェオドラは初めて自分の名前を他人に告げた。


「……フェオオラ」

「フェオオラちゃん?」

「フェオ、オラ!」


 間違っていないはずなのに違うとばかりに首を振られ、改めて区切りながら告げられる。だが、誰が聞いても『フェオオラ』としか聞こえない。けれど、フェオドラはきちんと母がいつも言っていた『フェオドラ』と言えてると思っているのだ。だから、聞き返されるのが違う音で、どうしたらわかってもらえるのかわからず、顔がくしゅりとなっていく。


「……もしかして、フェオドラ、か?」


 顎に手を置き、考えていたアルトゥールがぽろりと零せば、それを聞いたフェオドラの顔にぶわっと花が開く。嬉しい嬉しいとばかりにすりすりするフェオドラに全員が正解のようだなと納得する。


「よし、フェオドラちゃん、そのぬいぐるみさんはこっちで預かるよ」

「……パパ」

「あぁ、そっか、パパさんなんだね。あと、綺麗にしちゃっても大丈夫かな? こう見えて、お兄さん洗浄魔法得意なんだよ。だから、フェオドラちゃんもキレイキレイするなら、パパさんもキレイキレイしちゃおう」


 ぬいぐるみをパパと呼ぶのは如何なものかと思いつつも、それを否定してはダメだとアキムは肯定する。その上で、とびっきりに明るい声で薄汚れたぬいぐるみを綺麗にしてあげるよと提案してみる。すると、フェオドラはキレイキレイ? と首を傾げ、いつものあれの事かなと思い浮かべる。ここでなら、パパもキレイキレイしても大丈夫なのかなとアルトゥールを見れば、ポンと頭を優しく撫でられた。


「キレイキレイ、すりゅ」

「よし、それじゃあ、お兄さんに――」

「キレイキレイ」


 アルトゥールから手を離し、ぬいぐるみを掲げたフェオドラ。それに、よしきたとアキムが渡してと言葉にしようとするも、フェオドラはぬいぐるみを抱え直し、いつもやっているようにいつもの呪文を唱えながらぽんぽんとぬいぐるみを叩いた。その瞬間、ぬいぐるみを基点として光の粒子が詰所全体に迸った。


「え?」

「??」


 残滓が消える頃にはフェオドラたちがいた部屋は勿論、他の部屋もピカピカになっていた。この前溢した珈琲染みがなくなってるなど隠していたところを確認してあちこちでそんな声が上がる。


「キレイ、なった」


 フェオドラのぬいぐるみも綺麗な黒龍になり、本人は満足そうだったが、他はさてこれはとんでもない拾い物をしたのではと唇の端がひきつる。


「よし、フェオドラ、風呂に行ってこい」

「ん」


 アルトゥールの言葉にフェオドラが頷くと近くにいた女騎士がそれじゃあ私がと手をあげ、ぬいぐるみは呆然としているアキムに渡し、フェオドラの手をとって浴室へと向かった。

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