第42話 想像していなかった提案


 空は夏らしい晴天で、細かい雲が漂っているくらいの熱い日だ。

 夏休みに入る最後の登校日。


 そのホームルーム前に、俺を含めたいつもの四人で集まっていた。


 今日は終業式と雑多な連絡事項、掃除くらいしかやることがなく、学校は午前中で終わることになっている。

 教室には夏休みを前にして浮かれている生徒ばかり。


 どこに出かけるだとか早速泊まろうだとか、楽しげな話題ばかりが聞こえてくる。

 それは俺たちも例外ではない。


「みんな夏休みはどうするの?」

「俺は家で適当に過ごすかな。部活もやめたし」

「どっか遊びに行こうぜ! 夏だし海! は難しいからプールとかさぁ」

「それ、涼太が水着を見たいだけじゃないの?」

「そりゃそうだろ。ま、俺が見たいのは紗那だけだけどな」

「……涼太になら、いいけど」


 恥ずかしそうに目を伏せた美鈴と、水着姿の美鈴を妄想していると思われる涼太が気持ち悪いくらいにやけていく。

 こんなとこでのろけるのは本気でやめて欲しい。


 悠莉も苦笑してるし、二人の世界に入ってしまったから話も進まない。


「悠莉はどうするんだ?」

「私も……そうですね、特に普段と変わらないかと。例年通りなら本を読む時間が増えるくらいでしょうか」

「予想通りの答えだな。少しは外出たほうがいいぞ」

「……なら、一緒にお出かけでもしますか? プール……はちょっと恥ずかしいので、別なところにしてくれると嬉しいですけど」


 笑みつつ出かけようと提案してくれる悠莉に「そうだな」と返す。


 悠莉からの誘いは嬉しいものの、頭の中はそれどころじゃなかった。

 いっぱいいっぱいなのを悟られないように努めて振舞っていると、悠莉がじーっと俺を見てくる。


 緑色の瞳が、どこまでも見通すように覗き込んでいた。


「蓮くん、どこか調子が悪いんですか?」

「いや、元気だけど」

「それならいいのですが……体調が悪いならすぐに教えてくださいね」

「風邪を引いた人が良く言うよ」

「……それを槍玉に挙げるのはずるいです」


 痛いところを突かれたと言いたげに半眼で悠莉がにらんでくる。

 正直、悠莉がそんな顔をしても怖くないし、根底にあるのが俺への心配と考えると可愛くも見えてしまう。


 心の奥でため込んでいる感情が大きく膨れていくのを感じる。


 雑談を続けているうちにホームルーム開始のチャイムがなって、担任が入ってくるのに合わせてみんな席に戻っていく。

 そうして、ホームルームが始まった。



 軽い連絡事項や夏休み中の生活に関する注意などを聞き流し、それから退屈極まる校長の話を寝ないように乗り越えて、教室などの掃除を済ませて解散となった。


 多くの人はそのまま友達同士で帰るような話をしている。


 だが、俺は一つ用事があった。


「悠莉、ちょっといいか?」

「どうしましたか?」

「帰る前に少しだけ話がしたい。図書室で」


 わざわざ図書室と場所を指定されたことに悠莉は疑問を覚えているようだった。


 けれど、多分悠莉は来てくれる。


「それは大丈夫ですが……先に行って待っていてもらえますか? 一つ用事を済ませてくるので。そんなに時間はかからないと思います」

「ん、わかった」


 悠莉から待つように言われて、少しだけ安堵あんどしている自分がいた。

 覚悟は決めたつもりだったのにな、と自分の弱さに笑ってしまう。


 荷物を持って教室から出ていく悠莉を見送って、俺は一人で図書室へと向かう。


 すれ違う人の顔なんて頭に入ってこない。

 ただ一つのことだけを考えながら、図書室までの道のりを歩いていく。


 校舎の奥まった場所にある図書室に、わざわざ終業式の日も来る人はまれだろう。

 到着してみれば、いつにも増してひとけのない空間がそこにあった。


 俺はその奥、読書スペースの定位置に座って、用事があると言っていた悠莉を待つことにする。

 そう時間はかからないとは言っていたし、ちゃんと来るとも言っていた。


 心配はせずに、波が立っている心を落ち着けるために外の景色を眺める。


 晴天。

 窓一面から差し込むのは眩い日差し。


 すっかり梅雨は開けたようで、数日前から暑い晴れの日が続いていた。


 もう少し気温とか加減をして欲しいなと思いつつ、深呼吸。

 家で大丈夫だと自分に何度も言い聞かせて来たのに、ここにきて緊張をひしひしと感じていた。


 想いを伝える――一言で表せてしまうことの難しさを、身をもって痛感する。


「……言うんだ。そう決めただろ。それに、お礼もある」


 それがあれば、心に灯った想いを言葉として伝えられる気がした。


 待って、待って、待って――引き伸ばされたように感じる時間は、図書室に入ってくる軽い足音で終わりを告げた。


 振り向けば、白い長髪を揺らす女子生徒――悠莉がいる。


「すみません、遅くなってしまって」

「それはいいけど、どうしたんだ? 困ったことでもあったのか」

「用事が……ある男子生徒さんからの告白だったので。断ってきましたけれど、いつまでも慣れないものです」


 告白。


 その言葉が悠莉の口から出たことで、強く心臓が鼓動を打った。


 早く言わないと――そうはやる思考に待ったをかけたのは悠莉の一言。


「蓮くん。できれば先に話したいことがあるのですが……いいですか?」

「いいけど……どうしたんだ?」


 思考にストップがかかり、悠莉の次なる言葉に注目する。

 悠莉は一度深呼吸をしてから、


「――蓮くん。私との偽装交際関係を解消してくれませんか?」


 想像していなかった提案を投げかけられ、頭の中が真っ白になった。

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