第41話 決まったよ


「――涼太。俺さ、悠莉のことが好きなんだと思う」


 悠莉の家で夕飯を食べてから決めていた通り家に帰った俺は、楓の意味深な追及から逃れるように部屋へ籠って、涼太と通話をしていた。


 内容は俺が悠莉に対して抱いているであろう感情について。

 こんなことを話せる相手なんて涼太くらいしか考えられなかった。


「今更かよ! 自覚するの遅すぎだろ!」

「うるせえ」


 爆笑する涼太に語気を強めて返しつつ、上がってきた顔の熱を冷ますように氷を浮かべた麦茶をあおるように飲んだ。

 それでも一向に冷める気配はない。


 むしろ、今日の悠莉を思い出して胸が熱くなってくる始末。


「んで、それを俺に言ってどうするんだ?」

「なんていうか……涼太はさ、怖くなかったのか? 美鈴に告白して断られるのが」

「あー……怖くはなかったな。なんつーか、一番初めにバッサリいかれたからか、感覚が麻痺まひしてよ。絶対に紗那を振り向かせて見せる――って気合入った」

「参考にならねえ……」


 薄々わかっていたが、実際に言われると反応に困る。


 美鈴は涼太が何度も告白をして、やっと射止めた相手。

 そんなことをしているのに怖いとか考えているはずがなかった。


 涼太という人間は軽薄そうな態度とは裏腹に、根が真っすぐなのだ。


 何度断られてもへこたれることなく突撃していく涼太の思いが、美鈴に首を縦に振らせたのだろう。

 二人は学校でもいちゃついているくらいには仲がいい。


「てかさ、蓮の場合、何を心配してるんだよ」

「何って、そりゃあ……断られたらどうしようかと」

「それこそあり得ないだろ。傍から見てる蓮と本倉ちゃんって、なんで付き合ってないのか意味不明なくらいに甘い空気漂わせてるぞ」

「……いやいやまさかそんなわけ」

「自覚症状なしかよ」


 顔を見ずとも呆れているのがわかる。


 偽装交際という都合上、付き合っているように見えるのは良いことなのかもしれないが……そんな風に見られているとは思わなかった。

 しかも相思相愛イチャイチャカップルの片割れでもある涼太に言われると、妙な説得力がある。


「蓮は本倉ちゃんと話してるときは雰囲気が柔らかくなるっつーか、いつもの近寄るなオーラが薄れるんだよな。あと、表情筋が良く動くようになる」

「……それ、俺は褒められてるのか?」

「そのつもりだけど。あと、本倉ちゃんもだよな。蓮といるときは頬緩みっぱなしだし、何より目が恋する乙女そのもの。誰が見ても蓮のこと好きじゃん。100割断言できる」

「100割て……そこまで言う?」

「言うね。紗那に聞いても同じだと思うぞ」


 ……気づいてないの俺だけ?

 涼太だけだと不安だったけど、美鈴もって言われると信憑性を帯びてくる。


 いやでも仮に悠莉が俺のことを好きだとして、その好きが恋愛感情だとは限らない。

 友情の延長線上にある好意の可能性もある。


「そいえば話がそれてたけどよ、本題は?」

「……あのさ。告白ってどうやったらいいんだ?」


 自分でも驚くくらいに神妙な声が出た。


 だが、返ってきたのは声が裏返ったような笑い声。

 人が真剣に聞いているのに馬鹿にされた気がして、思わず眉根が寄ってしまう。


「っ、ははっ、悪いっ、ちょっとおかしくて。まさか蓮の口から告白の仕方を聞かれるとは思ってなかった」

「馬鹿にしてるなら切るぞ」

「待て待て待て! 俺以外に聞けるやついないだろ? ちゃんと教えてやるって」


 まだ笑いが引いていないのだろう。

 ところどころ声の調子が上がっているし、絶対に画面の向こうで涼太はニヤニヤと笑っている。


 けれど、今日は俺が教えをう側。

 危うく通話を切りそうになった気持ちを静めつつ、涼太の言葉を待つ。


「ずばり」

「ずばり?」

「告白なんて自分が相手に想ってることをそのまま言えばいいんじゃねえの? それ以外になんかあるのか?」


 俺に聞かれても困るんだが。


 そもそも、告白の意味を考えるとこからにするか。


 通話の裏で告白の意味を調べる。


 ――『秘密にしていたことや心の中で思っていたことを、ありのまま打ち明けること。また、その言葉』


 好きと同じように予想は出来ていたが、もっともなことしか書かれていなくて拍子抜けした。

 しかし、涼太が言っていたことと被っている。


「……まあ、そうだよな」

「緊張してんのか?」

「当たり前だろ」

いやつめ~」

「切るぞ」

「待て待て待て! 気が早いって! 真面目に相談に乗ってるのに感謝の一言もなしかー……俺たちの友情はその程度のものだったんだな」


 よよよ、とわざとらしい泣き真似が聞こえてくる。

 本当に対面で話していなくてよかったなと心の底から思いつつ、


「……なんだ、その。助かった」


 ひどく不器用な自分の言葉に嫌気を覚えつつも、「いいってことよ」と気前よく涼太は返してくれる。

 俺には勿体ないくらいの友人だ。


「あーそうそう。結果は教えてくれよー? 聞くまでもないだろうけど」

「気が向いたらな」

「酷ぇ!」


 とはいうものの、涼太の声色に悲壮感はない。

 むしろ楽しんでいる節すらある。


 通話を切って、そのときのことを考える。


 でも、考えたところで意味はない。

 返答は悠莉しか知らないのだから。


「……悠莉。あのときのお礼、決まったよ」

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