第35話 もう少しだけ、このままで
学期末の面談。
成績やら進路の話を、母さんを交えて担任と話した。
成績は授業態度と提出物は真面目にやっていたし、考査の点数もそこそこだったからか、今までと同じくらいの水準を保っていた。
進路についてはかねてから考えていた大学に……という話をしたところ、現状のままいけば十分に狙える範囲だろうとのこと。
気を抜かずにやっていきたいものだ。
俺の面談は無事に終わったものの、一つ気にすることが残っている。
悠莉の面談……正確には、悠莉が父親と会うことだ。
事前に聞いた話によれば、直接的な手を出してくるような人ではなく、性格も
ただ――無干渉を貫こうという姿勢は崩れないだろうと本人も言っていた。
俺は悠莉が面談の間、図書室で待っていると伝えてある。
流石に面談へ口を
そうでなくても担任がいるのだから、悠莉に直接的な被害は及ばないと思う。
だから、ここで悠莉が来るのを待つ。
普段二人でいるときと比べて、図書室は一人だとさらに静かで、寂しさに似たものを感じてしまう。
それに、悠莉が大丈夫かと考えてしまって落ち着かない。
ここで俺にできることがないのはわかっているので、悠莉から借りていた本を読むことにする。
一昔前に話題になり、ドラマ化もされたミステリー小説だ。
タイトルだけは知っていたそれを開いて、連なる文字を視線で追う。
他に何も考えないように。
ただ本の文字に、文に、世界に
適度な集中状態で読み続けていたが、耳に入った軽い足音で顔を上げる。
図書室の入り口付近に、壁に手を突きながらも俺を見る白い髪の少女がいた。
緑の瞳には疲労が
諸々の書類が入った袋を胸に抱えながら、悠莉は壁伝いに歩いてくる。
俺は本を置いて、悠莉を迎えにいった。
「お疲れ様」
「……はい」
小さな返事。
手を差し出すと、悠莉はおずおずと弱い力で握り返した。
悠莉の手は雪のように冷たく、僅かに震えを帯びている。
けれど、図書室まで来たことで安心したのか、悠莉の表情から強張りのようなものが少しずつ抜けていく。
「いつものとこまで歩けるか?」
「……もしかして、馬鹿にしてますか?」
「歩けないなら背負っていこうかと思ってた」
冗談めかして言うと、「それは流石に
隣に座ったところで繋いだ手をどうしようか考えるも、悠莉が無言でぎゅっと握り返してきたので、離さないことにする。
悠莉が椅子を俺の方に寄せてきた。
空いているのは拳一個分くらいの距離。
向き合えば吐息がかかるような一種の緊張を強いられる空間でも、俺はどうしてか落ち着いたままだった。
「……やっぱり、ダメかもしれません」
口火を切ったのは悠莉だった。
振り向いて見せたのは、泣き笑いのような表情。
「……折角、ここまで耐えたのに、どうして、今なんでしょうか……ね」
ポケットから取り出したハンカチで涙を拭いつつも、
次第に声も
悠莉は必死に抑えようとしているのだろう。
それでも、一度揺れた感情の波が静まることはなかった。
だから、それを思う存分吐き出させるためにも。
「――俺の胸なんかでよかったら貸すぞ」
自然に、なんでもないように、
すると、悠莉は小さく首を縦に振って、身体をこちらに傾けてから頭を胸にぽすんと預けてきた。
一面に広がる白い髪、特有の甘さを帯びた匂いが呼吸に乗って運ばれてくる。
「……なんかじゃ、ないですから」
抗議をするようにぐりぐりと頭を胸に押し付けながら、悠莉は前にも行ったやり取りを再現する。
二回目だけど、感じる緊張感は変わらない。
あちこちに柔らかい感覚が触れているし、甘い匂いが絶えず
だとしても、拒絶することはない。
悠莉を受け止めて、最大限優しい手つきを意識しながら、悠莉の頭を
けれど、それも時間が経つにつれて収まって、規則的で静かな呼吸が戻ってくる。
「まだ続けるか?」
「……続けるのは、嫌ですか?」
「嫌なわけない……けど、俺の理性にも限界があるっていうか」
平然とした態度を取っているものの、俺の精神力は削られ続けている。
悠莉は美少女だ。
そんな悠莉の身体を受け止めながら、限りなく手触りのいい髪を撫でまわしていれば……正直、変な感情が湧いてこないとも限らない。
勿論、悠莉が信頼してくれているからできているのだと理解はしている。
悠莉の信頼を裏切ることは出来ないし、したくない。
俺だって男だ。
衝動的にそういう欲求が生まれないとも限らないと警告をしたかったのだが。
悠莉が顔を上げた。
さっきまで泣いていたからか、目元の当たりがほんのりと赤い。
潤んだままの瞳で俺を上目遣いで見上げて、
「じゃあ、限界になったら教えてください。それまで……もう少しだけ、このままでいさせてください」
甘えるような声で
仕方ないな、とため息と一緒に呟けば、悠莉は嬉しそうに目を細めて――腕を背に回して抱き着いてきた。
深まった密着度に思わず
ぎゅっと掴まれた背中が、離す気はないと言外に表していて。
「悠莉っ、それは――」
「ダメ……でしたか?」
流石に
ちょっとだけ役得かと思ってしまった自分がいたのは認める。
悠莉にそんな意思はないだろうけど。
無言を了承と捉えたのか、また悠莉は顔を
色々当たってるからあんまり動かないで欲しい。
切実にそう思いながら悠莉からの
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