第34話 バレバレだよ


「ねえねえお兄、結局悠莉さんってお兄のなんなの?」


 夜、俺の部屋へ漫画を読むために押しかけて来た楓が、我が物顔で俺のベッドに寝そべって漫画を読みながら聞いてくる。


 たびたび楓は漫画を読むために俺の部屋に入り浸ることがあり、副次的な話題として取り上げたのが悠莉のことだった。


「前も言ったけど友達だ。多少仲がいいように見えるかもしれないけど、それ以上でもそれ以下でもない」

「友達であの距離感は無理があるでしょ」


 ショートパンツから伸びる素足をばたつかせながら揶揄からかうように言うものの、視線は漫画から外していない。

 あえてそこまで注目してませんよアピールをしているのだろう。


 どこまで踏み込んでいいのか判断をつけている段階なのかもしれないが。


「それにさ、美鈴さんが何か隠してるようなことをほのめかしてたじゃん」

「うるさい」


 追及ついきゅうするなという意思を込め、語気を強めて楓に言う。

 正直なところ楓ならいいかという気にもなるのだが、悠莉への相談もせずに話すのは信用問題的に良くない。


 人を裏切るのは論外だ。


 けれど、楓はまるで気にしていないのか、読んでいた漫画をベッドに置いてから俺の方に身体を向けて、


「ほら、そうやって話を止めようとする。バレバレだよ。お兄ちゃん、嘘つくの下手だし」


 立てた人差し指を振りながら、口元に笑みを刻んで言った。


「そんなに嘘つくの下手か?」

「妹だからわかるっていうのもありそうだけど、そうじゃなくても下手だと思うよ? 疑うと警戒心強まるし、なのに冗談ぽくして切り抜けようとするし」


 言われてみれば心当たりがいくつもあった。

 意図を隠すよりも、別の方向にらすようにしている。


 楓の勘が鋭いことも理由にあげられそうなものの、これを涼太と美鈴に言ったら「気づいてなかったの?」と素で驚かれそうだ。


 返答に困っていると、楓がいわゆる女の子座りに姿勢を変えて、


「その嘘って、誰かを傷つけるためのものじゃないってわかるんだけどさ。妹としては、そういう意識があったとしても嘘はついて欲しくないなーって思ってしまうわけですよ」


 あまり見る機会のない、楓の神妙しんみょうな表情。


 楓のそれには俺も同意できる部分が多かった。


 嘘なんて、好き好んでつきたいものではない。

 相手が親しい間柄あいだがらなら特に。


 でも、時には嘘も必要だとも考える。

 自分の内に秘めておきたい感情であったり、傷つける可能性が浮かんでしまうような事柄を、親密な間柄の相手とはいえ正直に伝える必要があるだろうか。


 その内容を知ってしまったら、今の関係が崩壊してしまうような劇薬だとしても。


 裏切られるのが怖い。

 悠莉をはじめとして、涼太も美鈴もそんなことをしないのはわかっている。

 でも、春先に負って治ったはずの傷が、その可能性を考えるとじくじくと痛む。


 裏切るのも嫌だ。

 あんな痛みを、苦しみを俺が誰かに与えたくはない。

 その傷が容易にえないことを、身をもって知っているから。


「悩んでるなら吐き出しちゃえばいいと思うんですよ」

「……誰に?」

「ここに! 適任の! 妹がいるじゃないですかっ!」


 薄い胸を張る楓。


 俺の返事は、深いため息だった。


「あれ? そういう流れじゃなかった?」

「そんな流れになると思ってたのかよ」

「まあまあ。実際問題、私なら何話しても問題ないでしょ? あー……でも、流石にエッチい話は無理かなー」

「するわけないだろ」

「冗談冗談。お兄が奥手のヘタレなのは知ってるから、そんなことしてるとは思えないし」


 ……色々言いたいことはあったがこぶしを握って耐えた。


 妹相手にこんな話をしろと? 羞恥しゅうちプレイもいいとこだ。


 断るのは簡単だ。

 本気で拒絶すれば、楓はそれを察して引くことは怪我のときに経験した。


 本当に心配しているからこその押し引き。


 つまり、ある程度は楓に話してもいいと思っていることになる。

 なんだかんだ楓は素直で根が善良だ。

 バカにするような口調が少し……いや、結構腹立つときもあるけど。


「我がお兄様はどんな恋のお悩みを抱えてるんですかね? ほれ、恋の伝道師でんどうしたる楓ちゃんに話してごらん?」

「恋の伝道師でんどうして」

「何を隠そう、私がカップル成立へと導いた事例は数知れず――って、今、お前は彼氏いないじゃんとか思ったでしょ!」

「一人芝居に戸惑ってんだよ」

「楓って役者だからねー」


 コロコロと表情を二転三転させ、最後にはてへっ、とあざとらしく舌を出して片目を瞑って見せた。


 このくらい気楽に生きられたらな……なんて考えは心の中だけにしておく。


「で、話す気になってくれた?」

「楓とはいえ話すなら悠莉の許可も欲しいし」

「じゃあさ、お兄は私に話してもいいと思ってるってこと?」

「……やぶさかではない」

「やったっ! なら、私が勝手に聞いてみるねっ!」

「は? あ、お前、そういえば悠莉の連絡先――」


 楓が勉強会のとき、どさくさに紛れて三人と連絡先を交換していたのを思い出す。


 だが、時すでに遅し。

 楓の頭の中では俺が「悠莉の許可があれば話を聞いてもいい」と言ったことになっているだろう。


 気づいた楓の行動は早かった。

 ベッドから起き上がって読んでいた漫画を本棚に仕舞い、止める間もなく部屋を去っていった。


 閉じられた扉を眺めつつ、何度目かのため息。

 少しは静かに過ごせないものか。


「……まあ、悠莉の裁量で話す分にはいいか」


 俺に探られて痛い腹はない……はずだ。


 悠莉がどこまで話すかわからないが、話を聞けば俺に突撃してくるだろう。

 変なぼろを出さないようにどこまで話したのか悠莉に聞いておこうと頭の隅にメモをして、俺はまたしてもため息をついた。

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