第32話 やっぱりずるい、です
「みなさんそわそわしていますね。夏休みが待ち遠しいのでしょうか」
テスト後の木曜日。
図書室の読書スペースで悠莉と隣に座ってそれぞれやりたいことをしながら、雑談をしていた。
今日の話題は目前に控えた夏休みについて。
「まあ、大体の高校生はそうだろうな。悠莉は楽しみじゃないのか?」
「……私の場合、家にいてもやることが変わりませんし」
困ったように眉を下げつつ、悠莉が口にする。
その横顔は変わっていないように見えて、ほんの少しだけ
悠莉は一人暮らし……つまり、外に出なければ誰かと会うことがない。
本を読むことに苦を感じてはいないだろうけれど、それは孤独感から逃れるためでもあることを知っている。
「話し相手が欲しくなったらいつでも言えよ。どうせ俺、部活やめたから暇だし」
素っ気なく釘をさしておく。
悠莉が結構な
夏休みという顔を合わせる機会が少なくなる期間が終わって、また悠莉が折角開きつつある心を閉ざしてしまうのが嫌だった。
部活をやめて暇というのは事実だし、学生として必要なだけの勉強をしていても時間は余分にあるはずだ。
悠莉が振り向く。
「……それ、私のために言っているんですか? それとも、蓮くんが私と話したいからですか?」
そう、二者択一を迫ってくる。
俺としてはどちらの意味もあった。
悠莉のためになればいいと思っているし、同じくらいに俺が悠莉と話していたいという感情もある。
図書室で偶然にも悠莉と知り合ってから約一か月。
明らかに距離が縮まったものの、この変わらない緩やかな空気感はとても居心地がよく、失い難いものだと感じていた。
ひとけのない静かな図書室。
悠莉と過ごす時間は、怪我で荒んだ俺の心を
「悠莉はどっちだと嬉しい?」
でも、余裕そうな表情で答えを求める悠莉の手のひらで踊るつもりはなかった。
あえて良くないと思いつつも質問で返すと、反撃を食らうなんて予想していなかったのか「えっ」と驚きを含ませた声を漏らす。
美鈴相手ならこうはいかない。
「質問しているのは私よ?」と自分の立場を崩すことなく問い詰めてくるだろう。
だけど、悠莉は押しに弱い。
それに何事にも真っすぐ取り組む性格なのを知っている。
だからこうして話を逸らすことができるわけだ。
悠莉には悪いと思っているけど、それはお互い様だし
人を
当然、そんな思いを口に出すことなく悠莉の行く末を見守る。
至って真面目に、しかし頬をほのかに赤く染めながらも悠莉は必死に回答を導き出しているのだろう。
そんな微笑ましくいじらしい姿を見て、ほんの少しだけ罪悪感が湧いてくる。
やがて、悠莉の中で結論が出たのか、おもむろに口を開いた。
「……私は、やっぱり嬉しい、です。学校が休みになれば、自然と蓮くんと顔を合わせる機会も少なくなりますし。それに、普段からこんなに話していたら、声が恋しくなるかも……しれ、ません」
俺の方を向きながら表情を
悠莉のそれには期待も
悠莉が俺と話すのを楽しく思ってくれているのは、素直に俺も嬉しい。
どちらかが与えるだけの関係では、いつか崩れるのが目に見えている。
そういう意味でも、互いに利がある状態でいたい。
悠莉とはこの先も付き合っていきたい――と考えて、思考が止まる。
友人としてなのか、そうじゃないのか。
前者はもちろん抱いているものだが、後者とどちらが強いのだろう。
だが、そんな思考を裂くように、悠莉の声が響いた。
「そういう蓮くんはどうなんですか。私はちゃんと答えたのに……答えてくれないのは、不公平です」
少しだけむっとした、それでいて信頼を感じさせる眼差し。
俺は思考を整理してから、自分と悠莉に嘘をつかない範囲で言葉を組み立てる。
「悠莉のためか、俺のためかなら……正直どっちも同じくらいだけど、しいて言うなら俺のためかな。俺が悠莉と話したいって気持ちに嘘はない。もちろん、それが悠莉のためになったらいいと思ってるけど。こんな感じでどうだ?」
あくまで平然と、緊張や恥ずかしさを感じていないかを装って言った。
俺の言葉に嘘はない。
かといって全てが真実かと問われると胸が痛くなるものの、悠莉ならそこを問い詰めることはないはず。
返事を待ちながら悠莉の様子を
嬉しそうに頬を緩ませたと思えば視線を落ち着きなく右往左往させたりして、最後には顔を真っ赤にして俯き――身体ごと、俺の方へ傾けてくる。
突然のそれに驚きながらも受け止めると、悠莉は髪が乱れるのも気にせず頭をぐりぐりと胸のあたりに押し付けて、
「……やっぱりずるい、です」
甘えるような声で呟いてから、悠莉は身体を離していった。
何がずるかったのかさっぱりわからないけど……間違いなく、悠莉もずるいと思う。
そんなことをされて好意を抱くな、という方が無理だ。
内心で
「一つ、話を聞いてもらってもいいですか」
声のトーンを落として、悠莉が言う。
様子からして真面目な話だろう。
俺は無言で頷くと、悠莉は胸を撫でつつ呼吸を整える。
そして、言葉を選んでいるのかゆっくりとした調子で、言葉を紡ぐ。
「実は……期末の面談に、私の父親がくるみたいなんです」
話す悠莉の表情は、苦しさを無理やり笑顔で覆い隠したようなものだった。
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