第31話 友人と呼ぶには近く、恋人と呼ぶには遠い関係


「――よーし、そこまで。答案用紙を回収するぞー」


 テスト終了を告げるチャイム。

 同時に身体から緊張が抜けていくのを感じる。


 自分にできることはやりきった。

 後は答案用紙が返ってくるのを待つのみで、結果は変えられない。


 全員分の答案用紙を集め終わってテストを監督かんとくしていた先生が教室を出ていくと、ざわざわとあちこちでテストについての話が始まっていた。

 それは俺たちも例にれず、真っ先に来たのは満面の笑みの涼太だった。


「いやー終わった終わったー! この開放感っ! テストなんて忘れてぱーっと遊ぼうぜー!」

「それでも俺はいいけどさ……テストは大丈夫だったのかよ」

「勉強会やったおかげか、前よりは手応えあったぜ?」


 特に数学とか、と話す涼太の様子に嘘はなさそうだ。

 元々成績が悪い方ではないし、やる気になればやるやつだから心配はしていなかった。


 なるべく成績を上げておきたいのは涼太も考えていることだろうし。

 美鈴の家は昔からの家柄ということもあって、涼太へ求められるハードルは高い。


 現状、美鈴の父親に涼太が認められている訳ではなく、そのために色々と努力をしてはいるらしい。

 学生の本分である勉学もその一環だ。


 なんにせよ、友人の一人としては涼太の進む道を応援したいと思っている。


「そういう蓮はどうだったんだよ」

「俺か? 自分で思ってたよりも解けたな。点数も前よりは上がりそうな気がする」

「へぇ〜……それも本倉ちゃんと放課後に勉強してた成果ってことか〜。見せつけてくれるじゃん」

「見せつけてないし放課後のそれは成り行きだ。まあ、感謝はしてるけど」

「ならまたデートでも誘ってみろって。喜んでくれると思うぞ?」

「あのなあ……俺と悠莉はお前らとは違って異性の友達ってだけだ」


 悠莉と続いたままの偽装交際。

 距離感としては仲のいい異性の友達と表記するのが正しい。

 悠莉の方にその意識があるかはわからないが。


 それなのにデートに誘うのは……なんとなく違う気がする。

 前回のアレは成り行きだし、おいそれと誘って悠莉を楽しませられるとは思えない。


 しかし、涼太はそれをまるで理解してないように「わかってるよ」と軽薄な笑みを浮かべて、


「蓮と本倉ちゃんはもっとこう、あれなんだよな? 今どきの高校生にしては珍しいというか、純情じゅんじょうというか、初心うぶというか」

「……何が言いたいんだよ」

「ここまで言って白を切るのか? 俺も美鈴もわかってるって」


 ニヤニヤとした笑みを崩さないまま、涼太は誰にも聞こえないように小さな声で耳打ちする。


「――蓮、本倉ちゃんのこと好きだろ。でも、それを認めようとしていない」


 全部見透かしている風に「違うか?」と聞いてくる。


 そんなわけないだろ、と反論しようとして――そういう感情をほんのわずかでも抱いていたことを自覚し、口を閉ざした。

 代わりに涼太をにらんでやると、ぽんぽんと肩を叩かれる。


「ま、大いに悩めよ。相談ならいつでも受け付けてるぜ? それも青春だ」

「……誰がお前なんかに相談するか」

「あくまで自分の力で手にしたいってか? まあ、その気持ちはわからないでもないけどな。蓮の親友として忠告しておくと、早いうちに伝えることをおすすめするぞ」

「余計なお世話だ」


 涼太の手を払い除けてやるも、返ってくるのは紙のように薄い笑顔だけ。

 完全に揶揄からかってやがる。


 でも……そんなこと、俺が一番わかってる。


 悠莉は可愛い、これは話すようになる前からわかっていた純然たる事実だ。

 その頃の俺には悠莉を可愛いと思うことはあっても、恋愛感情として好きになることは有り得なかった。


 それが今は、どうだろうか。

 自分でも間違いなく、悠莉を意識している自覚はあった。

 異性の友人としてではなく、恋愛的な好意を抱いた一人の異性――本倉悠莉として。


 でも、俺と悠莉の間にあるのは偽装交際という、友人と呼ぶには近く、恋人と呼ぶには遠い関係。

 それがある限り、俺は前に進めない。


 悠莉とは約束をしたから。

 彼女が本当に好意を伝える相手へ自分の言葉で返せるようになるまで、この偽物の関係を続けると。


 その約束を、数少ない繋がりを裏切りたくない。

 信じていた相手から見放される辛さは、俺も身をもって知っているから。


 悠莉を自分勝手な事情で傷つけるくらいなら、この好意は胸の内にしまい込んでおけばいい。

 臆病おくびょうだと笑われても、悠莉が誰かの好意を受け入れても。

 悠莉の幸せになるのなら、俺は喜んで背中を押すと思う。


「……わかってるよ、そんなこと」


 涼太にも聞こえないような声量で呟いて、視線をある一点に流した。


 自分の席で帰宅の準備を始めている悠莉だ。

 真面目な横顔をただ眺めていると、不意に悠莉が振り向く。


 返ってくるのは柔らかな微笑み。

 自然に感じる悠莉の笑顔は、彼女と知り合う前は見る機会がなかったもの。


 そして、悠莉のそれはいつ失われるのかわからない、危ういバランスの上に存在していることを知っている。


「涼太、俺らも帰るか。悠莉を呼んでくる」

「おう。俺も紗那呼んでくるわ」


 胸の内でまわっていた迷いを隠して合流し、四人で寄り道をして昼食を食べに行くのだった。

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