第30話 でも、ほんとのことですし


 午前に引き続き午後も勉強をしていたが、人間の集中力はそう長く続かない。

 三時に差し掛かるくらいで一度休憩をすることになり、ふうと肩の力を抜いて意識を弛緩しかんさせる。


 時間は大事だけど、質とメリハリも同じくらいに大事だ。

 根を詰めたままでは最終的な効率も悪くなる。


 それに、涼太も集中力が途切れたのか数分前からソワソワしてたし、丁度いい。


「ふうーっ。もう三時かー結構やったな」

「まあな。みんなお疲れ。じゃあ、悠莉が持ってきてくれたパウンドケーキで休憩にするか」

「楽しみね」

「そんなに期待されると困るのですが……味見した感じだと、多分大丈夫だと思いますので」

「それは期待大だ」


 照れ隠しをするように頬を掻く悠莉に笑みを投げて、一人でキッチンへ向かう。

 予め冷蔵庫に入れて冷やしておいたパウンドケーキを取り出し、楓の分も切り分けて小さな皿に乗せる。

 インスタントではあるが全員分の紅茶を淹れて、先に部屋へと四人分を運んだ。


 楓の方にも悠莉が作ってきたと言って差し入れをすると、嬉しそうに受け取る。


 部屋に戻ってみると、どうやら俺を待ちながらの雑談中だった。


「――でも、本倉ちゃんって蓮と上手くやってるよね」

「そうでしょうか?」

「楠木って結構とっつきにくいし不愛想ぶあいそうだし何考えてるかわかんないし、人を選ぶ方ではあるから」

「酷い言いようだな」


 美鈴のあんまりなそれに渋面を作って答えると、「戻ってたのね」と平然と受け流される。

 自分の場所に座り直して、ささくれ立った心を落ち着けるように温かい紅茶へ口につけた。


 うん、美味しい。


「そんなことありません。蓮くんはとても気を使ってくれますし、素直に思っていることを話してくれます。確かに愛想はないかもしれませんけど……これでも、笑うと可愛いんですよ?」


 おい何言ってるんだ。

 悠莉に視線を送るも、俺の意図をみ取っていないような笑みを浮かべた。


 ……悔しいけど強く言えない。

 内容が悪口じゃないし、悠莉に悪意があるわけでもないし。


 時と場所は考えて欲しいけど。


「へえ~」

「涼太、今すぐ口を閉じるか出ていくか選べ」

「図星なのね」

「美鈴まで乗っからなくていい」

「ええと……もしかして、余計なことをしてしまいましたか?」

「悠莉は悪くない。悪いのは悪乗りしてるこの二人だ」


 順に二人を指さすも顔色一つ変えなかった。


 早く止めないと何を言われるのか分かったものじゃない。


 だが、更なる燃料を投下したのは一番警戒していなかった悠莉だった。


「でも、ほんとのことですし」


 少しだけ頬を膨らませながら、悠莉が呟く。


 ぎょっとする俺を差し置いて、悠莉は作ってきたパウンドケーキをフォークで切り崩し、一口分を運んだ。

 涼太と美鈴の全部わかってる感をにじませた笑顔がどうにも憎たらしい。


 それと……事前準備もなしにそういうことを言われるのは、本当に心臓に悪い。

 俺だって男なので悠莉みたいに可愛い女の子から褒められれば嬉しいし、それが本心だとすればなおさらだ。


 衆人環視しゅうじんかんしの状態で言われるのはちょっと違う気もするけど。


「そいえば、二人は偽物の彼氏彼女なのよね?」

「そうだな」

「正直、私の目からすると偽物には見えなくなってきてるわけだけど、そこはどう思っているのかしら」

「マジで?」


 まさかそんなはずはと思って悠莉に視線を向けてみると、数秒の間を経て顔色を真っ赤にして肩を大きく跳ねさせ、けれど首を振って冷静な顔をつくろって、


「蓮くんの関係は変わっていません。ですが、紗那さんの目から見て偽物のように見えないのであれば、私と蓮くんの目的は達成されているということですね」

「元々は悠莉が告白を断る口実を作るためだったけど、あれからどうなったんだ?」

「数自体は減りましたが、それでも一定数はいます。彼氏がいると言って断っていますが……」


 学校で時々いなくなるのはそのせいか。

 ちゃんと断れているなら、俺が偽物の彼氏役を引き受けている成果が出ていると考えていいのだろう。


「蓮くん」

「……ん?」

「どうしましたか……? なんだか、急に機嫌が悪そうになりましたけど」


 心配するように悠莉が俺の方をのぞき込む。

 悠莉から見て機嫌が悪そうになったのは、全く自覚症状がなかった。


 ……まさか、悠莉が誰かから告白されてると知って嫉妬しっとしたのか?


 だとしたら全く笑えない。


 本物の彼女でもないのに独占欲じみた感情を悠莉に向けるのは違うだろ。

 俺と悠莉の関係はただの偽物。


 本当に悠莉へ好意を抱いている誰かをあざむくための理由作り。

 俺は悠莉と一緒に嘘をついて、共犯じみたことをしているだけに過ぎない。


 だから――これはきっと、そういうものじゃないはず。


「気のせいじゃないか?」

「ならいいのですが……」


 その感情にふたをして、きつくしばって溢れ出さないように心の奥底へしまい込む。

 パウンドケーキの優しい甘さで気を紛らわせながら、納得していなさそうな悠莉の横顔を見た。


「悠ちゃんの人気なら頷けるわ。首を縦に振られないのがわかっていても告白する気持ちはわからないけれど」

「美鈴、それお前の彼氏にぶっ刺さってるぞ」

「大丈夫よ、涼太はこんなことで凹んだりしないから」

「だ、そうだが?」

「今が幸せなのでオールオッケーです」


 自信満々に、自分の感情を素直に答える涼太の姿が、少しだけ羨ましいと思ってしまった。

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