第23話 羞恥で死にそうだ
「花火まで少し時間あるけど、どうする?」
「見て回っていてもいいですけど……この人混みでは難しそうですね」
時間が経ってきたからか、人の量は来た時よりも増えていた。
ここはまだ屋台がない場所だから人通りが少ないものの、屋台が並んでいる方は肩と肩がすれ違うだけで当たるくらいには人が密集している。
これでは並ぶのも、歩くのも一苦労だ。
ましてや本倉と並んで歩くのは難しいだろう。
人の海に
そんなリスクを
「涼太たちと合流してもいいけど……」
「連絡したところで見れる状況かは怪しいですね」
「なら、花火に備えて場所だけでも移しておくか? 涼太たちとも連絡だけしておいて、そこで落ち合えばいいだろうし」
「……それもそうですね」
話を纏めたところで涼太に連絡してから、屋台が並ぶ会場から離れていく。
通行規制がされている道路まで出てくると、それなりに間隔をあけて歩けるくらいには空いていた。
道に沿って屋台がいくつか並んでいるが、列は短い。
吹き抜けていく夜風が、とても心地よかった。
空は来た時よりも雲が少なくなっていて、花火が良く見えそうだ。
橋の歩道に沿って歩きながら、空いている場所を探していると、
「――あれ、お兄ちゃん?」
慣れ親しんだ声は背後から。
渋々、本倉と共に振り返れば、深い青色の浴衣を着た楓がわたあめを片手に手を振っていた。
隣には楓の友人と思われる浴衣姿の女の子が三人。
どこかで会うとは思っていたけれど、案の定だったらしい。
「楓か。どうした?」
「んや、声かけただけ……っていうか隣の人誰? お兄ちゃんの彼女さん? てかえっ、やば、めっちゃ可愛いんですけどっ!?」
楓が目を輝かせながら、ものすごい速度で本倉に詰め寄った。
困惑を隠せない本倉がおろおろと視線を泳がせ、俺へ助けを求めるように袖を引く。
楓の暴走を止められなかったことを悔やみつつ、
「楓、ストップ」
「うみゃっ」
浴衣を崩さないよう慎重に、されど遠慮なく首根っこを掴んで本倉から引き離す。
楓の喉から女の子と思えない声が出ていたけど気にしない。
本倉から引き離されたのが不本意だったのか、楓は腰に手を当てて、
「ちょっと、女の子に乱暴するのはよくないよー?」
「自分の行いを思い返してから言え。というか、謝れ」
「うー……まあ、そうだよね。いきなりは良くないね」
一度唸りつつも理解を示し、「ごめんなさい」と素直に謝った。
本倉は楓の変わりようにきょとんとしつつ「大丈夫ですよ」と優しく声をかける。
「うちの妹がごめんな。こいつ、基本的にバカだから」
「可愛い妹にバカだなんて酷いお兄ちゃんだねー。あ、楓っていいます。お兄ちゃんの彼女さん、これからもお兄ちゃんをよろしくお願いしまーすっ」
「あ、え、か、彼女っ!?」
「楓、俺と本倉は付き合ってない。変なこと言って困らせないでくれ」
「そうなの? その割に手まで繋いで、随分と仲良さそうだけど」
楓の言葉で、他の三人も俺と本倉が繋いでいる手に注目する。
あらぬ誤解を避けたくて、もう迷子の心配もないかと思い離そうとするも、そのまえに握る手の力が強まった。
その主は当然、本倉だ。
驚きを顔に出さないよう努めつつ視線を横に流せば、返ってくるのは何かを堪えるような赤い顔。
同時に楓と一緒にいた三人から黄色い声が上がった。
女子中学生はこういうのに目がないのだろう。
明らかに誤解を生んでいる状況に頭を悩ませる。
勝手に頭の中で
「ふう~ん、そっか。お兄ちゃんもそういうお年頃かあ」
「邪推はやめろ。これははぐれないように繋いでるだけだ」
「そういうことにしといてあげるよ。私たちは邪魔みたいだし、別なところに行ってるね~」
にひひ、と明らかに重大な勘違いをしたまま、楓は友人たちと別の場所へ移動していった。
呆れ半分、疲労半分のため息がつい出てしまう。
これから先、顔を合わせるたびにネタにされるのだと考えると酷く面倒だ。
「悪いな、うちの妹が」
「いえ、とても元気でいいと思いますよ」
「もっと正直に言ってくれていいんだからな?」
「……少し、羨ましいくらいです。本音で言い合える兄妹という関係は」
緑の瞳に宿る、冬のような冷たさ。
本倉の家庭事情を少しばかり知った今、それが示す意味を察して胸がチクリと痛む。
けれど、本倉はくしゃりとした表情を振り払って、
「すみません、こんなこと言って。同情して欲しいとか、そういう意味があっていったわけじゃなく……なんだか眩しくて、つい」
「……同情なんてしないし、できない。俺に本倉の苦しみを正しく理解はできないからな。でも、もし一人じゃダメだってときは頼ってくれていい。俺でよかったら話くらいは聞けるからさ」
「その気持ちだけで、私は嬉しいです。ですが、私にはこれでじゅうぶんです」
やんわりと言って、腕と腕がぴたりと触れ合った。
薄い浴衣越しに伝わる熱を感じて、心臓が大きく飛び跳ねる。
本倉の様子は極めて穏やかで、俺がドキドキしているのがバカらしく思えてくるほどだ。
これじゃあ意識してるのが俺だけみたいで……とても恥ずかしい。
本能を理性で押しとどめて、女の子特有の柔らかさだとか甘い匂いなどの誘惑を耐え忍ぶ。
肩に
吐息が首元をさわさわと撫でて、非常に落ち着かない。
でも、少しくらい好きにさせていいかなと許してしまう。
あの冷たい目を見るくらいなら、こうしている方が何百倍もマシだと。
同時に、そこまでさせられるくらいは本倉へ心を許しているという事実から目を逸らして。
湧き上がってくる淡いそれを、友人という壁で囲んで飲み下して。
それへ向き合えない自分に辟易して。
軽いため息と共に、猫のように頬を肩に擦り付ける本倉へ、
「……せめてもうちょっと人が少ないところでやってくれ。羞恥で死にそうだ」
限界が近いのを伝えるも、本倉が離れたのは実に数分後のことであった。
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