第22話 責任、取ってくださいね


 たこ焼きの列に並ぶこと数分。

 色んなものを食べたいからと一舟のたこ焼きを本倉と分け合うことにした。

 ちゃんと屋台のおじちゃんに爪楊枝を二つつけてもらうのは忘れない。


 屋台から離れたあたりで熱々のたこ焼きを食べてから、次なる屋台を探して散策を始める。

 食べるために離していた手を繋ぐのも忘れない……というか、本倉の方から手を握ってくれたので助かった。

 互いに迷子になりたくないのは同じらしい。


 いつまで経っても慣れない手の感触。

 恥ずかしさも始めよりは薄らいでいたが、それでもふとした瞬間に蘇るので油断はできない。


 甘いチョコバナナを食べ、塩気が欲しくなったところでトルネードポテトを食べ、今度は香ばしい匂いにつられて焼きそばを食べ……と、食道楽じみたことをして腹も膨れてきたところで、隣を歩いていた本倉がある屋台の前で止まった。


「あぁ~惜しいね。また頑張ってみてな!」


 気前の良さそうな頭に鉢巻をした男性が、悔しそうに去っていく子どもへ声をかける。

 本倉の視線の先は、金魚すくいの屋台だった。


 背の低いプールでは紅、黒、まだら模様の金魚がすいすいと泳いでいる。


「やりたいのか?」

「……あ、ええと……少しだけ」

「じゃあやってくか。すみません、二人分お願いします」

「へい! 兄ちゃん、えらい可愛い子連れとるなぁ! 彼女さんか?」


 屋台の男性がポイを渡しながら、そう聞いてくる。

 どう答えたものかと迷って本倉を見てみれば、すっかり顔を赤らめながら固まっていた。


 本当のことなんて言えるはずもなく、薄ら笑いで誤魔化す。

 ニヤリと笑いながら「そりゃあいいとこ魅せねえとなあ」とプレッシャーをかけてくるのはやめて欲しい。


 金魚が泳ぐプールの前に座り込んで、ポイを片手に金魚の動きを観察する。


「本倉はやったことあるのか?」

「子どもの頃にやったきりですね。楠木さんは?」

「俺は……妹にせがまれて何度か」

「妹さんがいたんですね」

「祭りにも来てるから、どっかで会うかもな」


 なんて雑談をしつつも、ポイを水面へ滑らせる。

 イメージとしては水面に対して水平に。


 狙った金魚をポイの縁近くに乗せて破れないよう慎重に、しかし素早くすくい上げる。


 ――が、ポイの上で金魚が暴れてしまい、一匹もすくうことができないまま破れてしまう。


 再びプールを泳ぎ始める金魚の姿がどこか憎らしく感じられて、自然と眉間にしわが寄ってしまった。


「ふふっ、残念です」

「……そういう本倉はどうなんだよ」

「まだ、これからですよ」


 楽しげな笑み。

 本倉は水面に向き合い、ポイを構える。

 静かに息を吐いて――するりとポイを動かした。

 金魚がポイに乗ったところで近くに寄せたお椀へ入れようとして、


「あ」


 びり、とポイが破れて、金魚が逃げていく。


「ありゃ~残念!」


 気前のいい男性の声。

 対照的に本倉との間では沈黙が落ちたが、顔を見合わせるとどちらもぎこちない笑みを浮かべて交換する。


「まあ、こういうのも祭りって感じだよな」

「一匹も取れなかったのは残念です」

「そのわりに楽しそうだけど」

「当たり前じゃないですか。だってこれは――お祭りなんですから」


 最後、少しだけ間があった気もするが、本倉は破れたポイを男性に返して立ち上がる。

 俺もポイを返して、手を繋ぎ直す。


「青春楽しめよ~」と余計なお世話の言葉を背に受けつつも、金魚すくいの屋台を後にする。


 それからも適当に食べ歩いたり屋台で遊んだりしつつ会場を見て回り、少し疲れたなとトロピカルジュースを片手に人の少ない場所で休んでいると、


「……楠木さん、ありがとうございます」


 不意に、本倉は顔を合わせずに呟いた。


「急にどうしたんだよ」

「こんなときでもないと、言えないと思ったので。今日のことも、これまでのことも」

「別に、礼を言われるようなことはしてないつもりだけど」

「では、私が勝手に感謝しているということにしてください」


 くるり。

 振り向いて、淡く微笑んだ。


 月が浮かぶ夜空を背景に、屋台の鮮やかな照明をスポットライトにして。


「私を連れ出してくれたのは、楠木さんです。だから――」


 一息に距離を詰めての背伸び。

 耳元に近づいた口元。

 すぐ隣に広がる白い肌色が視界を覆い、仄かな甘い香りが鼻先を掠める。


―――――――――――責任、取ってくださいね


 何かがささやかれた、としか認識できないほどの声量。

 すぐに本倉は離れて、半分以下しか入っていない赤色のトロピカルジュースで顔を隠してしまう。


 重なる赤と赤。


 トロピカルジュースの容器からはみ出た白いお団子がぴょこ、と弾んだ。


「今、なんて言ったんだ……?」


 何か重要なことを聞き逃していたら申し訳ないと思って聞き返すと、トロピカルジュースの容器を退けて怪訝けげんそうな視線を向けてくる。


「……もしかして、聞こえてなかったですか」

「ああ。だから――」

「……ダメです。二回も言えるわけ……ないじゃない、です、か」


 消え入りそうな囁き声で、口ごもりながら拒否を示した。

 非常に気になるけど……教えてくれそうな雰囲気でもない。


 なんだったんだろう。

 ここまで隠されると逆に気になってしまうけれど、本倉の様子からして口を割らせるのは困難だと諦めて、少しだけ残っていた青色のトロピカルジュースを疑問と一緒に飲み干した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る