第21話 好きになって、しまいますか?


 なにはともあれ、今日の本題は夏祭りだ。

 雑談もそこそこに切り上げて、会場へと向かう。


「本倉、はぐれないように手を繋いでおくか。嫌じゃなければだけど。慣れない浴衣だろうから動きにくいだろうし」

「そう、ですね」


 ぎこちなく頷いた本倉の手を取る。

 一度軽く握って感触を確かめ、車道側へ。


「涼太、私たちも」

「こんなに見せつけられちゃなあ」


 ニヤニヤと俺たちを見ていた涼太と美鈴も手を繋いだ。

 指を絡め、解けないように結び合う。


 恋人繋ぎかよ……リア充を見せつけるな。


「……ええっと、あの」

「気にしなくていい。お前らものろけてないでいくぞー」


 白い目で二人へ声をかけて、ようやく歩き出した。


 本倉の歩幅に合わせて、会場入りするための行列に並ぶ。

 それから数十分かけてようやく会場入りすると、そこでは色んな種類の屋台が軒を連ね、客が行列を成していた。


 色んな匂いと音と光が混ざり合うそこは、普段の生活ではなかなか味わえない活気に満ちている。


「なんか今年混んでないか……?」

「ま、こんなもんだろ。じゃあ、何かあったら呼んでくれ。折角の夏祭りデートを邪魔してくれるなよ?」

「そういうことだから。楠木、ちゃんとエスコートするのよ。不埒ふらちな輩から本倉さんを守りなさい」

「は? 一緒に見て回るんじゃなかったのか!?」


 俺の制止は空しく、涼太と美鈴は自分たちの世界に入ったまま雑踏に消えていった。


 よく考えれば二人のデートを邪魔するのは良くないと思うものの……まさか本倉と取り残されるとは予想していなかった。

 しかも涼太の言動を見る限り、始めからこうするつもりだった気がする。


 まんまとめられたわけだ。


「楠木さん。私たちも行きましょうか」

「……まさかとは思うけど、本倉ってこうなるの知ってた?」

「……………………そんなことはありませんよ」

「無言の肯定をありがとう。はあ……悪いな、巻き込んで」

「むしろ――」


 俯きがちに言った言葉は周囲の喧騒けんそうに呑み込まれた。


 顔を上げた本倉の微笑みを真正面から受け止める。

 暗くなりつつある空色を背景にした浴衣姿の本倉は、いつになく可愛いと素直に感じてしまうものだった。


「手、繋いだままでいいですよね」

「それは別にいいけど」

「迷子にならないように離しません」

「まあ、俺も気を付けるから。そいえば、本倉はここのお祭り来たことある?」

「ありません。来る用事も、一緒に行く人もいませんでしたから」


 平気な顔で寂しいことを言わないで欲しい。


 本倉的には事実を並べているだけなんだろうけど、俺としては心が痛む。


「だから少し……まだ、緊張してます」


 小首を傾げながら、頬を掻いて笑みを浮かべる。


「……俺も緊張してるっての」

「何か言いましたか?」

「別に。ま、適当に見て回るか」


 お祭りの屋台、その種類は数えきれないほど多い。


 たこ焼き、イカ焼き、焼きそば、チョコバナナにトロピカルジュースなどの定番の食べ物から、金魚掬いや射的、輪投げなどの遊べる屋台もある。

 美味しそうに白いわたあめを頬張る小さな女の子、熱々のたこ焼きを口で転がす青年、金魚掬いで遊ぶ男女の二人組。


 楽しげな光景がどこにでも広がっていた。


 それを眺める本倉の目は、とても穏やかで。


「……なんていうか、いいですね。みんな、楽しそうで」

「本倉は楽しくないか? って、まだ来たばかりだけど」

「実は、並んで歩いているだけで結構楽しいですよ」

「そりゃなにより。そうだ、何か食べるか。たこ焼きとかどうだ?」

「いいですね。並びましょうか」

「付き合わせて悪いな。疲れるだろ?」

「それもまた、お祭りというものです」


 こともなげに言った本倉と、手を繋ぎながら周囲の邪魔にならないよう少しだけ近づいて行列に並ぶ。


 肩が当たるくらいの距離、すぐ横に本倉の顔があった。

 綺麗に纏められた白い髪のお団子が、首の動きにつられて揺れるのが可愛らしい。


「……そんなに見られると恥ずかしいのですが。やっぱり似合っていませんかね、浴衣」


 不意に、本倉がそんなことを呟いた。

 俺の視線に気づいていたのだろう。


「浴衣もびっくりするくらいに似合ってる。本当に」

「……は、はいっ」

「見てたのは、今日は髪を束ねてるんだなーって思って」

「美鈴さんにたまには髪型を変えてみませんか? と提案されて、気づけばこうなっていました」


 どうやら髪型は美鈴の手によるものらしい。

 アイツ無駄に手先器用なんだよな……素人目から見てもかなり綺麗に整えられている。


「楠木さんから見て、似合っていませんか?」


 上目遣いのまま、本倉はそう口にした。

 緑の瞳に入り混じる期待と不安の色。


「まさか。めちゃくちゃ似合ってるよ。うなじが見えてて、いつもより色気っていうか……いや俺何言ってるんだよ。忘れてくれ。とにかく似合ってるから、自信持てよ」


 かなり危ない発言をした自覚があった。

 慌てて誤魔化したものの、それは本心であることに変わりはない。


 気を悪くしていないか様子をうかがうと――こてん、と本倉は頭を肩に寄せてくる。

 肩へかかる重さにどきりと心臓が跳ね、


「ちょっ!?」

「こうしたらもっと――見えますよね?」

「っ」


 囁くような言葉は、なぜか雑踏の中でも耳に入った。


 同時に視線がより近づいた本倉へ……正確には、白く滑やかな肌が広がるうなじへと吸い込まれる。

 それだけではなく、見下ろす形となったことで鎖骨のラインまでもが鮮明に映った。


 目に毒だ、と素直に思いつつも、目を離すのに数秒かかってしまう。

 咳払いで揺れた気持ちを取りつくろってから、


「あのなあ……そういうのは本物の彼氏ができた時にやってやれよ」

「どうしてですか?」

「……そりゃあ、その」

「好きになって、しまいますか?」


 天使のようで、魔性を帯びた微笑み。

 『好き』という甘い声で囁かれた二文字が、脳の奥へと浸透していく。


 違う、恋愛感情としての好きではない。

 あくまで友好的な友人としての好きだ。


 そう言い聞かせているのに――高鳴る心臓の鼓動は止まるところを知らない。


 俺は認めたくなくて、自分を欺くためにも冗談めかした笑みを浮かべ、


「……そうだな。好きになりそうだ」


 平気なふりをして言ってやると、本倉の顔色が屋台の明かりに照らされていても判別がつくくらい、急激に赤く染まっていく。

 人を揶揄からかうからこうなるんだぞと、仕返しが成功したことに内心でほくそ笑みながら、いじらしい視線を向けてくる本倉と並び続けるのだった。

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