第24話 悠莉と呼ばれたいです
「お、いたいた。楽しんできたかー?」
それから数十分ほど橋で待っていると、涼太と美鈴がやってきた。
涼太は屋台で買ってきたらしいキャラもののお面を顔の左につけて、左手にはイカ焼きを持ちつつ、右手は美鈴と恋人繋ぎをしている。
美鈴も右手に赤いりんご
二人とも楽しんできたらしい。
「まあ、それなりにな。そろそろ花火始まるだろ。場所どうする?」
「この辺でいいだろ。いい感じに空いてるし」
「本倉さん、今日はどうだった?」
「とても楽しかったです。これも皆さんのおかげです」
「そんなに
微笑みつつ美鈴が言えば、涼太も「ああ」と頷く。
本倉はどこか迷いのようなものを見せたものの、最後には「……はい」と小さく笑みを浮かべた。
本倉が友達という認識をした瞬間を目撃してほっとしていると、
「そういえば、楠木と本倉さんは名前で呼び合わないわね。どうして?」
「どうして? って言われてもなあ……本倉呼びで慣れたからだろうな」
「……私は、呼んでいいなら名前で呼びたい、かもしれません。それに、悠莉と呼ばれたいです」
「いいじゃない。楠木、本倉さんはそう言ってるけど?」
にい、と口の端に笑みを刻んだ美鈴の視線と、僅かに潤んだような本倉の視線。
涼太に美鈴を止めろと無言の圧を送るも、どこ吹く風で受け流される。
この野郎、今度覚えてろよ。
とはいえ、だ。
名前、名前で呼ぶだけ。
なにも緊張することも、恥ずかしがることもない。
言うまで涼太と美鈴が逃がしてくれるとは考えにくいし、ここで怖気づいたら一生
それは非常に避けたいし、実質的なタイムリミットである花火の時間も迫っている。
覚悟を決め、深く息を吸って、ゆっくりと吐き出して。
本倉に正面から向き合い、その白く整った顔を見て。
「…………悠莉」
「っ、はいっ、蓮、くん」
互いに、名前を呼び合う。
本倉……悠莉のただでさえ伸びた背が、さらにしゃんと伸びて、緑色の瞳が俺を真っすぐに見上げている。
名前を呼ぶ。
たったそれだけのことなのに、かっと身体の芯が熱くなるのを感じた。
目を離すことなく……正確には妙な緊張感のせいで視線を外すことができないまま時間が過ぎる。
……こんなの、どうしようもないだろ。
本倉が……悠莉が可愛い女の子であることなんて、知り合う前からわかっていた。
けれど、こうして悠莉の内面を少しでも知った今、その笑顔はより可愛く綺麗で尊いもののように感じられる。
それこそ、心が否応なく
言い訳じみた言葉が胸を巡り、やっと落ち着いたところで自然とため込んでいた空気を吐き出して向き直る。
「これで満足かよ」
「ああ、満足も満足。腹いっぱいに砂糖を詰め込まれた気分だ」
「いいんじゃないの? というか緊張しすぎよ、楠木。もっと余裕を持ちなさい」
「えっと、私はとても嬉しかったと言いますか……できれば今後とも名前で呼んでもらいたいと言いますか……」
照れ隠しのつもりか、繋いだままの手を指でとん、とんと叩く本倉。
頬は見たことないくらい緩み切っていて、ちらりと送られるいじらしさを滲ませた流し目の破壊力は絶大であった。
「うっ」と小さく呻きつつ、喉元まで出かかった言葉は何とか呑み込んで、
「……わかった。でも、せめて二人の時だけにさせてくれ。その……まだ、慣れてないからか恥ずかしい」
正直に、でも大切な部分は覆い隠して悠莉に言う。
「わかりました。今はそれで満足してあげます。だからもう一回、呼んでください」
「……悠莉」
「はい、蓮くん」
満足げに頷き、微笑む悠莉はどうにかなってしまいそうなほどに、可愛かった。
「あ、花火始まったみたいよ」
美鈴の声。
ドーン、と夜空に響いた音で、誰もが空へと視線を上げた。
赤色の光が華となって空に咲き、時間をかけて溶けていく。
それを境に、色とりどりの花火が何発も打ち上げられた。
色も、形も違う沢山の花火が咲いていく空。
胸に響く重い音が思い出として花火の景色を記憶に刻んでいくようだ。
「……もとく……悠莉?」
きゅっと、ここにいるよと教えるように、悠莉と繋ぐ手が握られた。
ちらりと振り向いてみれば、花火に勝るとも劣らない満開の笑みを浮かべている。
花火を見上げたまま、つんとした桜色の唇を震わせて、
「今日、こうして皆さんと……蓮くんと花火が見れて、本当によかったなあって思います」
しみじみと、悠莉は呟いた。
花火の音にすぐ掻き消されるものの、それは俺の耳に一言一句余すことなく伝わる。
その言葉に含まれる意図の全てを察することはできなくても、今日の時間が悠莉にとって楽しい時間だったことは疑う余地もない。
そうじゃなきゃ、こんな表情と言葉は出てこないはずだから。
だから、俺は。
「また来年も、来れるといいな」
「……ずるいです」
「なにがだよ」
悠莉は困ったように眉を寄せ、しかし嬉しそうに目元を弓なりに曲げるのみだ。
結局なにがずるかったのか聞き出せないまま花火を眺め、最後と思われる一番大きな花火が咲いた。
散っていく火花の花弁を見送って、しばらく余韻に浸り続ける。
今日の花火がこれまで見たどれよりも綺麗に、鮮明に、明瞭に記憶に残る気がした。
それは花火自体の綺麗さだけでなく、繋いだ温もりがそうさせるんじゃないかと考えて、軽率な思考をしてしまった自分へ呆れたように苦笑を漏らした。
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