第15話 お見舞い
「ここ、だよな……」
美鈴から教えてもらった本倉の家は、学校の最寄り駅から二駅隣にある住宅街にあった。
しかも、普通の一軒家だった。
一人暮らしと聞いていたからてっきりアパートとかだと思っていただけに、結構驚いている。
高校生で一軒家に一人暮らしは……どうなんだ?
広すぎて部屋を持て余しそうなものだけど。
右手には来る前にドラックストアで買い込んだものが入った袋が下げられている。
スポーツドリンク、消化のいいうどんや雑炊の素、ゼリー、果物の缶詰、冷却シートなどなど。
必要なければそれでいい。
備えあれば患いなしなんて言葉もあるくらいだからな。
玄関前で少し立ち止まって、深呼吸を一つ。
これはお見舞いで、深い意味は何もない。
買ってきたものを渡して本倉の調子が良さそうならすぐ帰る。
……よし。
覚悟ができたところでインターホンを押す。
少し待っていると、扉がゆっくりと開かれ、
「……楠木、さん?」
水色のパジャマを着てマスクをした、普段とは違うふわふわとした雰囲気の本倉が出迎えた。
額には冷却シートが張られていて、いつもの色白な肌は僅かに赤くなっている。
とろんと眠たげな目元。
こてんと小首を倒しながら、寝癖と思しき毛束が頭の上で揺れた。
「突然悪い。お見舞いに来た」
「あれ、美鈴さんは」
「押し付けられた」
「なるほど。その袋は……」
「風邪だと買い物もいけないんじゃないかと思ってさ」
「……とても助かります」
本倉は申し訳なさそうに、しかし微笑みながら頭を下げた。
調子的にはそこまで悪くみえないものの、やっぱりなんとなく普段よりも元気がないように感じられる。
「とりあえず、中に入ってください。折角お見舞いに来てくれたんですから、少しくらい休んでいってください」
俺の返事を聞かないまま本倉は中に戻っていく。
それでいいのかと迷いながらも、恐る恐る玄関を潜った。
綺麗に掃除された玄関に並んでいるのは本倉の者と思しき靴が一足だけ。
本当に一人暮らしなのか。
買ってきたものをキッチンに置かせてもらい、冷やす必要がある物は冷蔵庫へ。
すると、近づいてくる足音。
「楠木さん、今お茶を――」
「いいから座っててくれ。お見舞いに来たのに病人を動かしたら意味ない」
「……はい」
注意も込めて少し強めに言うと、本倉はしゅんとしてリビングに戻っていく。
……やっぱりいつもと違うな。
リビングに戻ってみれば、本倉はソファに背を預けて目を瞑っていた。
「熱、あるんじゃないのか」
「……測ってみましょうか。体温計は……部屋に置きっぱなしでした」
「ずっと寝てたのか?」
聞くと、静かに頷く。
思っていたよりも調子が悪いのかもしれない。
まだ寝かせて置いた方が良さそうだ。
「ほら、じゃあ部屋に行くぞ。歩けるか?」
「えっと、なんとか」
よろりと覚束ない足取りの本倉をいつでも支えられるように身構えつつ、部屋までついていく。
躊躇いなく扉を開けた本倉が中に入って、俺を手招いた。
これは入っていいということだろうか。
俺にとっては初めて入る異性の部屋……そんな状況じゃないとわかっていても、自然に緊張してしまう。
けれど、このまま留まっている訳にもいかない。
意を決して部屋の中に入った。
本倉の部屋は、俺が思い描いていたような『女の子の部屋』ではなかった。
めぼしいものは参考書が並んだ勉強机と薄桃色の掛布団が捲れたベッド、それと多種多様な本が詰まった本棚。
ベッドの枕元で座っているペンギンのぬいぐるみと、仄かな甘い芳香だけが、ここは女の子の部屋なのだと主張している。
僅かな動揺を悟られないように平静を装って体温計を手渡し、
「とりあえず熱測れ。話はそれからだ」
ベッドに腰を下ろした本倉が頷いて、体温計を襟首から脇へと挟み込む。
その際、ちらりと見えてしまった肌色から意識を逸らしつつ外の景色を眺めていると、体温の計測が終わったと報せる音が鳴った。
「38度2分……結構あるな。いつからだ?」
「昨日、帰ってからですね。常備薬を飲んでいましたが、残念ながら……」
「りょーかい。薬を飲むにも何か食べたほうがいい。食欲は」
「……正直、あんまりないですね」
この調子だと、朝昼とまともに食べてなさそうだ。
だったらゼリーとかでもいいけど、多少は腹にたまるあったかいものがいいな。
「キッチン借りていいか?」
「それは構いませんが、何を?」
「お粥でも作ってくる。それくらいなら食べられるだろ」
「……料理、できたんですね」
少しばかり驚いたように言う本倉。
言いたいことはわからないでもないけど、俺は休みの日とか楓の分まで昼飯作ってるんだぞ。
普通に食べられる程度の味はあると思う。
「まあな。まさか、一人暮らしで料理ができないとは言わないよな?」
「失礼ですね。私も普通に作れます」
「そりゃよかった。ちょっと待っててくれ。辛かったら寝ててもいいから」
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