第14話 女の子が言う『大丈夫』は大丈夫じゃないのよ


「――今日、本倉は休みだ。風邪らしいから、君たちも気を付けるように」


 朝のホームルームで、担任がそう言った。


 本倉の席には誰も座っていない。

 デート後の週を乗り切っての金曜日――本倉と図書室で会った翌日だった。


 昨日会ったときは風邪なんて気配は全くなかったはずだけど……ちょっと心配だな。

 一応連絡だけ送っておくとするか。


 ホームルームが終わり担任がいなくなってから「大丈夫か?」と一言だけメッセージを送る。

 すぐに返信は来ないだろうけど、無事ならそれでいい。

 大変なら、なにかしら返ってくるだろうし。


 そして、今日も一日が始まった。


 午前中の授業を終えて昼。

 いつも通りに涼太と美鈴の二人と昼食を食べていると、


「楠木、今日暇でしょう?」

「暇前提に話を振るな。暇だけど」

「なら、本倉さんのお見舞いに行ってきて。住所は教えるから」


 唐突に美鈴が俺へ言った。

 は? と頭の中に浮かんだ疑問を口にする前に、もう一度美鈴の言葉を思い返し、聞き間違いではないことを確認する。


 涼太が「そうだぞー」と適当極まる野次を飛ばしてくるのが妙に腹立たしい。

 完全に傍観者を気取る気のようだ。

 眉間に寄ったしわを戻しつつ、美鈴へ聞き返す。


「えっと……なんで俺が?」

「彼氏なんでしょ?」

「偽物の、な。てか声抑えてくれ。誰かに知られたらどうするんだよ」

「あんだけの頻度で会ってたら時間の問題だろうけどな」


 ……それもそうかもしれない。


 本倉が告白を断り続ける一方で、継続的に図書室で会っている俺。

 偽物とはいえ、その関係性が露見ろけんしないとも限らない。


 勘のいいやつはどこにでもいる。

 そして、そいつにとって俺が偽物の彼氏だ……なんて事情を知る由はない。


 とはいえ、だ。


「見舞いに行けって言われてもさ」

「本倉さんは一人暮らしらしいから、多分困っていると思うけど。風邪の重さ次第では買い物にも行けないだろうし。今こそ彼氏の見せどころよ」 

「……それ、俺じゃなく美鈴で良くないか? 同性だし、仮にも学級委員長だろ」


 何を隠そう、二年二組の学級委員長は美鈴だ。

 俺たちと話しているときはこんな調子だが、責任感はあるし仕事もちゃんとこなす。


 だが、大きなため息が返ってくる。

 しかも二人同時に。


「蓮……お前、やっぱりダメかもしれない」

「どういうことだよ」

「本当に女心がわかってないわね。いっぺん死んで出直しなさい」

「そこまで!?」

「当然じゃない。とにかく、連絡くらい取ってみなさいよ。お見舞いにいくから住所教えて欲しいって」

「んな急な……」


 ここで何を言っても無駄だろうと思ってスマホを取り出し、本倉とのトーク画面を開くと、朝に送っていたメッセージに返信が来ていることに気づく。


 ――『大丈夫です。心配しないでください』


 本倉らしい簡素な一文。

 一先ずほっと息をつくものの、その画面を二人ものぞき込んでいた。


「ほらな? 大丈夫って言ってるぞ」

「……ねえ、涼太。このバカ一発殴っていいかしら。いいわよね」

「この文面を額面通りに受け取る奴がいるとは思わなかったよ、蓮」

「は?」


 見るからにイライラを募らせながら拳を握る美鈴と、心底憐あわれむような視線を俺に送る涼太。

 俺が何をしたって言うんだよ。

 この仕打ちはあんまりすぎる。


 抗議をしようにも二人の沸点がわからず原因の究明を急いでいると、俺の目の前に美鈴の拳が突き出される。

 それは鼻を打ち付ける寸前でピタリと止まり、人差し指だけを立てて、


「いい? 女の子が言う『大丈夫』は大丈夫じゃないのよ」

「……ええと、つまり?」

「楠木がお見舞いに行けば全部解決するってことよ。ほら、さっさと住所聞きなさい」

「いやでも俺が行ったら迷惑――」

「本当に嫌なら返信もないし、連絡先も交換しないわよ。ましてや楠木は週末デートをしたのよ? お見舞いくらい今更じゃないの」


 美鈴は早口で捲し立てて、痺れを切らしたのか自分のスマホを高速で操作し、しばらくして画面を俺へと見せてきた。


 映っていたのは本倉と美鈴のトーク画面。

 それを見て、「えっ」と思わず声が漏れる。


「お見舞いにいく許可は取ったから。住所も聞いたし、これで何も心配いらないわね。あ、そうそう。私と涼太は放課後に急用が入る予定だから、楠木に任せるわね」

「は? おい、それは流石に――」

「蓮、そろそろ諦めろ。紗那の目がマジだぞ」


 涼太に肩を叩かれながらも美鈴の方を見た。

 その切れ長な目元には、一切冗談を言っている気配がない。


 隣で涼太もサムズアップしてるし、俺に逃げ場はないようだ。


「……わかった。放課後行ってくる」

「始めからそういえばいいのよ。住所とか送っておくから、頼んだわよ」


 こうして、半ば強引に本倉の見舞いに行くことが決定した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る