第12話 誰にも言わないでくださいよ?
ペンギンショーがおわってからもしばらく館内を歩き回り、一時過ぎに水族館を後にした。
それから事前に調べていた、落ち着いた雰囲気のカフェで昼食を済ませる。
「美味しかったですね。あのオムライス、卵がふわふわの半熟で、口の中でとろけてしまいました」
「ナポリタンも美味かった。また来たいな」
「……それは私と一緒に、という意味でしょうか?」
どうなんですか? と隣を歩く本倉に聞かれた。
その目は
俺に「本倉と来たい」とでも言わせたいのだろう。
だが、正直にそう伝えるのは負けた気がする。
それに、俺と本倉の関係はあくまで偽装交際……他の男子から本倉が告白されたときに断るための大義名分でしかない。
「本倉が俺と来たいってことなら構わないけど? 友人としてはやぶさかではないし」
「……では、友人として。また来ましょうね、楠木さん。それで……今はどこに向かっているのでしょうか?」
「えっと、一応ルートは考えて来たんだけどさ。本倉が喜びそうなとこって考えたら、ここしか思いつかなかったんだ」
頭に疑問符を浮かべる本倉としばらく歩いて到着したのは、大きな書店だ。
「……一ついいでしょうか」
「ん?」
「もしかして私、本があればなんでもいいと思われています?」
「否定はしないしできないだろ」
じーっと本倉へ視線を送れば、肯定も否定もできない代わりの半眼が返ってくる。
学校での姿を見ている限り、間違いないと思ったのが本に関する物事だ。
ずっと本を読んでいるような人が本を嫌いとは考えにくい。
店先で立ち止まっている訳にもいかないので、二人で書店の中に入る。
空調の効いた店内、落ち着いたピアノを主旋律にしたクラシックのBGM。
入ってすぐのところには、『今月の新刊』として沢山の本が山積みになっていた。
どこを見ても本、本、本。
一生かかっても読み切れないような量の本が、そこにはあった。
他の客への
「楠木さんはよく来るんですか?」
「いや、そんなに。欲しい漫画があるときくらいかな」
「漫画ですか。私も時々読みますよ。凄く種類があって、選ぶのが大変ですよね」
「あ、そうなの? てっきり硬い感じの小説とかしか読まないイメージだったけど」
「学校では、いわゆる文芸系の小説を読んでいることが多いですね。家だと漫画も、ライトノベルも読みますし。あと、図鑑なんかも結構面白いんですよ」
へえ……随分色々読むんだな。
小説、漫画、ライトノベルまではわかるとしても、図鑑を日常的に読んでいる女子高校生がどれだけいるだろうか。
少なくとも俺は初めて聞いた。
「小説一冊読むだけでも一苦労なのに、よくそんなに読めるなぁ」
「皆さんがゲームやスポーツをするのと同じように、私は本を読んでいるだけです。楠木さんはなにか探している本とかありますか?」
「いや、特には。適当に見て回ろうかと思ってた」
「じゃあ、よければ何か一冊買っていきませんか?」
「本倉が選んでくれるなら安心だな。あんまり難しいのはやめてくれよ」
「わかりました。読みやすそうなものにしますね」
目的が決まったところで、「こっちです」と先導を始める本倉についていく。
ずいずいと迷いなく進んでいく本倉の姿に一種の感動を覚えつつも、本に囲まれた道を歩く。
「ジャンルの好みはありますか?」
「うーん……漫画とかだとバトルだったりファンタジーくらいかも」
「では、ライトノベルにしましょうか。漫画とはちょっと違いますけど、こういうのなら読めるかと」
言って、本倉は棚へと視線を流す。
つられて俺も見てみれば、可愛い女の子のイラストが表紙に据えられている文庫本がずらりと並んでいた。
色彩も豊かで、どことなく漫画やアニメに近しいそれらは、普段は本を読まない人でもとっつきやすそうな印象を受けた。
しかも、よくよく見ればアニメでやっていた記憶があるタイトルもある。
あれってライトノベルが元だったんだな……初めて知った。
でも……なんか、微妙に表紙の女の子の肌色具合が高い気がする。
こういうものなんだろうか。
本倉が何も言わないってことはそういうものなんだろうな。
「普通の小説? とは、どう違うんだ?」
「楠木さんの言う普通の小説を芥川賞が代表される文芸作品やミステリー小説などと仮定すると、大きく違うのは読みやすさですかね」
「へえ」
「ライトノベルは名前の通り、読み口が軽くエンターテイメント性に富んだ小説のことです。綺麗なイラストもついていて、キャラの姿もわかりやすいのが特徴です」
「めちゃくちゃ種類があるんだな……俺も知ってるタイトルがあってびっくりした」
「アニメになっている作品も多いですから。例えば『マジック・アーツ・オンライン』とか『シノの旅』でしょうか。文芸だとかミステリー小説などは逆にドラマの方が多いですけど、どちらが優れているという話でもありません」
それは本当にその通りだと思う。
スポーツなら競技人口が多いからって野球が偉い、なんて道理もないし。
本も同じで、読む人が読みたい本を読むのが一番だ。
「折角おすすめされたなら、これにしてみるか」
「もし気に入ったら私に言ってください。続きも全巻ありますので」
「……もしかして本倉って結構オタク的なアレだったり?」
「あくまで色々読んでいたら詳しくなっただけで……誰にも言わないで下さいよ?」
「わかってるわかってる」
「約束ですからね?」
苦笑しながらも念を押してきた本倉に「約束だ」と返して、ようやく信じて貰えた。
「本倉は何かいいのか?」
「どうしましょうか……これでもこまめに書店には顔を出すようにしているので」
「悪い、付き合わせたみたいになった」
「それは全く構いませんよ? 書店に来るのはそれだけで楽しいので。もしかしたら新しい本との出会いがあるかもしれませんし」
「ならいいんだけど……」
複雑な気分になりつつも、引き続き本倉と本を見て回る。
小説、参考書、雑誌に漫画と、結局一周したが本倉の目に叶うものはなかった。
俺の本を会計するためにレジへ向かう途中、思い出したように本倉が立ち止まる。
「なにかあったか?」
「いえ、そうではありませんが、本を読むなら栞があると便利だと思って」
本倉はレジ前にある棚を見る。
そこには色んな種類の栞が並べてあった。
栞か……そうだ。
どうせなら本倉にも今日の感謝を込めて買っていこう。
あれだけ本を読む本倉なら何個も持っていそうだけど、栞なら無駄にはならないし。
「本倉も一つ選んでくれ。今日、付き合わせたお礼だ」
「えっ、でも」
「いいから」
半ば強引に勧めると、しばし迷う素振りを見せてから一転して真剣な表情で栞を選び始めた。
そして、栞を二つ手に取る。
ラミネートされた四葉のクローバー。
シンプルなのがとてもいい。
「お揃いでもいいですか……?」
「じゃあそれにしようか。会計してくる」
「私もですから、せめて栞の分は払わせてください」
「いや、本の紹介料ってことで俺が持つよ」
「……わかりました」
俺が引かないと悟った本倉が何かを言いたそうにしながらも栞を差し出した。
それを受け取って会計を済ませ書店を出て、別々に包装してもらった栞を手渡す。
「なんかそれっぽいこと出来なくてごめん」
「いえ……私としてはじゅうぶん嬉しかったので。栞、大切にします」
本倉とお揃いの栞。
値段にすれば数百円の栞は形として二人で過ごしたことが残るようで。
俺も大切に使おうと、早速買った本に挟んで鞄にしまい込んだ。
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