第11話 人は誰しも可愛いペンギンには敵わないのです

 

 今回のデート……もとい、二人での外出に備えて、涼太と美鈴にルートの相談をしていた。

 本倉には決定したルートを教えてないので、今日のことは楽しみにと伝えてある。


 電車に揺られて向かった先は水族館だった。

 他にも候補はあったものの、本倉が海に関する本を読んでいたことがあったと思い出し、ここに決めた。


 事前に買っておいたチケットで入場する。

 出迎えたのは巨大な水槽の中を優雅ゆうがに泳ぐ魚の群れだ。


 種類がわからない小魚と、さめのように大きな魚がないまぜにされた水槽の中。

 悠々と泳ぐ魚たちが客から見えるガラス板の寸前を過ぎていき、近くで見ていた子どもが「きゃあ」と声を上げていた。


「懐かしいですね……」

「懐かしいって、最後に来たのは?」

「小学生の頃ですね。祖母と一緒に来たことがあります」

「……そっか」


 どこか嬉しそうに言った本倉の手を引いて、ゆっくりと観覧する。

 円柱状の暗い水槽をふよふよとたゆたうクラゲ、熱帯魚と思しき極彩色の小さな魚。

 水槽の前に設置された魚の名前や特徴を読みつつ、その度に本倉が補足説明を挟んでくれていた。


 これまでに読んでいた本からの知識を披露できることが嬉しいのだろう。

 本倉の語り口が生き生きとしていた。

 俺としても知らないことを知れるのは楽しいし、なにより楽しそうな本倉の姿を見て安心できる。


「なんか、ごめんな」

「……? 何がでしょうか」

「美鈴のせいで巻き込んだみたいなものだからさ。嫌だったらいつでも言ってくれ」

「私はとても楽しいですよ。楠木さんこそ楽しいですか?」

「こんな可愛い女の子と二人で出かけてて楽しくないって言ったらバチが当たるよ」


 冗談めかして口に出すと、「揶揄からかわないでください……」と本倉は小さく呟いた。

 別に揶揄からかってるつもりはなかったんだけどな。


 ともあれ、それからも水族館のあちこちを見て回っていると、


『――お待たせいたしました。11時より、ペンギンショーを開催します。ご来場の皆さまは、ぜひご覧ください』


 そんな放送があった。


「どうする?」

「……行きたいです」


 強く頷く本倉の反応に微笑ましいものを感じつつも、ペンギンショーの会場へ足を運ぶ。


 円形状の観客席、その一角に座ってペンギンショーの開催時間を待つ。

 座席は六割ほど埋まっている。

 休日ということもあってか家族連れも多い。


「ペンギン、好きなのか?」

「そうですね。ペンギン、可愛いですから」

「……本倉は本にしか興味がなさそうだったから、意外だな」

「本の虫だと言いたいんですか」

「実際そうじゃないのか?」

「……まあ、否定はできませんね」


 学校での行いを思い出してか、すーっと本倉は目を逸らしていく。


 授業は真面目に受けているし成績だって優秀そのものだけど、四六時中本を読んでいるイメージしかない。

 最近になって思いのほかお喋りだったり、咄嗟とっさの反応が可愛いのを知ったくらいだ。

 感情は結構露骨に顔に出るし……俺の中では完璧超人という像が崩れかけている。


 それでも根が良い人なのは疑いようもないし、気まずさを感じることもない。


「あ、始まるみたいですよ」


 本倉がステージ中央を指さす。

 飼育員がバケツを持って現れ、その後ろを数羽のペンギンが二足歩行でよちよちと着いてくる。


 わあ、と主役の登場に観客が湧きたつ。

 隣の本倉も身を前に乗り出して子どものように目を輝かせていたが、俺がいることを思い出したのか席に戻ってくる。


 揺れる白い髪、咳払いをして何事もなかったかのように振舞おうとしていたが、やはり恥ずかしいのだろう。

 俺とは目も合わせようとしてくれない。


「笑わないから好きにしろって」

「……意地悪です」

「自滅を俺のせいにしないでくれ」


 苦笑しつつ、気を取り直してステージへ目を向ける。


 プールに放たれたペンギンが顔だけを出しながら泳ぐ姿は、確かに可愛らしい。

 アヒルが泳ぐ様子にも似ている。

 各々が自由気ままに泳いでいたが、飼育員が合図をすると一斉にペンギンたちが近くに集まった。


 ペンギンたちへバケツに入っていた魚を上げると、食べたペンギンが次々とプールを泳ぎ始める。

 すいすいと泳ぎ、華麗にターン。

 絶妙に揃っていない動きが逆に味を出していた。


 一度陸地に上がって、また飼育員に群がっていくペンギンたち。

 左右に揺れながら歩く姿を見ていると和んでくる。


「……やはりいいものですね、ペンギンは」


 本倉が見たこともないくらいに頬を緩ませていた。

 まるで孫の運動会を応援するおばあちゃんのようだ。


 ……女子高校生にそれは酷すぎるか。


「なにか失礼なことを考えていませんでしたか?」

「いや、全然。これっぽっちも」

「バレバレです。今はペンギンの方が大事ですけど」


 冷ややかな視線。

 多分、本当にバレてるんだろうな。


 けれど本倉はそれ以上の追及をすることなく、ペンギンショーへと向き直る。

 穏やかで年相応に楽しんでくれているとわかる表情は、学校では見られない貴重なもので。


 本倉が楽しんでくれているのなら、俺が悩みながらも行先を考えた苦労が報われるというものだ。

 今のところ、あんまりデートらしさはないけれど。


「足が、ぺた、ぺたと……本では見られない動くペンギン……っ」

「心の声漏れてるぞー」

「人は誰しも可愛いペンギンには敵わないのです」


 語調だけを強めつつ、緩んだ表情のままステージで芸を繰り広げるペンギンを見守る本倉。

 時々呟かれる言葉の端々に感じられるペンギンへの愛に微笑ましさを感じつつ、


(そういうとこだぞ、ほんと……)


 ペンギンよりも本倉の方が可愛いだろ、と素で言いそうになったのを胸の内だけで押しとどめるのだった。

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