第10話 手を繋いでいる方がデートっぽいですし


 白い雲がたゆたう空には雨の気配はなく、眩しい陽が降る午前中。


 待ち合わせの駅を訪れた俺は最後に身だしなみをチェックする。

 服装はなんてことはないジーパンと文字が描かれたTシャツ、荷物を入れるショルダーバックくらいだ。

 男子高校生の私服なんてこんなものだろう。


 トイレを出て外の噴水広場に行くと、周囲の人がたった一人の少女へ注目しているのがうかがえた。


 雪のように白い長髪を風になびかせながら、誰かを探しながらたたずむ少女――それは、偽物とはいえ俺の彼女となった本倉もとくら悠莉ゆうりその人だ。


 初めて見る本倉の私服姿は、控えめながら目を引くものだった。


 髪色と似たパールホワイトのブラウスは首元に段のようなフリルが揺れていて、手首まである袖には飾りの蒼いボタンが輝いている。

 羽織はおっている薄桃色のカーディガンは裾が長く、風が吹くたびに大きく波打つテールスカートのようだ。


 下に合わせているのは膝丈くらいある薄紅色のチェックスカート。

 花のように広がったスカートからは、すらりと華奢きゃしゃな雪色の脚が伸びている。

 細い黒のベルトが巻かれた腰を起点にくびれができていて、浮かび上がる均整の取れた身体のラインがとても美しい。


 肌の露出は少ないのに、どうしてか淡い色気を漂わせている本倉のファッション。


 俺に気づいたらしい少女――本倉が背の低い焦げ茶色のブーツのかかとを鳴らし、ぎこちない笑顔のまま近づいてきて、


「……おはよう、ございます。楠木さん」

「おはよう、本倉」


 いつにない緊張感を感じながらも、俺は本倉と挨拶を交わした。


 間に流れる数秒の沈黙。

 周囲を歩く人々のざわめきだけが絶えず響いてくる。


 じーっと、視線を交わせながら、微動びどうだにしないまま見つめ合い――


「……本倉」

「は、はいっ」

「その……似合ってるぞ、私服」

「~~~~~~っ」


 膠着こうちゃくを切り裂いて放った月並みな言葉。

 考えるだけならまだしも、口にするのはとてつもなく恥ずかしかったが、本倉の反応はそれ以上だった。


 まず、自分が何を言われているのかわからない様子で固まって。

 それから、いつにない速度で本倉の頬がいつになく赤く染まった。

 触るだけで火傷してしまいそうなほど赤くなった顔を隠すためか、両手を頬に当てて身体ごと後ろを向いてしまった本倉のそれは。


(反則だろ……)


 たとえ恋愛感情的な好意がなくとも「可愛い」と感じてしまうくらいには、魅力的な表情と反応だった。



 事の発端は二日前――木曜日の朝。


「おい、聞いたか? 『雪白姫』って彼氏いたらしいぞ」

「俺も聞いたぜ。でも、やっぱりかって感じじゃね? あんだけ可愛いのにいない方がおかしいだろ」


 朝からそんな声が教室のそこかしこから聞こえてくる。

 本倉は火曜日、水曜日と立て続けに男子生徒からの告白をされ、その度に「彼氏がいるので、ごめんなさい」という言葉で断り続けた。

 俺の名前までは出さなかったものの失恋を果たした男子生徒諸君のしかばねは、狙い通りに『本倉に彼氏がいる』という噂話が流布るふされる結果となった。


 だが、二人で密かに目的が達成されたと喜んでいた矢先、発生した別の問題。


 涼太と美鈴に俺が本倉と付き合っている……という『嘘』がバレたことだ。

 始めは俺もしらを切ろうとしたが、「バラされたくなかったら認めなさい」と美鈴に半ばおどされたため、本倉の合意も得て二人に事情を説明。

 その話を面白がった二人が本物っぽく振舞っておいた方がいいのではというねじ曲がった結論に至り――美鈴の提案で、休日デートという名目のお出かけをすることになった。


 俺は本倉の迷惑になると思い断ろうとしたのだが、美鈴が本倉に何かを耳打ちしたかと思えば「いいですよ」と二つ返事で承諾しょうだく

 美鈴に何を言ったのか聞いてみたものの、はぐらかされて結局わからなかった。

 本倉に聞いても「黙秘します」と教えてくれないし……俺、やっぱり嫌われてるのかもしれない。


 そんな感じの理由で、俺は本倉と土曜日に出かけることとなったのだ。


 二人で。




「落ち着いたか?」

「はい……取り乱してすみません」


 近くのベンチに並んで座りながら、胸をでおろす本倉が笑んだ。

 近くで買ったペットボトルの水を傾けて、ふうと一息。


「なんかごめんな、こんなことになって」

「いえ……その、私、結構楽しみにしていたので」

「そうなのか?」

「……友達とお出かけなんて、初めてですから」


 本倉の表情に影が落ちる。


 しかし、すぐに顔を上げ、その白い肌が太陽に照らされた。

 そっと差し出された一回りは小さな手。

 柔らかに笑み、淡い緑の瞳が俺を映して、


「楠木さん、行きましょうか」

「そうだな。エスコートできるかはわからないけど」

「美鈴さんによるとデ……デート、という名目だったのではないですか?」

「それは美鈴の適当だ。てか恥ずかしいならわざわざ口に出すなって。俺もなるべく考えないようにしてるんだから」


 よいしょと先に立ちあがって、俺は本倉の手を取った。

 ほんのり温かい手のひら、柔らかな感触。


「これはまあ、あれだ。嫌なら離すけど、そうじゃないならつないでおこう。はぐれたら面倒だからさ」

「……では、このままでお願いします。迷子にはなりたくないですし、それに」

「それに?」

「――手を繋いでいる方がデートっぽいですし」


 本倉は俺の様子をうかがうようにちらりと見て、照れ隠しをするように柔らかく笑んだ。

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