アラフォー無職、高校時代に逆行する

水島紗鳥@2作品商業化決定

アラフォー無職、高校時代に逆行する

「人生に何も希望がねえし、マジで死にたい……」


 引きこもっている自室のパソコンの前で、俺は力なくそう呟いた。

 今まで生きてきた39年間の人生を思い返してみても、本当にろくな思い出が蘇ってこない。

 中学生までは優等生だった俺だが、高校時代不真面目になった事で大学受験に失敗し、偏差値35のFラン大学に進学してしまう。

 そこで更生していればまだ救いはあったのかもしれないが、完全にやる気を無くしてしまった俺は4年間の大学生活も適当に遊び呆けてしまい当然のように就職活動にも失敗、その結果ニートとなってしまった。

 39歳職歴無し引きこもり、それが俺こと雨城凉あまきりょうの悲しい現状だ。


「39歳って会社だと何かしらの役職についてるだろうし、結婚して子供がいて家とか買っててもおかしく無い年齢だろ?こんな部屋に何年も引きこもってニートやってる俺って、一体何やってんだろうな……」


 同級生達とスタートラインは同じだったはずなのに、今や絶望的な差が生まれてしまっている。

 もはや追いつく事はおろか、一歩後ろを追いかける事すら不可能な状況となっているのだ。


「昔は親が悪いだの社会が悪いだの責任転換して散々当たり散らしてきたけど、全部自業自得で結局悪いのはやっぱり俺だよな……」


 17年間引きこもってようやくその事実を受け入れられるようになった俺だったが、あまりにも遅すぎであり、既に色々と手遅れだった。

 大学を卒業してから働かずに17年間も引きこもっていた代償は大きく、親から早く働けと言われてバイトや就職の面接を受けに行っても門前払いにされ、完全に詰んでしまっている。

 せめて後10年早く、20代の時に気づけていれば今とは違う結果になっていたかもしれないが、もう遅い。


「こんな酷いことになるなら高校生の時にもっと頑張っておけばよかった……」


 高校時代不真面目になってしまった理由は単純で、入学して最初に受けたテストで最下位近い順位を取ってしまったことが原因だった。

 中学生までは上位の成績だった俺だが、県内トップクラスの進学校では最底辺の成績しか取れず、プライドをボロボロに破壊され、勉強に対するやる気を完全に無くしてしまったのだ。

 そこからは絵に描いたような転落人生を歩み今に至るわけだが、今更後悔しても遅い事は分かりきっており、ただただ憂鬱な気分にさせられている。


「……久々に外にでも出るか、もうゲームもアニメも飽きたし」


 俺は棚に入っていたズボンとTシャツを引っ張り出すと、リビングや台所にいるであろう親に気付かれないよう音を立てずに家の外へ出た。



 今日は散歩日和のめちゃくちゃいい天気であり、しばらく外を歩き回る俺だったが、だんだん気分が悪くなっていく。

 完全に昼夜逆転した生活をしていた事と引きこもり過ぎて体力が無くなっていた事で、俺の体が悲鳴をあげ始めたのだ。


「やばい、マジでしんど過ぎる……」


 動く事が辛くなった俺は、近くにあった公園のベンチにゆっくりと腰掛けて休み始めた。

 ベンチに座って休んでいると、公園で遊んでいる親子連れやカップルの姿が目に入ってくる。


「そうか、今日って土曜日か。だから真昼間なのにみんなぶらぶらしてんだな」


 引きこもっていると毎日が休みであり曜日の感覚も無くなってしまうため、スマホを見るまで今日が何曜日なのか分からなかった。


「子供か、俺も真面目に生きてたら誰かと結婚して今頃お父さんになってたのかな……」


 子供とキャッチボールしている父親の姿を見ていた俺は、あったかもしれない別の未来を想像して虚しい気分にさせられてしまう。


「……もう帰ろう、気分転換のはずだったのに辛くなってきたし」


 ベンチから立ち上がった俺はのろのろと公園の出口を目指して歩き始め、赤信号の横断歩道で立ち止まる。

 すると止まっている俺の横をボールがすり抜けて、車道へと転がっていくのが見えた。

 それを先程キャッチボールしていた子供が走って追いかけていく。


「あっ、やばい!?」


 車道まで転がったボールを拾うために子供は左右も確認せず飛び出してしまい、さらにはトラックが迫ってきている事に全く気付いていなかった。

 トラックがクラクションを鳴らした事でその存在にようやく気づいた子供だったが、怯えたような顔でその場に立ち尽くしてしまう。

 俺は全力疾走で車道へ向かうと、飛び出した子供を全力で反対側の道へと突き飛ばす。


「あっ、これ多分死んだな」


 なんとか子供を逃す事には成功したが、残念ながら俺が逃げる時間は無さそうだ。

 だが人生お先真っ暗な39歳職歴無し引きこもり1人の命によって、未来ある子供1人の命を救う事ができるのだ、俺の命など安いものだろう。

 スローモーションで迫り来るトラックを前にして、俺はぼんやりとそんな事を考えていた。

 そして次の瞬間、俺の体を凄まじ衝撃が襲ったと同時に遠くへ吹き飛ばされる。

 もし次の人生があるなら、今度は絶対真面目に生きてもっと真っ当な人生を送りたい……俺は徐々に薄れていく意識の中で最後にそう願った。



 目を覚ますとめちゃくちゃ見慣れた天井が視界に入ってくる。


「ここは俺の部屋の天井……って事はひょっとしてさっきのは全部夢?」


 トラックに轢かれて死んだのかと思いきや自分の部屋のベッドの上にいる事に気付いた。

 しばらくの間放心状態となっていた俺だったが、意識が覚醒するにつれてさっきの出来事は全部夢だったのでは無いかと思い始める。


「……もし本当にトラックに轢かれたんなら五体満足で無事なわけが無いか」


 冷静に考えると、俺がたまたま外に出た日に限って偶然トラックに轢かれそうな子供と遭遇し、それを命懸けで助ける漫画やアニメみたいな展開が実際に起こるとは思えない。


「それにしても妙にリアルな夢だったな。最近似たような内容のアニメを見てた気がするけど、それに影響されたパターンかな」


 全部夢だったと結論付けた俺は、そんな事をつぶやきながらゆっくりとベッドから立ち上がる。


「あれ、ゲーム機とパソコンが無くなってる……」


 机の上に置かれているはずの物が無くなっている事に気付いた俺は、母親が勝手にどこかへ移動させたのではないかと思い、部屋の中を探し始めるがどこにも見当たらない。

 それどころか、普段とは違う部屋の様子に気付いた俺は強い違和感を感じ始めた。

 そんな中、机の上に置かれて充電されていた黒いスマホが目に入ってくる。


「これって俺が高校生の時に使ってたスマホだよな。なんでこんなところにあるんだ……?」


 何年も前に機種変更して部屋のどこかへしまっておいたはずの古いスマホが、なぜか机の上に置かれて充電されていたのだ。

 不思議に思いつつも手に取ってみる俺だが、画面に表示された日付が明らかにおかしい事に気付く。


「4月7日……なんで7ヶ月も前の日付なんだ?」


 いくら引きこもりで曜日感覚が曖昧になっている俺でも、日付が間違っている事くらいは流石に分かる。

 指紋認証でスマホのロックを解除した俺だったが、ホーム画面を見た瞬間更なる異変に気付く。


「このアプリって、だいぶ前にサービス終了してアンインストールしてなかったか……?」


 俺が高校時代にハマっていて、サービス終了と同時に削除したはずのMMORPGのゲームアプリが、何故かホーム画面に存在していたのだ。

 まさかと思いアプリをタップしてみると普通に起動し、見覚えのあるタイトル画面が表示される。

 そしてしばらく待っているとローディング画面と運営からのお知らせが表示された後にゲームがスタートした。


「普通に操作できて戦闘もできるし、どうなってんだ?復活したって話は聞いてないぞ」


 ニートで時間のあった俺は毎日のようにネットサーフィンやSNSをしていたので、このゲームが復活するという情報があったなら知らないはずが無い。


「明日2026年4月8日にメンテナンス……?今って2050年11月のはずだけど」


 ゲームが復活した手がかりを探すために運営からのお知らせを見ていた俺だが、最新のお知らせの日付がなぜか20年以上も前のものだったのだ。


「2026年って事は、俺が高校1年生の時だよな。一体どうなってるんだ?」


 だんだん頭が混乱してきた俺はゲームを閉じて、今度はインターネットでニュースサイトを開く。


「……どこのサイトの記事も投稿日が2026年4月7日になってんだけど」


 ゲーム内のお知らせならまだしも、複数あるニュースサイトの全てが日付を間違えるとはとても思えない。

 ひょっとしてトラックに轢かれたのは夢じゃなくて、死ぬ間際に見えるらしい走馬灯を今俺は見てるんじゃないだろうか。

 そんな事を考えていると、突然扉をノックされ部屋の扉が開かれる。


「涼、借りて漫画返しに来たよ」


「えっ、まさか姉貴!?」


 部屋に入ってきたのは10年以上も前に結婚して家を出て行った2歳年上である俺の姉、雨城綾あまきあやだった。

 ただし俺の知っている姿よりも遥かに若く、外見は高校生くらいにしか見えない。


「私じゃなかったら誰なのよ。じゃあ、机の上に置いといたから」


 机の上に漫画の単行本3冊を置いた姉貴は部屋から出て行こうとする。


「あっ、ちょっと聞きたいんだけどさ、今日って西暦何年の何月何日?」


「……どうしたのよ急に、今日は2026年の4月7日でしょ。あんたも明日から高校生になるんだから、そろそろ中二病くらい卒業しなさいよね」


 俺からの質問に少し心配したような表情で答えた姉貴は、今度こそ部屋を出て行った。


「確か走馬灯ってさ、死ぬ間際に昔の記憶が蘇る現象だったよな。こんな風に誰かと会話なんてできるもんなのか……?」


 謎は深まるばかりだが、どれだけ考えても結論は出てきそうにない。

 そんな時、一時期ハマって読み漁っていたアニメの二次小説の中で、今の俺と似たような状況になる話があった事を思い出す。


「……もしかして高校時代に逆行したのか?」


 逆行とは、とあるキャラクターが過去の時間軸に精神のみをトリップし、昔の自分の体に乗り移るというものだったはず。

 今の俺が直面している状況はまさしくそれに近いと言えるだろう。

 どうやら俺はトラックに轢かれた事が原因で、24年前の高校入学式前日に逆行してしまったようだ。

 これは神様が俺に与えてくれた最後のチャンスに違いない。

 今度こそ無職にならないよう絶対真っ当な人生を歩んでやる、俺はそう心に誓った。

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