残機は人の数

ヴぃかra

1機目

 今日は珍しく、5時と早い時間に目を覚ました。


 まだ外は朝日が出たばかりで、ケツアルコアトルの囀りの四重奏しか聞こえない。

 アイツら見た目は気色悪い割に、スッゴイ綺麗な鳴き声してるんだよな……。


 そう物思いに耽りながら、朝の支度をする。


 外に出て郵便受けの確認。残念ながら師匠からのメールは届いていないようだ。

 そこからキッチンに移り、昨日の余り物の食材を適当に刻み、鍋にぶち込み水に浸す。そして指パッチンでくべた薪に火を起こす。


 ホント、こう言う時ほど師匠から魔術を教わっておいて良かったと思うことは無い。


 これ自体は至極簡単な魔術だが、指パッチンの音、その中の振動を昇華、強化させ細かすぎて手が千切れるくらいの振動を薪の間の荒い縄に伝える。

 そして縄に含まれた水分が振動で触れ合い高熱を持つ。後はちょっとでも風が吹けばを火が付き薪へと伝う、と言うただそれだけの事だ。


 まあ昇華させた事象だけ言うと簡単だが凝華、逆にデメリットを抑えるのがめんどくさい訳だが、今考えるのもめんどくさい……。



 物の数分でスープ、と言っていいのか分からない物が出来上がる。スープなんて大抵は臭い物を入れない限りは美味しくなる。

 ほら、こんな風に――


「 うおっ!?」


 いや、不味くはならないとは思っていたけど、普通に美味いのが出来上がった。なに入れたっけ?後でレシピとしてメモっとかないと!


 珍しく美味しく出来上がったスープとバリバリに硬いパンを焼き、更にバリッと硬くなったパンが俺の朝食を飾る。

 このくらい硬いとスープをよく吸ってくれて、ちょうどいい食感に……あっ硬ぇ。焼きすぎたわ……。



 美味しいんだけど、残念な結果に終わった朝食。そこから身支度云々整えて、出自の準備ができた頃には8時を迎えていた。

 ちょっとゆっくりしすぎたな。予定していた時刻には間に合うだろうが、花を買う時間は……まあ靴に術を仕込んであるし、問題ないだろう。


 今回の術は言ってしまえばバネの強化だ。足裏の敷物の反発力を昇華させ、地面に付いた際の踏み込みが強いほど、跳ねっ返りで遠くへ脚を踏み飛ばせられる。


 とは言えこの術、一見使い勝手がいいように見えるがそんな事はない。

 例えば脚を真下に踏み下ろそうものなら、反発力が真上に向かい、もれなく飛べる。踵から着いても後ろに跳んでしまう。

 これでも角度の部分にも凝華を行い、判定を緩めようとしたのだが、それでも指向性は変えられなかった。おかげで俺自身の走り方から変える羽目になり、周りからは変な目で見られるようになった。


 あれ?今思ったんだが単純に足先、正確には土踏まずより上だけに術を仕込んだら良くね?

 しかも発動条件を前方向の指向性があった場合だけでいいんじゃね?

 要するに……醜態を晒しただけじゃね?

 そういや師匠、俺の前ではすげー笑うの我慢してやがったな。全く隠せてなかったが。

 アイツ、気付いてたな……?



「 あんの、オンナァァァア!!!!」


 畜生!!アイツ、次会ったら絶対おか〇!!!謝ってもお〇す!!むしろ〇かされに来い!!!


「 呼んだのだよ?」

「 呼んでねぇのだよおわあ師匠おはようございます!!!」


 何処から現れたのか問うのも無粋なほど、当然の如く俺の後ろに居た彼女こそが師匠その人だ。


 その頭には、いつの時代の魔術師だと言われかねない、なんかグシャッて感じの大きな帽子。

 髪は白髪。別に歳を召している訳では無い。むしろピチピチの20代であり続けている。

 胸元には、控えると言う言葉を知らない堂々とした存在が2つ。尻は大きすぎないがしっかりと安産型。


 ちなみに寝ている時にこっそりと、どことは言わないところを揉んだが、堂々とし過ぎて柔らかくない……柔らかくは無いのだが、何故か触るのを辞められない不思議な弾力をしていた。これが師匠の魔術師たる由縁か……!?とか思いつつ10分くらい揉んだ。 ふぅ……。



 適当な紹介はそこそこに、俺は師匠に気になった事を聞く。


「 師匠、なんでココに?」

「 呼ばれた気が――」

「 あーはいはい、それはいいですから。本当の理由は?」

「 む、半分本当なのに。まあ半分は、まだ出発してないなら一緒に行きたいなーって思ってだよ」

「 ……!」


 そんな理由だけで、一時間掛かる俺の家まで来たのか……はぁ、もう……。



 俺の事好きだろ絶対!!!

 この前だってわざわざ家に来たと思ったら、夕飯作ってくれたし、美味しいし。風呂に入ってたら突然現れて身体の洗いあいっこしようとか言うし、柔らかかったし。寝ようとして布団に入ってたら、ネグリジェ姿で現れて布団に入って来るし、いい匂いしたし柔らかかったし。


 あれ?今思い返すと、やってること夫婦のそれじゃね?もしかして本当に好きなのか?

 いやまあ、いつも好きだって言ってくれるけど、それは彼女の口癖で……あれ?そう言えば他の奴に言ってるの見た事ないぞ。えっいやこれマジなやつ?


 ……


「 師匠って俺の事好きですか?」

「 当然好きに決まってるんだよ!!」


 ニッコニコで太陽のように明るい笑顔でいつもの言葉を言ってくれる。


 ……用事が終わったら、時間貰ってみるか。


「 どうかしたのだよ?」

「 何でもありません、行きましょ師匠!」

「 おうさ!!」


 男にしては結構大きな決意を胸に、男は走り出し女は箒で空を飛ぶ。


「 ……師匠、俺の靴の改善点知ってましたよね?」

「 な、ふふ、なんの事なのだよ?フフッ」

「 笑ってんじゃねーのだよ!!!」


 しっかりと怒っておいた。




 途中どうにか花屋には寄れて、買った月光花とモモの花はアイテムボックスに入れてある。

 そして時間ギリギリになったが目的地に着いた。


 そこは俺の家や街からも結構離れた場所で、俺と師匠、そしてもう1人しか知らない秘密の場所だった。

 辺り一面は色とりどりの花々で埋め尽くされており、季節や地域特有の珍しい花なんかも一緒に混ざって咲いていた。


 そんな花の楽園に何か用があるのかと言われると微妙に違っていた。

 と言うのも本当に用があるのは楽園の中心。それも1本だけ植えられた、大きなサクラの木が佇んでいる場所の根元に用があった。


 俺と師匠は周りの花に目もくれず、ただサクラの根元に近づいていく。先程まで咲き乱れていた花達は、根元に近づくほどに数を減らして行き、まるで主役はサクラと言わんばかり、姿を消していった。

 根元に辿り着くと、草も生えなくなった地面に突き刺さった子供大の岩、その前にはグラジオラスの花束が手向けられている。


 こと昔話で、桜の木の下には屍体が埋まっているとは言うが、今目の前にある岩は墓標の役目を果たしている。要するにこのサクラの木の下にも、昔話にあやかったかのように屍体が埋まっている訳だ。

 ちなみにこのサクラの木だが、花びらがそれはそれは真っ赤で、まるで血のように赤い。師匠に聞いてみたらそういう品種らしいが……何となく怖くなったので、あまり深く考えない事にした。



 さて、今日ここに来たのは故人を偲ぶため。言ってしまえばお墓参りである。


 中の人は俺の母親、代わりだった人。


 まあ育ての親が違うなんて、別段珍しい事では無い。

 ちょうど俺の産まれたと言う時代は、子を産んだ後の死亡率が高かったのだと。残念ながら俺の母親だった人もそれに含まれていたらしい。


 悲しいかと聞かれれば、今は少し悲しい。せっかく産んでくれた人に礼も言えないのだから。

 しかしこれは事実を知った今の話であって、今までの育てられてた過程では違う。

 物心着いた頃には俺が母親だと思ってた人『ルージュ』さんが、血涙を流しながらこの悪ガキめを、マシになるよう頑張って育ててくれていた。

 そのため、親が居ない側だと思いもしなかったがために、悲しいどうこう考える以前なのだ。


 考え直してみると、本当にルージュさんには感謝をしきれないな……。その証拠に、飽き性な俺がこうして定期的に墓参りしている。

 ちなみにルージュさんが亡くなったのは、去年の今頃。ちょうど一周忌という訳だ。



 さて今日の墓参り、もう1人ルージュさんに縁がある奴が居て、そいつとこの場所で会う約束をしていた。しかし、元々適当なアイツは先に墓参りを終えて帰ったらしい。手向けられたグラジオラスがその証拠だ。


 全く……悪い奴では無いんだが、約束くらいは守って欲しいものだ。


 まあ居ないやつの事をどうこう言っても仕方ないので、本題の墓参りを済ませる事にする。


 俺はアイテムボックスに入れていた月光花を取り出し、先に手向けられたグラジオラスの隣に置く。この月光花だが、ルージュさんが好きな花だったがために、ココに来る時はいつも用意している。

 なんでも、その花を見かけた時の景色と相まって一目惚れをしたのだと。


 辺りは雪が溶け始めるも、冬枯れの景色が残る中、輝く太陽のようにもの寂しげな大地を明るく照らして咲く黄色い花。

 それが月光花だった。

 まるで絶望の中でも、希望を持ち歩続けるその姿にルージュさんは惹かれ、以来庭で月光花を育てるほど好きになったそうだ。


 まあ残念ながら育てていた途中で月光花は、森からの野獣に荒らされてしまい、あえなく枯れてしまった。

 その時普段温厚な彼女が静かに、それでいて大いに怒り、素手で野獣を仕留めていた姿に俺はガチでビビって失禁した。

 その日から、何があっても彼女を怒らせてはならないと心に誓った。


 さて……



 " ルージュさん、いつもの事にはなるけど俺は俺なり頑張ってます。

 朝も頑張って起きてるし、飯もしっかり食べてます。魔術もそこそこ扱えるようになってきたけど、まだまだ勉強の日々が続きそうです。


 あれ?これ前も言ったっけ?


 まあ要するに俺は変わらず元気にやってます。

 どうか安らかに眠って、たまに起きてお茶会でもしていてください。

 その時に飾る花はこっちで用意しておきますので。


 それと俺の勘違いかも知れないけど、俺の事を好きで居てくれる人が居るみたいです。

 少なくとも俺もその人の事を好きです。まあこれも好きだと言われたから、そう思ってるだけかも知れ無いけど。


 でもこの後、俺の方から告白してみようかと思います。出来ることなら一緒に居たいと思うから。


 だから……ちょっとだけ告白する勇気をください。

 いや、朝はイケると思ったんだけど、段々時が近づくに連れて心臓がバックバクと鳴り始めて来たんすよ。

 いやホントどうしよう……。


 ってな具合なので神頼み、もとい親頼みといきたい次第です。

 どうか今日だけは、あと少しの間起きて見守ってください――。


 それじゃ俺の話はここまでです。また次の機会に今日の報告をします。

 起きていてくれるなら、必要ないかもですけどね。""



 なんとも締まらない墓参りになったが、こういうのも偶にあっていいだろう。


 俺は墓岩から離れ師匠に場所を譲る。師匠はと言うと俺の花の隣に、白いユリを手向けた。まあ、墓参りならこれは無難な所だろう。実の所ルージュさんは花好きだったので、案外なんでも喜んでくれそうだ。


 当然の事だがマンドラゴラだけは嫌がらせでしかないからダメだ。アイツらな……黙ってれば満月の時に綺麗な花を咲かせるからそこだけはいいんだが、叫ぶとうっさいのなんのってなー。


 このように俺がどうでもいい事を考えて、心を落ち着けること約5分、師匠とルージュさんの会話が終わったようで目を開いた。


 いや、今の心を落ち着けるって言った部分、言い直すとします。



 全っっっっっ然!!!落ち着かねぇ……。


 何これ?師匠が墓参り終わったら話を切り出そうと思ったら、途端いつも通りの呼吸が出来なくなってきた。もうヒッヒッフーだよ!過呼吸だよ!過呼吸は少し盛ったけど待つ時間が辛すぎるよ!


 落ち着けぇ俺……!今師匠はルージュさんとの会話を終えた。話し掛けるなら今だ。

 よーく呼吸を整えろ……。


 吸ってー吐いてー吐いてー吐いてー吐い……


「 大丈夫?体調悪そうなのだよ?」

「 吐きそう……」

「 え!?」

「 間違えました、吐いてました」

「 いや大して変わら無いのだよ!?」


 おや?何故か師匠が慌てている。どうかしたのだろうか?


 ここでよく聞く話で、冷静じゃない人を見ると冷静になれるとあったのを思い出した。

 まさに今、目の前で混乱する彼女のおかげか俺の心は少し落ち着いた。


 ので、ここは思い切って言ってしまうことにした。


「 師匠、大事な話があります」


 少し上擦った声になったが切り出したぞ……!


「 う、うん。どうしたの?何時になく真剣な顔して」

「 俺にとってはそれほど重要なんです」


 そう、重要も重要。最重要だ。

 結果次第で、俺の未来が決まるのだから。


「 うん、分かった……。聞こうじゃないか」


 師匠も真剣な顔をして、聞く準備を整えたっぽい。


 あー、真剣な顔も――


「 師匠……可愛いですね」

「 ……え?」

「 あっ」


 やっべぇ……頭の真っ白になり過ぎて、思ったことそのまま口に出ちまった……。


 ええい!こうなればヤケクソだ!!


「 師匠の大きな赤い目はルビーのように綺麗だし、ニッコリと笑った時は本当に可愛いです。身体だって魅力的で、近くに居ると師匠の甘い花のような香りも相まって凄く興奮します。あと――」

「 ままま、待つのだよ!どうしたのだよ急に!?」


 顔を真っ赤にして、慌てる彼女。

 本当に可愛いらしくて……。


 そう思って、今度こそ自分の思いがはっきりした。

 俺はこの人が――



「 師匠の事が好きって事です」


 俺が思いを告げるのと共に少し強い風が吹いた。

 それは師匠から動かしたくない視線を逸らさせるくらいには強かった。

 サクラの木の幹はどっしりと構えているため揺れないが、枝は風に煽られ赤い花びらを散らす。


 ものの数秒で風は収まったため、返事を聞くためにも師匠に視線を戻す――。



 そこには、呆然と立ち尽くし、涙を流す彼女の姿が。


「 えっ!ちょ師匠、泣かないでください!俺が好きとか迷惑でしたよね!ホントすみません!!」


 うわぁもう、流れる涙が止まる気配が無い。

 やっぱりいつもの好きは口癖だったんだ。

 それなのに俺は勘違いして告白なんてして、彼女を泣かせるなんて……ホント勘違い系男だ……。


「 ちが……う、違うのだよ、この涙は」

「 えっでも俺が告白したせいで……」

「 そうだけど、意味が違う。嫌だから泣いてるんじゃないんだよ」

「 ……えーっと、つまり?」

「 もう本当にニブイんだよ!嬉しいのだよ!!」


 涙を流し、顔はクシャクシャになりながらも、彼女らしいヒマワリのような笑みを俺に向けてくる。

 そしていつも聞き慣れたはずの、その言葉を俺に告げる。



「 私もキミの事が……レインの事が大好きです」



 その笑顔は、この花畑やサクラの木なんて霞むくらいに可憐で美しく、今までで見たどの光景よりも綺麗だった――。



 あまりに綺麗な光景に目を奪われ、はっと気付いた時には彼女の涙は止み、代わりに万遍の笑みを浮かべていた。


 ここでようやく花屋で買った、モモの花を思い出す。

 告白する時に一緒に渡そうと思っていたが、つい想いが先行してしまった。

 ぶっちゃけ今更アイテムボックスから出しても意味も無い気がするけど、一応彼女に渡すために用意したのだしと思い取り出す。


「 あの、師匠。こ、告白の時に渡しそびれたんですけど、師匠が好きなモモの花です。受け取ってくれますか?」


 今度は風が吹くことなく、彼女を見ていられた。

 俺の言葉に大きな目を更に開き、その直後に笑みを深めた。

 その笑みは、いつもよりもどこか大人っぽく可愛らしい彼女とは違った印象を感じた。しかしそれは俺の勘違いだったのか、瞬きした瞬間にはいつも通りの明るい笑顔が浮かんでいた。


「 ふふっ、うん。モモの花、大好きだよ。有難く頂くよ」


 そう言って受け取ってくれた彼女。良かった……誰かに、ましてや師匠に贈り物なんて滅多にしないから、喜んで貰えて良かった。

 そんな折り、彼女が気になる事を口にする。


「 そう言えばモモの花って、魔術の媒体には持ってこいなんだよ」


 俺が教わった中で聞いた事が無い情報だった。確かに木に咲いた花は、大地の栄養やら祝福を貰ってる事が多いから、当然っちゃ当然か。


「 そうだったんすね、でもどうして今そんな話を?」

「 ふふっそれはね、ちょっと嬉しくなったから新しい魔法に挑戦したくてね」

「 ん?魔法……ですか?」

「 そう、魔法だよ」


 魔法?魔術は聞き慣れた言葉だけど魔法なんて聞いた事が無いな。

 そんな俺の疑問を読んでか、説明してくれる彼女。


「 魔法って魔術と違って奇跡を引き起こすんだ。魔術は基本的に存在する物事を増幅、減衰を主体とするけど、魔法はこの世界に無いものを生み出すことが出来るんだ」


 初めて聞いた話だ。でも確かに、魔術は言っていた通り、昇華で増幅や強化、凝華で減衰やら減少をコントロールする。

 そして必ず対象が存在しなければいけない。


 それを新たに生み出すだなんて、偉業も偉業、伝説になるだろう。

 だからと言って嬉しくなったからって……。


 まあ、思った事をすぐ行動に移したい師匠らしいか。


「 分かりました。俺にその魔法ってのを見せてください!」

「 うんうん、流石は私の大好きなレインだね」


 こう、改めて大好きだと口にされると照れるものがある。でもまあ好きだと自覚すると、この恥ずかしさも嬉しいな……。



「 じゃあ、さっそく試そうか」


 そう言った彼女は、おもむろにモモの花を口に含んだ。


 ……ん?なんで食ってんの?



 そんな俺の疑問は唇から漏れ出る前に、彼女に塞がれた。


 彼女の唇によって――。



 唇と唇を重ねる行為。いわゆる接吻をされた俺は、驚く程に柔らかい彼女の唇からの感触と、強引に入り込んで来る舌であろう蠢く存在と、先程含んだモモの風味が唾液と絡まり、思考の大渋滞を引き起こしていた。


 驚きにより目を瞑れていないせいで、至近距離で彼女の顔が見える。

 目を瞑り頬を赤く染め、今なお俺の口を貪る。

 その表情は蕩けたようにただ妖艶で、俺はされるがままだった。



 そのため彼女に釘付けだった俺は、周りの景色の変化なんて全く気付けなかった。


 サクラを中心に咲き乱れていた花達は踊るように揺れ動き、花色に関係なく一様に青い輝きを放っていた。

 同様に頭上のサクラの木も枝を揺らし花を散らす。

 しかし、このサクラだけは赤い光を輝かせて、血のような色を更に濃くしていた。


 まるでこの二人を祝福するように、それでいてこれから奇跡が起こる前触れのように――。



 ひとしきり彼女に蹂躙されていると、ようやく周りの変化に気づく。


 なんで花が光ってるんだ?


 魔術を発動した時にも見たことがない光景に目を見開き、一度彼女を止めようとする。


 しかし謎の声に、俺の行動は止められた。



"『輪廻の■』を受理しました ''



 その言葉を告げられた瞬間、口、喉、肺、ありとあらゆる器官という器官が悲鳴をあげた。


「 がああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」


 俺も堪らず声をあげ、苦しみを吐き出そうとする。

 まるで流れ込んで来た強力な酸に、溶かされていくかのように、身体の内側が爛れていくような痛みがそこらじゅうを駆け巡る。


「 し゛……し゛よ゛……!!」


 ただ縋るように俺は最■の者を呼ぶ。



 しかし返ってきたのは、俺同様に苦しく悲しげな声。


「 あぁ……成功しちゃったか……」


「 な゛に゛を゛……い゛っ゛……?」


「 モモの花、とある昔話があるんだ。『モモの花を抱きな、ら、■する者の永遠を願って■んだ』って言うそん、話」


 分からない……何を言っている、のかさっぱり……。


「 だから、■いを乗せるに打ってつ、なんだ」


 何を乗、る?い゛た゛


「 私はレインが、き……だから恨ん、くれたって構わ……い」


 な、に。痛゛い゛なん、で。い゛た゛い゛な……にが?い゛た゛い゛い゛゛い゛


「 レイン……■……し、て――」



 そnな言■、聞…■ない、d痛mがを襲o。



 い゛た゛い゛い゛t゛い゛■゛た゛iい゛た

 



 ……あ。


 ■んだ。




 ――――――


 なんでこうなったんだろう


 ごめんね


 ■きになっちゃって


 キミの代わりになれたら良かったのに


 ごめんね


 ■してる


 ――――――



 花が咲き乱れていた大地は全て枯れ果て、後には大量の塵が残った。


 残った塵も風に吹かれて飛んでいく。


 そこには木なんて生えることは無いし、人の姿なんてある訳がない。


 あるのは地面に突き刺さった岩と花束のみ――

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