42.姉として、妹として

 かつらはリュウに呼びかけた。

「他に汚れものがあったら持ってきて。一緒に洗濯しましょう」

「うん」

 リュウはバケツに布を入れるとバラックの外に向かった。便所の隣に手洗い場があるのだ。

「洗濯板や石けんはあるかしら」

「ちょっと待って」

 カイはバラックの奥に入っていった。康史郞こうしろうが後を追う。廃材を持ち込んだらしき畳の上に布団が二組敷かれており、ここで八馬やま廣本ひろもとが寝起きしていたのだろう。ゴミ箱代わりの木箱の中に酒やヒロポンの空き瓶が投げ込んである。

「ここも掃除しないと駄目だな」

 あきれたように腕を組む康史郞にカイが呼びかけた。洗濯板の入ったタライを持っている。

「康史郞、こいつを姉さんに渡してくれ」


「この布、カーテンだったのかしら。かなり上物よ」

 洗濯を始めたかつらは、生地を傷めないようにしながら埃を落としていく。そこに風呂敷包みを持ったリュウがやって来た。

「この布を洗ったら水を取り替えるから、もう少し待ってね」

 かつらは埃と汚れを落とした布をタライから取り出すと、リュウに呼びかけた。

「こっちの端を持って」

 リュウはおずおずと布の端を持つ。反対側を持ったかつらはそっと布を絞り上げると、リアカーの上に広げた。

「物干し竿がないみたいだから、とりあえずここで乾かしましょ」

 かつらがタライに新しい水を汲むと、リュウは持ってきた風呂敷包みを開いた。

「僕が洗うよ」

 リュウが出したのは自分のもんぺやブラウス、下着だった。かなり破れや傷みがあり、外にはとても着ていけないだろう。

「康史郞のお姉さん、もし布が余ったら、継ぎ当て用にもらっていい?」

 リュウが服を洗いながら呼びかけた。

「もちろんよ。でも、家にある端切れで良かったら私が当てましょうか」

「いいの?」

 リュウは顔を上げる。

「康史郎が助けてもらったし。リュウさんも着替えは多い方がいいでしょ」

「ありがとう。康史郎に助けてもらったのはこっちの方だよ。あのさ、康史郎って家ではどんな感じなの?」

 かつらは微笑した。

「私が働いてる間、夕ごはんの支度や洗濯をしてくれるの。本当に助かってるわ。もう少し勉強が出来れば言うことないんだけど」

「そうか、学校に通ってるんだ」

 リュウはうつ向く。彼女も本当なら中学生になれたのだ。かつらはあわてて呼びかけた。

「ごめんなさいね」

「いいんだ。康史郎は服に継ぎを当ててくれる人がいてうらやましいなって思ってさ」

「カイ君も、リュウさんのことを大切にしてくれる素敵なお兄さんだわ。康史郎にとっては亡くなった下の兄と同い年ね」

 かつらはバラックを振り返った。リュウは洗ったもんぺをたらいから引き上げる。

「アニキから、もう悪い奴に襲われないよう男の子のふりをしろって言われたんだ。でも康史郎は、僕が女の子だと分かっても変わらず話しかけてくれた」

「もしかして、康史郎のことが気になるの?」

 かつらの問いにリュウはうなずく。

「康史郎はあなた達が困ってないか、ずっと気にかけてたの。これからも仲良くしてね」

「ありがとう。でも女の子が『僕』ってやっぱりおかしいよね」

 かつらはためらうリュウを励ました。

「リュウさんが大人になるまでにまだ時間があるし、これからいくらでも変えられるわ。そうそう、身体とか下着のこととか、お兄さんには話しにくいことも相談に乗るからいつでも遊びに来てね」

 リュウはもんぺを絞るともう一度広げる。かつらはあることに気づいた。

「このもんぺ、裾上げしてあるわ。お母さんはリュウさんが大きくなるのを見越していたのね」

「……お母さん」

 リュウはもんぺを顔に押し当てた。ずっとこらえていた涙をもんぺが吸い取っていく。かつらはその背中に話しかけた。

「私の母も空襲で亡くなったの。もっといろんなことを教わりたかったわ。でも、生き残った私たちにできることは、母に教わったことを忘れず、みんなで助け合っていくことだと思うの」

 自分に言い聞かせるように話すかつらに、リュウが顔を上げて振り向いた。

「そうだよね、お姉さん」

 リュウはもう一度もんぺをタライに沈めた。

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