41.大掃除での発見
11月3日の月曜日は、明治節(明治天皇の誕生日。現『文化の日』)の休日だ。昨日カイとリュウに約束したとおり、
「折角の休みなのにすみません」
もんぺ姿のかつらが挨拶する。作業着を着た隆はかつらの下駄を見ると笑顔で言った。
「鼻緒、直したんだね」
「靴はお仕事の時に履くから、こっちにももう少し頑張ってもらうわ」
かつらは昨日カイから買った鼻緒をなでる。
「姉さんがサツマイモをふかしてきたから、片付けが終わったらみんなで食べようよ」
ほうきと雑巾の入ったバケツを持った康史郞が呼びかけた。学生服の半袖シャツに羊太郎の軍服ズボンをはいている。
「では康史郞君、道案内を頼むよ」
隆に促され、康史郞は先頭に立って歩き出した。
雑貨店の倉庫になっているバラックでは、高橋兄妹がリアカーに腰掛けて待っていた。
「鍵を開けるから待ってくれ」
カイが軍服のポケットから鍵を取り出してドアを開けると、ほこりっぽい空気が外に流れ出してきた。中には人ひとりが通れるほどの空間の左右に木箱が積み重なっている。
「これは確かに大変そうね」
かつらは肩掛けカバンから三角巾と前掛けを取りだした。
皆で木箱を外に運び出し、バラックの窓を開けると、かつらと康史郞、リュウは室内の掃除、隆とカイは外で木箱の中身の整理を始めた。
「ここの鍵は
隆がカイに尋ねる。
「ああ。先週警察がヒロさんと一緒に来て、中を調べていったんだ。その時にヤマさんとヒロさんの着替えを渡したら、ヒロさんが代わりに鍵をくれて『ヒロポン中毒を治して戻ってくるまで店を頼む』って言われたんだ。ヤマさんはここではもう仕事ができないって言ってるそうだから、店はヒロさんと俺たちで続ける事になりそうだ」
「それは良かった。刑事さんにも『私の怪我は廣本さんがヒロポンで幻覚を見て暴れるのを止めようとしたからだ』と言ったから、廣本さんが治療を受けてくれるなら喜ばしいことだ」
隆は手ぬぐいで額の汗を拭きながら答えた。カイは話を継ぐ。
「それと、京極さんに『迷惑かけてすまなかった、一日も早く帰ってこれるようにするから、それまで2人を助けてやってくれ』と伝えてくれってさ」
隆は手ぬぐいを肩にかけ直すと、自分に言い聞かせるように答えた。
「廣本さんに『話は分かりました。これから私たちもやり直すし、もう昔のことはお互い忘れましょう』と伝えてくれないか」
「分かったよ。でも、ヤミ市はもうじきなくなるって話だろ。そしたら俺たちどうすればいいんだろ」
カイは
「この倉庫を改装して店にするか、思い切って転職するか、ヤミ市のみんなで新しい市場を作るか、色々策はあると思うから、廣本さんが戻ってくるまでは相談に乗るよ」
「ありがとう。さ、もう一頑張りだ」
カイは木箱を持って立ち上がった。
一方、室内の掃除を進めていたかつらは、バラックの片隅に布のかかった物体が置いてあるのを見つけた。ずっとほったらかしだったのだろう。布には埃が積もっている。埃を払おうと布を持ち上げたかつらは驚いた。あわてて外にいる二人を呼ぶ。
「カイ君、隆さん、ちょっと来て」
床を拭いていた康史郞とリュウも集まってきた。かつらが布を持ち上げると、足踏み式ミシンが現れる。
「ミシンのことは誰も言ってなかったし、くず鉄としてもらってきたのかな」
カイが言う。
「かなり旧式だし、皮ベルトもなくなってるけど、まだ動きそうよ。隆さん、これ直せるかしら」
隆は首をひねる。
「ミシンは直したことがないからな。説明書でもあればいいんだけど。それに皮ベルトも調達しなければいけないし」
「姉さんの働く縫製工場に頼めばなんとかならない?」
康史郞の提案にかつらもうなずく。
「カイ君、頼みがあるんだけど、もし直せたらこのミシン、譲ってもらえないかしら。もちろんお礼はするわ」
カイは隣にいるリュウを見た。ミシンを覆っていた布に触っている。
「それじゃ、この布でリュウに新しい服を作ってくれないか。今の服は俺の学生服だし、そろそろ女の子らしい恰好をさせてやりたいんだ」
「アニキ」
リュウの声が震えている。カイはその肩に手を置いた。
「もう俺たちは居候じゃない。誰におびえることなくここで暮らせるんだ」
「ありがとう」
リュウはカイの手を握り、感極まったように目を閉じた。
「分かったわ。まずはこの布を洗濯しなくちゃね」
かつらは布を取りあげると言った。
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