43.これからの話

 かつらとリュウが洗濯をしている間、康史郞こうしろうとカイ、たかしはバラックの片付けを進めていた。木箱に入った雑貨を整理し、余った木箱は机代わりにするものを残して防空壕跡に運び込む。

「このズック、カイとリュウにどうかな」

 康史郞は木箱から出てきたズック靴を取りあげた。

「ヒロさんは、鍵をくれた時に『足りないものがあったら好きに使え』って言ってた。折角だから店番代としてもらおうか」

 カイはズックを見つめながら言った。

「ヒロさん、分かってるじゃないか。俺も店番すれば良かったな」

 康史郞は冗談っぽく笑う。そこに隆がやって来た。

「カイ君、洗濯物をどこに干せばいいか教えてくれないか」

「ヤマさんたちはいつもリアカーの周りに引っかけてたんだけど、今ミシンの布が掛かってるんだよな」

 カイは考え込む。康史郞が言った。

「家みたいに洗濯紐があれば中に干せるんだけど」

「麻紐で良かったらあるぞ」

「それなら中に引っかける場所を作ろう。カイ君、トンカチと釘を探してくれないか」

 隆は片付けで出来た空間を見つめた。

 カイと康史郞が麻紐をより合わせ、二重にしてから隆の打った釘の間に渡す。試しに洗濯物を干してみると垂れ下がることなく引っかかった。リュウの服だけではなく、カイの下着も干してある。

「これで仕事中に雨が降っても大丈夫だし、洗濯物も取られる心配がなくなったな」

 カイも満足気だ。

「みんな、遅くなったけどお昼にしましょう」

 かつらとリュウが戻ってきたので、皆は休憩を取ることにした。蒸したサツマイモと水筒のお茶という簡素な食事だが、働いた後なので何よりのご馳走である。

「これから君たちがここで暮らすとしたら、役所に届け出もしないといけないな」

「それがいいわ。配給や衣料切符がもらえれば今より暮らしやすくなるし、今度ヒロさんに会ったときに相談してみて」

 隆とかつらのアドバイスを、カイとリュウはうなずきながら聞いている。

「僕も康史郞がやってるみたいに、洗濯や裁縫、料理をもっと覚えたいな」

 リュウの言葉に康史郞が張り切って声を上げた。

「よし、じゃ頑張って教えるか」

「代金は払わないぞ」

 カイの突っ込みに一同は笑った。代わりに康史郞が尋ねる。

「それじゃ、今度古い毛糸の湯のしをしたいんだけど、湯のしの道具はないかな」

「明日私が繕い物を受け取りにお店に寄るから、探してもらえないかしら。もちろんお金は払うわ」

 かつらの頼みにリュウはうなずいた。

「分かったよ」

「しかし、まだヤマさんと組んでたヤクザがいるからな。もしかしたらここやお店、あるいは横澤よこざわ家に来るかもしれない。くれぐれも注意するんだよ。困ったらすぐ交番に行ってくれ」

「『まつり』のおじさんにも助けてくれるよう頼んでおくわね」

 隆とかつらの言葉を聞いた康史郞は考え込んだ。

「そうだよな。あの店はヤマさんの店だし、正式にヒロさんがもらったわけじゃないもんな」

「ヤマさん、これからどうなるんだろう」

 心配そうに目を伏せたリュウの肩にカイが手を置いた。

「ヤマさんには世話になったけど、どこかでやり直してくれればいいさ。それより俺たちがやり直さないと」

「うん、頑張ろう」

 リュウは顔を上げた。


 なんとか片付けも一段落し、かつらたちはカイとリュウに見送られて帰宅の途についた。

「ミシンの件、修理のめどが立ったらよろしくお願いします」

 かつらの言葉に隆はうなずく。

「もちろんだよ」

「ところで、今度の新嘗祭にいなめさい(現在の『勤労感謝の日』)、谷中へお墓参りに行く予定なのですが、隆さんもご一緒にどうですか」

「私がご一緒していいんですか」

 隆が問い返す。

「ええ、もうすぐ兄たちの命日なので」

「姉さん」

 康史郞は驚いてかつらの顔を見た。

「康史郞にも、隆さんにも、聞いて欲しいことがあるんです」

 かつらの目には決意が宿っていた。

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