ゆるキャラ決定戦 in アナザー武蔵野

まにゅあ

ゆるキャラ決定戦 in アナザー武蔵野

 大きな円卓を囲んで椅子に座る三つの姿と、一つの空席。

「ダイダラ、来ないね」トトロは黒い爪で円卓の上をコンと叩いた。叩くのはこれで百五十回目だ。

「お寝坊さんかな」アリエッティは上半身で円卓の上にもたれかかり、足をぶらぶらとさせている。

「もう昼過ぎだ。寝坊って時間じゃねえだろ。棄権ってことでいいんじゃねえか」武蔵野を代表するヤンキーであるムサシは、円卓に足を乗せながら手鏡でライオンのたてがみのような髪型をチェックしている。

 そんな見た目も性格もバラバラな彼らがこうして集まっている理由はただ一つ。

 武蔵野のゆるキャラになるためだ。

 ダイダラボッチも含め、この場に集まる彼らは予選、本選と、幾多の戦いを勝ち抜いてきた猛者ばかり。

 今日は決勝戦。

 彼らの中から、武蔵野のゆるキャラが決まるのだ。

 ゆるキャラを目指す動機はそれぞれ。

 トトロは豊かな森の大切さを訴えるため。

 アリエッティは小人のことをみんなによく知ってもらうため。

 ムサシはヤンキーが冷遇されない街にするため。

 そして、ダイダラボッチは今の武蔵野を壊して一から創り直すため。

 今日のゆるキャラ決定戦で、武蔵野の未来が決まるといっても過言ではない。

「おー、すまんの。遅れてしもうたわい」ダイダラボッチがいつもの巨体を百分の一スケールにしてやってきた。

「おせえぞ、じじい」ムサシの口が悪いのはいつものことだ。なにせ彼はヤンキーなのだから。

「ほっほっほ。すまんな、すまん。孫が体調を悪くして、看病をしておったのじゃ」

 予定よりも三時間遅れて、ようやく全員が集結した。遅れたのはダイダラボッチだけだけれど。

「じゃあ始めようか」トトロは円卓の上から手を下ろした。

「なんでテメエが仕切ってるんだよ」早速ムサシがトトロにガンを飛ばした。まだ戦いは始まっていないというのに。

「ケンカはよくないよ」アリエッティは円卓の上を駆けて彼らの間に割って入り、両手を広げる。

「そこの可愛いお嬢ちゃんに免じて、お主も矛を収めてやってはくれぬかの」

「もう、可愛いだなんて。アリエッティ照れちゃう」

 身をもじもじとさせるアリエッティを見て気がそがれたのか、「ちっ」とムサシは舌打ちして椅子の背にもたれかかった。

「今日の対決内容だけれど、これを預かっている」

 そう言って、トトロは円卓の真ん中に向かって一枚のカードを滑らせる。はがきほどの大きさをした白いカードには、武蔵野の青いロゴマークが描かれていた。

 カードは円卓の中央で静止し、ロゴが淡く青い光を放ったかと思うと、一人の少女の姿が立体的に映し出された。武蔵野の花であるアサガオで髪を飾り、小ぶりなバスケットを手に持った彼女は、武蔵野の現ゆるキャラ――むーちゃんである。バスケットの中身は「ヒ・ミ・ツ」と公式プロフィールに書かれている。

「こんにちは! 武蔵野のゆるキャラのむーちゃんです! 今日はむーちゃんの後輩が決まるということで、とてもわくわくしています。みなさーん、頑張ってくださいね! 応援してます!」むーちゃんの立体映像がウインクする。「勝負の内容はむーちゃんが決めました。では、早速発表しますね。だららららららら――」

 むーちゃんによる効果音とともに、ムサシの貧乏ゆすりが始まった。

「さっさとしろや」

 映像は録画であるため、むーちゃんにムサシの声は届かない。彼もそれを分かっていたが、言わずにはいられなかった。

「――じゃじゃーん。なんと対決内容は、リアルタイム人気投票です。これから一時間のライブ放送の中で最も視聴者からの人気を集めた者が勝者に――」

 ムサシは跳躍して円卓の中央に降り立つと、むーちゃんの立体映像ごとカードを踏みつぶした。

「ちょ、ちょっとムサシくん、いきなりどうしたんだい」トトロが焦る。

「どうしたもこうしたもねーだろうが。そこの爺が遅れたせいでとっくに放送時間は過ぎちまってるんだよ。リアルタイム人気投票はできねえ。だったらこれ以上、長ったらしい話を聞く必要なんてねえだろ」

「うーん、確かにそのとおりかも。――って、ちょっと待って。ライブ放送一時間って言っていたけど、まさかアリエッティたちがだらだらしていたところを放送されちゃったわけ?」アリエッティは頭を抱えている。

「それはないじゃろう。ゆるキャラは子供たちの夢でもある。それを壊すようなことはしないじゃろう」

「よかったー」アリエッティはほっと一息つく。「でも、だったらゆるキャラ決定戦はどうなっちゃうの? 延期して放送ってこと?」

「そんなまどろっこしいことやってられるっかってんだ」ムサシは円卓から飛び降りると、部屋の隅にあった電話をとってダイヤルした。

「決勝戦の内容だけどよ、こっちで決めさせてもらうぜ。――延期? ふざけんなよ。俺たちにもう一回足を運べって言うのか? ああ? それに放送の枠はどうするんだ。確保できてるんだろうな。できてない? そんなの話になんねえよ。こっちで勝負の内容は勝手に決めさせてもらうぜ。今から決着をつける。だからちゃんと部屋のビデオカメラで録画しとけよ。分かったな? おい、返事は? ――いい返事だ」

 受話器を乱暴に置いたムサシは振り返る。「てなわけで、さっさと決着つけちまおうぜ」

「ほっほっほ、若気サマサマじゃな」

「うっせーぞ爺。元はと言えばお前のせいだろうが」

「そうじゃったな。面目ない、面目ない」

「で、肝心の対戦内容だが、俺が決めさせてもらうぜ」

「何を勝手なことを言っているんだい」トトロが円卓に両手をついて立ち上がる。

「勝手? 人生勝手に生きなくてどうするんだよ。あ、お前の場合は獣生とでも言えばいいのか」ムサシは笑う。「それによ、俺のおかげでお前たちはここに二度足を運ばなくてよくなったんだぜ。対決の内容を決めるくらいの褒美が俺に与えられてもいいだろうよ。安心しろ、みんなに平等な内容にするからよ」

「……信じられないよ」

「なら、そうだな。もし内容が気に食わないようなら反対してもらって構わないぜ。全員がオーケーした内容で勝負するってのなら、お前もオーケーだろ、トトロ」

 それでも渋い顔をしていたトトロだったが、少ししてゆっくりと頷いた。

「いいね、いいね。じゃあ言うぜ。対戦内容は、じゃんけんだ」ムサシは顔の横でパーを出す。「どうだ、反対の奴はいるか」トトロ、アリエッティ、ダイダラボッチと順に視線を送る。

「ふ、ふざけているのか、ムサシくん。じゃんけんなんて、そんなの……」

「そんなの、何だ、トトロ? 続きを言ってみろよ」

「……ただの運じゃないか。あみだくじと一緒だ。それで次のゆるキャラが決まるなんて、どう考えてもおかしいだろう」

「おいおい、まさかお前、運をなめてねえだろうな。結局のところ生きていくうえで大切なのは運だろうが。運が良けりゃあ、たいていのことは何とでもなるんだよ。運が悪い奴は何をしたって上手くいかねえ。それによ、俺たちはぶっちゃけエリートなわけだ。ここまで色んな戦いがあっただろ。他の種族の奴に比べて身体能力的に不利な場面もあったはずだ。だけど、それはここを使って」ムサシは自らのこめかみを人差し指で叩く。「――勝ち抜いてきたわけだ。そんな俺たちを測る物差しなんて、もうとっくになくなっちまってるんだよ。強いてあるとすれば、それは運だ。運がいいのか、悪いのか。それだけはまだ比べちゃいない」

「ほっほっほ、じゃんけんとは面白い。わしは賛成じゃ」

「アリエッティもそれでいいよ。不公平じゃないし」

「……分かった。じゃんけんにしよう」トトロもしぶしぶといった様子で承諾した。

「オッケー。じゃあ始めるぜ。最初はグー、じゃんけん――」


 ――ムサシさん、ゆるキャラ決定戦の優勝おめでとうございます! 今のお気持ちは?

 ――最高だよ、最高。

 ――今後、どのような活動をされていくおつもりでしょうか。

 ――まずはヤンキーが暮らしやすい街を目指して――。

 ムサシはテレビの画面を消した。

 棚の奥にしまっていた秘蔵のワインを取り出して、自らに乾杯する。

 本当にうまくいった――ムサシは誰もいない部屋で不敵に笑う。

 ムサシにとって、じゃんけんは結果の見えている勝負だった。運もへったくれもない。

 ムサシには催眠術の心得があった。じゃんけんの話を持ちかけたとき、ムサシは他のメンバーに暗示をかけた。彼がパーを出すという暗示を。顔の横でパーを出しながら視線を合わせたときのことだ。

「本当に笑えるぜ」

 じゃんけんの前から勝負は始まっていたのだ。ムサシは事前に決勝戦がリアルタイムで行われるという情報を仕入れていた。ダイダラボッチが大遅刻をしたのは孫の体調が急に悪くなって看病をしていたのが理由だが、それはムサシが今朝彼の孫に腐った食べ物を与えたためだった。

「結局のところ生きていくうえで大切なのは――ここなんだよ」

 ムサシは自らのこめかみを嬉しそうに人差し指で叩いた。

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