心を読む能力があるのに、彼が全くわからない。

鳳仙花

優位なハズの私は、今日もいじられる

 私には目下もっか、悩みがある。


 それは──


(あっ──! 水野みずのさん!!)


 この声の持ち主についてだ。


 と、それはともかく!

 すごく切羽詰せっぱつまったような声──緊急事態!?


 桜庭さくらばくん大丈夫!?


 そう思い、声を発した当人の方を見ると……。


「ぶっぶはっ!!」


 その彼は変顔をしていた。

 適切な例えが浮かばないけど……歌舞伎かぶきっぽいというか。

 不意をつかれ、思わず吹き出してしまう私。


 突如笑いだすヤバい女に、教室の注目が集まる。


「……水野。何か面白いことでもあったか?」


「いぇ、何もないです……すいませんでした……」


 笑われたり露骨に怒られたりこそしないものの、なんともわりが悪い。


 まぁ気まずいのは私だけであって、他の人はそこまで関心を寄せてないのだけど。


『眠たい』

『お腹すいた……』

『早く終わらないかな』


 少なくとも近場は、そんな意見が大多数かな。


 なぜそんなことが分かるのか?

 それは……私が、近くにいる人の心を読めてしまうからだ。


 悩みとは、まさにそのこと。

 そう、周囲の悪意にさらされて人間というものが信じられなくなったから──ではない。


 確かに、彼と出会うまで、ずっと人間不信だった。

 理不尽だ。こんな力、無くなればいい。

 他人の生々しい内心なんて知りたくない。

 ……もう、人と関わりたくない。

 不公平な現実をずっとずっと嘆いていた。


 だが……。

 進級の結果、彼と同じクラスになったことで、その嘆きは全く別のものになった。


 ◇


 高校生活にも慣れてきて、学年が上がったその日。

 登校すると、クラス替えの発表があった。


 普通ならドキドキするのかもしれない。

 お友達と一緒になっただとか、気になる人と離れちゃっただとか。


 でも、私には関係ない。

 この読心能力のせいで、友達どころか、交友関係がほぼほぼないのだ。


 これでも以前は人を信じていた。

 でも、そのたびに裏切られてきた。

 人の心は移ろいやすい。

 裏切られるくらいなら、最初から独りぼっちでいる方がマシ。


 そんな風に、斜に構えていた。


 クラスが替わってもそれは変わらない。

 今年度は担任の意向か、最初に簡単な自己紹介をという流れになった。

 が、良くも悪くも私は無難に一言だけ喋って終わりになるだろう。


 他の人に興味を持つことなんてないし、私に興味を持たれるのも面倒くさい。


 順々に紹介してゆくクラスメイトたちを、ただボーっと眺める。


 大して変わったことがあるワケでもなく、順番は私の隣の男の子の前まで回ってきていた。


 隣の席の男の子。

 今回のクラス替えで初めて一緒になった人。

 これまでの人となりは知らないけど……。

 なんというか、クールで知的な感じ。

 表情もそうだけど、聞こえてくる心の声もそうだ。


 外見通り、真面目とでもいうのかな。

 どうやら自己紹介の内容を心の中でリハーサルしているようだった。


 納得がいかないのか、何度も繰り返しチェックしている。


(ん~……さて)


 どう紹介するのか今一つ決め手に欠け、悩んでいるらしい。

 罪悪感というか……私も聞きたくはないんだけど、距離が近いせいで自動的に聞こえてしまう。本当、ずっと垂れ流しなんかじゃなくてオフに出来ればいいのに……。


 プライバシーを侵害して、ごめんね。


 申し訳なさから彼の方を見るが、伝わるはずがない。


 その顔は真剣そのもの。

 この自己紹介は余興みたいなものなのに、全力でのぞむようだ。


(よし……! ──ショートコント・芋煮会いもにかい


「ぶふっ!?」


「……水野さん? どうかしましたか?」


「い、いえ! ちょっと虫が飛び込んできて!」


 いぶかる担任の先生やクラスメイトに対して、咄嗟とっさに誤魔化す。


 ──なに今の!? ショ、ショートコント!?


 突然いた私に、隣の彼はクールかつ心配そうに声をかけてくる。


「虫……大丈夫?」

(びっくり栗きんとん!)


「ぅぶっ!?」


「──水野さん?」


 …………。


 それから放課後。


 なんとか私は持ち直し、無難に一日を過ごしていた。

 自己紹介のアレは、恐らく事故のようなものだろう。


 今日は大人しく帰って、また明日から──


「……あの、桜庭くん。帰らないの?」


 心機一転、なんて思ってたのに。

 隣の席の彼──桜庭くんがこちらを見ていた。


「いや……大丈夫かなと。虫だっけ? かなり、うろたえてたみたいだったから」

(純粋に心配。決してフラグ建築を狙っているわけではないよ)


「ふ、フラグ!?」


「……ん?」

(あれ、なんだろう。俺の考えてることをそのまま口にした……?)


「な、なんでもないから! 心配してくれてありがとう!」


「…………」

(貴様ッ!! 見ているなッッ!?)


「ぴぅっ!?」


「……えと、まさかだけど、水野さんってテレパスとかサトリとか、そんな感じ? 冗談半分だったんだけど……」

(そうだったら、どう呼ぶのが正解なんだろう。テレパシスト? うーん……サトリスト?)


「サトリストは無いんじゃないかな? ──あっ」


「うん……これだけ綺麗に【語るに落ちる】人、初めて見た」

(水野さんって天然だね?)


「うぅう……進級初日から、やらかしたぁ……! さ、桜庭くん、このことは、他の人には……」


「別に言うつもりはないよ」

(言いふらしても仕様がないし)


「ほ、ほんと……?」


「あ、でも」

(そうだ。条件でも付けようかな)


「じょ、条件!? そ、その……エッチなことは勘弁してほしいというか……」


「むっ、その手があったか」

(そっちは失念してた。友達になってくれない? ってだけなんだけど、失敗したな)


「失敗!? な、無しで! エッチは無しで! ──って、友達??」


「そうそう。席もせっかく隣だし、仲良くするに越したことはないかなと」

(仲よき事は、美しきかなbyバイ俺)


「それ桜庭くんが作った言葉じゃないよね!? って、そうじゃなくて……えっと、私のこと気持ち悪くないの? 普通、心が読まれるなんて知ったら、嫌がって離れていくと思うんだけど……」


「ん? テレパスのことなら特に。全然気持ち悪くないよ。それどころか水野さん、可愛いし」

(多分いい子だし面白いし)


「かわっ!? それ心と言葉、逆じゃない!?」


 唐突にめられてしまい、免疫のない私は赤面する。


「おっと、俺としたことが。それはともかく、これからよろしくね」

(なんならさかずきでもわす?)


「よ、よろしくお願いします……?」


 桜庭くん独特のペースに呑まれ、気づけば私は承諾していた。


 ◇


 そして現在。

 友達になってからも彼に振り回され続け……。


 今に至る。


 先ほど授業中に変顔で笑わされた報復もしたのだが──


「水野さん、涙目でポカポカ叩いてくるの、小動物みたいで可愛いね」

(癒されるなぁ~)


 全く取り合ってもらえなかった。




 それから放課後。

 帰る準備をしようと荷物をまとめていたら、いつかの時のように桜庭くんがこちらをジッと見ていた。


「えっと……桜庭くん、どうかしたの……?」


「…………」

(水野さん、良かったら一緒に帰らない?)


「いいけど。声に出したら?」


「…………」

(早いし便利。とても楽)


「これ、ハタから見たら私が独り言をつぶやいてるだけなんだけど……」


 そんな、携帯電話代わりの便利ツールっぽく使われても……。


「それもそっか。ごめんね」

(料金の要らない携帯電話っぽくて、つい)


「本当に携帯電話代わりに使ってた!?」


「うん」

(というか同じこと考えてたのか。以心伝心とはこのことだね。まあ、文字通り心の会話だし)


「いやそれ一方通行なんですけど」


 こんな人、今までいなかった。

 心を読まれるのを嫌がるどころか──逆に活用して色々なアクションを起こしてくる。


 さすがにこれは、後にも先にも桜庭くんだけだと思う。こんなクレイジーな人も、そうそういないしね。


「失敬な。俺は変人じゃないよ」

(ちょっと笑いが好きなだけの──お茶目な忍者さ)


「えっ、読まれてる!? ま、まさか桜庭くんも実は心が読めるの!? あっ! 忍法にんぽう!?」


 実は同類だった!?


「いや、そんなことはないけど。水野さんって、すごくわかりやすいし……」

(顔に書いてるってくらいストレートだし……)


「か、からかわないでよっ!!」


「からかってるわけじゃないんだけどね」

(どちらかというとピュアピュアな反応の水野さんにキュンキュンです。ごっつぁんです)


「!?」




 そんなこんなで、私たちはワイワイ言いながら一緒に学校を出た。

 実は彼と一緒に帰るのはこれが初めてではない。


 友達になってからは度々たびたび誘ってきて──他の人なら即お断りなのに、なぜか誘われるたび、一緒に下校している。


 なんとも不思議な距離感だ。

 ……決して私のコミュニケーション能力に問題があるわけではない。



 そして帰りの道すがら。

 ソフトクリームの移動販売を見つけたので、物珍しさから立ち寄ることにした。


 今日は早い時間に学校が終わったのもあり、ゆったりとした心地で近くに設置されたベンチに腰掛ける。


 フレーバーのチョイスは、私がチョコレート、桜庭くんはバニラだった。


 隣に座った彼は、真剣な表情でソフトクリームを眺めている。

 桜庭くんって黙って見ている限りはすごくクールなのだ。


「桜庭くん、どうしたの? 実はバニラ以外が食べたかったとか?」


「……いや、バニラに文句があるわけじゃないよ」

(放課後デート、これで何回目なのかなって)


「デッ!? えぇえええ!?」


 すごくしょうもないこと考えてたよ!

 わかっているのに、毎度このクールな雰囲気に騙されてしまう!


 というかデート!?


「まあまあ。客観的に見たら、ってことだよ。付き合ってる云々は抜きにして、男女で出かけたらデートだとか、そんな軽い意味」

(深い意味でもいいよ。そうだ、よかったらバニラちょっと食べる?)


「深い意味っ!? あっ、バニラ食べたい」


「水野さんって、こういうところ率直だよね……」

(よし、餌付えづけポイント+1)


「餌付け……聞こえてるからね」


 そう釘を刺しながらも、バニラを一口いただく。

 うん、美味しい。

 適度に脂肪分が含まれていて、ふんわりとってもクリーミー。

 思わず顔が、ほころんでしまう。


 ……もうちょっと食べたいな。

 そう思って桜庭くんの顔を見ると、『どうぞどうぞ』と言わんばかりに頷いていた。


 桜庭くん優しい。


「なんというか──こうやって食べさせてあげるのって、絵面がちょっと背徳的だね」

(そして若干、官能的)


「かっ!? 桜庭くん! それ、セクハラ!」


「ごめんごめん。水野さんのピュアっぷりを見てると、つい」

(心の声でセクハラか……テレパシーセクハラ? 新しいな!)


「新しい概念、つくらなくていいから……。もう、それ声に出してたら普通にアウトだからね?」


「なるほど……」

(つまり心の中だけなら水野さんにしか聞こえない。証拠も残らない。──ハッ! 完全犯罪!)


「完全犯罪って……。普通、殺人とかもっとシリアスな場面で使う単語じゃないの……?」


「シリアスかもしれないけど、殺人は決してカッコ良くないよ。少なくとも高尚ではないと思う」

(犯罪は犯罪。程度の差はあれど等しく悪だね)


「う、うん。突然シリアスというか、正論じみたコメントされると戸惑っちゃうんだけど」


「とりあえず水野さんが嫌がることはやめておくよ」

(とはいえ俺も男。できるだけ配慮はするけど、時には煩悩が頭をぎることもあると思う。そこは勘弁してね?)


「ぅ、そう真摯しんしに言われちゃうと、責められない……」


 私のためって気持ち、伝わってくるし。


「水野さんって良い意味でチョロいよね」

(チョロ可愛いよね)


「良い意味でって付ければ何でも褒め言葉になるわけじゃないからね!? もう! いつも、か、可愛いとか! もしかして私のこと好きなの!?」


 恥ずかしさから、支離滅裂しりめつれつな質問を桜庭くんに投げかけてしまった。


 さすがに『私のこと好きなの?』は子どもっぽすぎる。

 訂正を──


「そりゃ好きだけど」

(めっちゃ好きだけど)


「えっ?」


 ???


「しまった、フリーズした。よし──ここは強制再起動!」

(……きこえますか水野さん……桜庭です……今……あなたの心に……直接……呼びかけています……告白です……桜庭くん大好き、と言うのです……)


「さ、桜庭くん大好──って危なっ! 心の声を利用して洗脳しようとしないで!?」


「あと一歩……!」

(惜しかった!!)


「桜庭くん怖いよ!? というか、本当に私のこと好きなの……? え、どこか好きになる要素ってある?」


「水野さんってテレパスのせいでかなり疑心暗鬼だよね。そんなの、いくらでも言えるよ」

(可愛いところ純粋なところ、素直なところ快活なところ、健気なところ──)


「待って待って! もういいから! 恥ずかしいから! そんな……可愛いとは言ってくれてたけど、好きって言われるのは今日が初のような。えと、それっていつから?」


「恥ずかしいってわりには、根掘り葉掘り聞いてくるね。全然構わないけど。友達になって、一番最初に一緒に帰ったあたりからかな。ついでにキッカケも言おうか?」

(ほら、水野さんって最初のころ、なんか悪ぶってるというか、いじけた感じだったじゃん? それ見てると傷ついた捨て猫を連想しちゃってさ。この子が笑ったらどんな笑顔なのかなって。で、笑った時の顔が思ったよりも素敵で──)


「わあぁあああ! もういいから! 桜庭くん、私のこと恥ずかしさで殺す気!?」


 顔から火が出そう!


「まあ要するに、水野さんは保護猫ってこと」

(恐らく心無い飼い主──女子のドロドロした心の声だとか、男子のギラついた下心に傷ついて、捨てられた感じなのだろう。うーん、つらい境遇を茶化すようで悪いとは思うんだけど、そこすら水野さんの魅力に思えてしまう……)


「ほ、保護っ? というか、過去のことを見てきたかのように……ハッ! やっぱり桜庭くんも心の声が──」


「聞こえないから。でも聞こえなくても以心伝心だよ」

(だから水野さん、テレパスがあるからって後ろめたい気持ちにならなくていいよ)


「さ、桜庭くん……」


「少なくとも、嫌がらない人間がここに一人いる。それで──満足できない?」

(……さあ……水野さん……今こそ……告白です……桜庭くん大好き、と言うのです……)


「う、うん。まさか本当に嫌がらずに接し続けてくれる人がいるなんて……嬉しい。桜庭くん大好き。──あっっ!!」


「俺も水野さん大好き!!」

(ひゃっほう!!)


 ノーカウントとして仕切り直しを要求しようと思ったけど……よくよく考えると、どうも私も桜庭くんのことが好きなようだった。


 結局、そのまま彼とお付き合いすることになる。


 だが、一緒に帰り道を歩いてるときに、しみじみ思った。

 こんなの不公平だ。

 私は彼から一方的に心の声を読まされ、いじられ続けるのだろうか。


 ちなみに今は、いくらかの会話のやり取りの末──手をつながれている。


 恋人なら手を繋いで当然、だそうだ。


 神様……お願いです。

 せめて、桜庭くんに私の心を読む能力をお与えください!


「いや、水野さんに限っては十分じゅうぶんわかるから、俺にテレパスは必要ないんだけど……」

(そもそも以心伝心って何度も伝えてるし……)


 えっ!?


「ほら、素直というか今の驚愕きょうがくも表情に出まくってるし。これ前々から思ってたけど、その辺はあまり自覚ないよね」

(でもそこも可愛くて良き)


「!?」

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心を読む能力があるのに、彼が全くわからない。 鳳仙花 @syamonrs

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