御花揃え

 時しもみかどにおかせられては御花揃おはなぞろえを催されるとあって、お召しにより宮中に人々が集められ、中納言殿も御参内ごさんだいになる。みかどは中納言殿をお傍召ちかづけになり「並べてならぬ菊の花を揃えてまいらせよ」と綸言みことのりあるので、やしきの姫がでる美々しきあの菊をまねばなるまいかと中納言殿は心疚こころやましくお思いになりながらも、「格別の菊をお持ち致しましょう」とおけ申されて御退朝ごたいちょうになった。


 さて、その日の暮相くれあいやしき西対にしのたいおとなわれた少将はいつもたがうてうちしおれたる御様子で、世の中の空しく儚い徒事あだごとをあれやこれやお話しになるうちにもなみだぐまれるので、姫君は「どうなさったのです、何事か思いわずらうてお出での御様子。どのようなことをお考えでございましょう、心を残さず何なりとお話し下さいませ」と通宵よどおしお案じ遊ばすので「最早、何事もかくさずにお話し申し上げましょう。お目に掛かるのも今日で最後となってしまうのです。どんな末の世までも、何としてでも貴方とご一緒に在りたいという想いも、皆、無益むやくなものとなってしまったことの何と悲しいことでしょうか」と潜然さめざめなみだされるので、姫君は「これは何ということでありましょうや、『末までも……』と言われた吾君あがきみを深くたのみに思うておりましたのに、その御身おんみが私に如何いかにせよとて、そのように言われるのですか。どのような野の果て、山の奥までもお連れ下さいませな」と声も惜しまず御哀訴おうったえになるものの、少将も「我が意のままにならぬことなのですよ」と、左右とかく慰撫いたわりの言の葉とて遊ばされない。


 ややあって少将はなみだの途切れるひまを見付けて「今はもうおいとま致しましょう。決して、決してお心差こころざしお忘れ下さいますな。私も貴方のお心差こころざしをいつまでも忘れません」などと言われてびん御髪おぐし一茎ひとくきお切りになり、下絵したえを透かした白薄様しらうすように押しくるんで「しも思しいだされるようなことがあれば、これを御覧ぜられますように」と姫君に差し上げた。また「御腹おなか嬰児みどりごのこし置きましたので、呉々もご大切にお育てになって、私の忘れ形見とも思し召し下さい」と言われるとなみだもそのままにへやまか退き遊ばす。姫君も御簾みすかたわらまで人目に付かぬようお出ましになって見遣みやりなさるけれど、庭のまがきほとりたたずんでいらっしゃるかと思われた少将の御姿はもう見えなくなっていた。


 こうして晨明あさけを迎えると、菊の花は御父君の中納言殿によって宮中にまいらされ、叡覧えいらんきょうしたのであった。みかどはこの菊への御撼ぎょかん甚だしく、いつまでもこれを御賞美遊ばされた。

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