バンブーエルフvs鏖殺猩猩

砂塔ろうか

決戦!vs鏖殺猩猩

 宴の最中、バンブーエルフの戦士クィリは懊悩していた。

 本当に、俺はかの災厄を退けられるのだろうか――。


 話の起こりは五日前に遡る。その日、村の巫女セーニャは人々に予言をもたらした。曰く、これより七日後、村に恐るべき災厄――殺戮猩猩が来ると。

 殺戮猩猩とはこれまでにいくつもの村々を血祭りに上げてきた恐るべき獣である。およそ500年に一度のペースで出現するとされ、一度出現したならば、その地域一体のエルフたちを滅ぼし尽くすか、あるいは猩猩自身が殺されるまで止まることはないと言う。

 また、その肉は頑健なことこの上なく、とても食べられたものではないらしい。その上、いかなる理由か、皆が目を離した隙にいずこかへと消えてしまうのだとか。ゆえに、糧とすることもままならない。

 良いことなどなにもない。まさに災厄。

 ――だが、もしも彼らバンブーエルフ村の者たちが殺戮猩猩を討ち取ったならば、……この地域一帯における彼らの権力は磐石なものとなるだろう。

 バンブーエルフ村の周囲にはミントエルフ村、葛エルフ村がある。これら三つの村は互いの象徴植物シンボル・プラントを用いた領土争い――陣取りゲームを繰り広げており、ひとまずの休戦協定こそ結ばれたものの、未だ緊張状態が続いている。


 そこに、この殺戮猩猩である。

 先述の通り、殺戮猩猩は周囲一帯を皆殺しにする。巫女の予言によれば、此度の殺戮猩猩、最初に出現するのはこのバンブーエルフ村の祭壇であるという。

 ここで彼らバンブーエルフが勝利したなら、バンブーエルフはミントエルフ、葛エルフたちの命を救ったことになる。敵対しているとはいえ、命を救ってもらってなお強く出られるほど、ミントエルフも葛エルフも恩知らずではない。

 バンブーエルフたちが今後の陣取りゲームを優位に進められるようになるのは確実である。


 ゆえに、バンブーエルフの戦士たちに撤退の選択肢はない。女子供を安全圏に避難させる一方で、彼らは着々と準備を進めてきた。殺戮猩猩を確実に殺すための準備を。

 伝承にある情報、巫女によってもたらされた神託をもとに罠を張り、戦術を構築し、戦士たちの戦力レベルの向上に努めた。

 できうる限りの最善を、彼らは尽くしてきた。そうして今日の、戦勝を祈願する宴の日を迎えたのだ。

 村の中心、翌々日の朝に殺戮猩猩が現れる祭壇の前では、巫女が舞を披露している。露出の多い衣装に身を包んだ巫女セーニャは戦士クィリの幼馴染である。

 そして、幼少の時分、何があっても守ると誓った相手――。

 まだ年若い少女の艶やかながらもどこか神々しい舞を見ながら、クィリは悩みを押し流すため酒を口にする。

「……ぐっ! げほっげほっ!」

「おいおいむせてんじゃねえよ。クィリ! ったく、慣れてないんなら無理して飲まなくてもいいだぜ?」

 顔を赤く染めた戦士の青年がクィリの背を叩く。彼の名はサニァ。

 クィリに戦士のいろはを教えた、言うなれば師匠にあたる男だ。

 そして、弓術、軽業、罠の作成や毒の調合、バンブーエルフの友たる大熊猫の調教、さらには象徴植物シンボル・プラントの扱いに関しても村で一番の――戦士たち皆が憧れる存在である。

 彼は髪をかきあげてクィリに語りかける。

「安心しろクィリ。お前ならやれる。それはこの俺、英雄サニァが保証する――だから、お前は、なにも心配しなくていい。信じてくれ。この俺の言葉を」

「…………ああ。分かったよ、サニァ」

 巫女には戦士たちの戦う姿を最期の瞬間まで見届ける義務がある。ゆえに、セーニャは殺戮圏内から避難することが許されない。

「俺はぜったいに、村を、セーニャを守ってみせる」

 そも、クィリはそのために戦士になったのだ。

 巫女であるがゆえに、戦場にいることが義務付けられている幼馴染、セーニャを守るために……。


 決戦のときはあっさりと訪れた。

 開戦を告げるのは、遥か高く、炎纏いて天上より降り来たる一体の猩猩――否。彼らバンブーエルフは知らぬことであったが、これは厳密に言えば獣にあらず。

 鋼鉄の身と真紅に輝く瞳を持つそれは自律駆動型のロボットだ。

 対侵略型植物用耕作機械Or-179――それが殺戮猩猩の正式名称である。

 その巨腕は土を掘り起こし、竹や葛の根を一つ余さず取り払うためにあり、

 その開口部は侵略型植物を一編も遺さず燃やし尽くすためにある。

 脚部は戦車のごときキャタピラ式。

 その自慢の巨体で恥知らずにもどこまでも高く伸びゆく竹をへし折り尽くす。

 しかし、エルフの殺害は、Or-179の目的にない。

 Or-179はただ、規定範囲内の土地を正常化するのみであり、その正常化ルーチンに、エルフたちが勝手に巻き込まれているだけである。


 そんなことはつゆ知らず、バンブーエルフたちは殺戮猩猩ことOr-179に襲いかかる。

 ある者は特製の毒矢で赤く輝く目を狙い、あるものは首筋に取り付き、村一番の鍛冶師が作った槍の一撃を喰らわせる。またあるものは飼い馴らした大熊猫にまたがり、逐次攻撃をしつづける。

 あらかじめ、予想落下地点に掘っておいた落とし穴のおかげでOr-179の動きを止めることには成功した。しかし、バンブーエルフたちの攻撃はその大半が無意味である。

 彼らの弓では、鋼鉄の肌に傷一つ付けることは能わず。

 彼らの槍では、ケーブルの一本さえも切断できない。

 端的に言って、航空機を竹槍で落とそうとしているようなものだ。勝目はない。

 だが、それでも。永きに渡る殺戮猩猩との戦いの歴史の中には、エルフたちが白星を獲得した事例も存在する。それはなぜか。ひとえに、象徴植物シンボル・プラントの力によるものである。


「青き竹よ、災厄を縛れ!」


 過去の伝承にはこうある。

 殺戮猩猩を竹でぐるりと囲み、包み、身動きを封じた上で、ひたすら口に竹を押し込んだら勝てた――と。

 そんな単純な手が通用するのか――半信半疑ではあるが尋常の手段が一切通じぬ以上もはやそうするよりほかにない。サニァの号令とともに、操竹師たちが村の竹全てを投入してOr-179の破壊に取り掛かる。すでに落とし穴で身動きはある程度封じている。あとは腕で地面を掘らせないようにすれば木偶でくも同然。

 ――しかし、彼らは知らなかった。このOr-179がかつての敗北データをもとにアップデートされた、改良型であることを。


 はじめの異変は煙だった。そして、バンブーエルフたちがその煙の正体に気付いた頃にはもう、すべてが手遅れだった。


「なんだとぉっ!? これは……火!?」

 Or-179は表層部に空いた極小の穴から可燃性ガスを噴霧し、電気によって火花を起こしたのだ。それによって起こる炎はOr-179を縛りつける竹を包み込み、――ボン!と弾けさせる。

 竹の幹にあたる部位――かんは内部が空洞になっている。当然そこには空気が詰まっており、火で炙れば内部の空気が膨張、破裂する。

 それが、同時多発的に発生した。重なり合った破裂音は耳を劈く。

 この日のために鍛えられた戦士たちといえども、この音は堪えた。

 ゆえに、隙が生まれてしまう。Or-179が自由を獲得するに十分な隙が。


「――おい! まずいぞ! 土を掘って、坂を作りやがった! こっちに上がって来る!」

「くぅ……! ならば竹柵を作れぇ!」

「だめだ! 触れたそばから燃えちまう!」


 数々の方策を試すも、すべてが無意味だった。そうこうしてるうちに、バンブーエルフ村の約7割以上が耕作されてしまう。戦力として使える竹ももう残り僅かだ。

 燃やされた竹の中には、まだ地下茎と繋がっているもの――すなわち操れるものもある。だが、強度に不安が残る。

 それでもまだ、希望があるとするならば死傷者が0であることだ。早々に象徴植物を中心とする戦い方を選択したおかげで、常に距離をとって戦うことができた。Or-179の性質上、腕の届かない場所にいる限り、負傷することはない。

 だが、このままではジリ貧だ。勝機はない。


「クソっ……あの炎の盾さえなければ……」


 隣でサニァが嘆くのをクィリは聞いた。それは事実上の敗北宣言も同然である。

 ――本当にもう、打つ手はないのか?

 クィリは考える。サニァに比べればあまりに未熟な思考回路で。観察に観察を重ね――そして一つの事実に気付いた。

「サニァ……その、右腕の部分だけ、竹をぶつけても燃えてないように見えるんだけど」

「ん? ああ……これは予想だが、おそらく、あの殺戮猩猩は身体の表面から油のようなものを出しているんだろう。だが、右腕の方は油を出すための穴がなにかで塞がっているんだ。きっと、灰や割れた竹の破片が邪魔をしているんだろうな」

 村の英雄の名は伊達ではない。サニァの推測は概ね間違いではなかった。訂正すべき箇所があるとするならば、Or-179が竹の燃焼に使用しているのは油ではなく、ガスであるという一点のみ。

「それなら……サニァ、俺が戻るまで、全力で逃げ続けてくれ! きっとすぐに戻るから!」

「なっなにか考えがあるというのか! クィリ! おい! どこへ行くんだ! クィリ!」

 サニァの制止も聞かず、クィリは殺戮猩猩とは反対の方向へと駆け出して行った。

「……なに考えてるんだ、あいつは」

「怖気付いて逃げたんじゃねえですか」

「なんて奴だ。戦士の風上にも置けぬ」

「サニァ、臆病者のことなど放っておけ。我らだけで巫女さまをお守りするのだ」

 戦士たちが口々にクィリを罵るその中で、巫女セーニャは幼馴染の少年の名を呟く。

「……クィリ。私は、信じてますよ……あの約束を……」


 クィリが戦線を離脱したところで、何も状況は変わらなかった。

 灰や竹の破片で穴を塞いでしまえば、炎の盾は消える。そのことはサニァも理解している。だが、それを実行するにはあまりにも竹が足りない。当然、竹がないなら人や大熊猫を使えば良いなどとも言えない。

 ――せめて、無尽蔵に生えてくる草木があったならば、この問題も解決するのだが――。

 その時である。

戦士たちと殺戮猩猩との間に突如として、緑のカーペットが出現した。――否。それは植物。それは……

「ミント……!? まさか、」


「はっ竹使いの連中は情けねぇなぁ。まったくよう」

 ぞろぞろと隊列を作って戦場に現れたのは、ミントエルフたちだ。

「いやまったく。ミントの連中の言う通りよ」

 同時、殺戮猩猩の足元から太く大きな根が現れる。

麿まろら葛エルフが、窮地を救ってやろうぞ」

 扇子片手に現れたのは、葛エルフたちである。

「貴様ら……なぜここに……?」

 サニァの問い掛けにミントエルフの代表はクスクスと笑って応えた。

「いやなに、水臭いではないかバンブーエルフどもよ。この災厄は、我ら皆の敵。であるにも関わらず、自分たちだけで討ち取ってしまおうなどとは」

「ほほ。然り然り。……まあ大方、これを手柄とし麿まろらに恩を売る算段であったのであろうよ。小賢しいバンブーエルフの考えそうなことぢゃ」

「……だが、誰がお前たちを呼んだ……? 毎回毎回、我らが滅ぼされるのを待ってから参戦していたと、伝承にはあるが……」

「はぁ、はぁ……俺だよ。サニァさん」

 葛エルフたちの間を縫って現れたのは、クィリだ。

「なっ……クィリ!? お前、なぜそんなことを……! 土地は滅茶苦茶にされ、恩を売ることもできない……これでは我々は、ミントや葛の連中に搾取されてしまうぞ!」

「――それでも!」

 サニァの叱責の声に負けじと、クィリも叫び返す。

「それでも、みんな死ぬよりはマシだ……そうじゃないかサニァ」

 クィリの瞳に固い意志が宿っているのをサニァは見た。そして気付く、これが、彼の出した答えなのだと。

 彼が幼き日の約束を果たすには、これしかなかったのだと。

「……そうか。ああ、そうかもなぁ――よし! ミント、葛! 貴様らも手伝え! 総力戦だ!」

 サニァが号令をかける。こうして、戦況は一変した。


 殺戮猩猩の口に突っ込むのに、ミントや葛では強度が心許こころもとない。ゆえに竹は無駄に消耗せぬよう温存させる。その代わり、炎の盾対策はミントの燃えカスで行なう。行動の阻害については葛の出番だ。太く良く育った根は殺戮猩猩の足止めにうってつけである。

 そうして、半刻もするころには、殺戮猩猩は炎を生み出せなくなっていた。

 あとは当初の予定通り、開口部に全力で竹をぶちこむ。使用可能な竹の残量に不安が残る状態だったので、かき集めた竹の破片なども一緒に入れて、キャパオーバーを狙う。

 果たして、


『――行動不能。行動不能。機能を停止します』


 殺戮猩猩――Or-179は瞳の赤い光を消しさり、少しも動かなくなった。

 これにて、討伐成功である。


 祝勝会は、バンブー、ミント、葛の別なく盛大に行われた。また、三者が協力するきっかけを作ったクィリは英雄として担ぎ上げられ、この宴の中心人物として扱われた。

 嬉し恥ずかしで顔を赤くするクィリの姿を、巫女セーニャは微笑みの表情で見守っていた。


 ――ゆえに、彼らは気付かなかった。捕えた殺戮猩猩、Or-179の背部から、一体の類人猿が出て来たことに。

「第749回目の耕作作戦失敗。繰り返す。耕作作戦失敗。帰投を要請する」

 赤の毛並みを持ち、エルフたちとは異なる言葉を話すそれはサルだ。手が長く、全長およそ1.4メートル。

 そう、賢明なる読者の皆様であればもうお分かりであろう。オランウータンである。

 Or-179の内部に潜んでいたオランウータンは連絡を終えると宴で盛り上がるエルフたちを睨むように見つめる。その真意は今はまだ、誰にも分からない……。


「んん?」

「どうしたクィリ」

「いや、今誰かに見られたような――あ!?」

「誰かって誰だよ……ってぇ!? お、おい、みんな、見たか、今の。殺戮猩猩が、ひゅっと光に包まれて、跡形もなく消えちまったぞぉ!」

「おいおい酔ってるんじゃないかぁ? サニァよぉ……って。本当に消えてるじゃねえか!」

「キィィ――ッ! 麿まろの家宝にするはずだったのにィイ――ッ!」


 殺戮猩猩とバンブーエルフたちの戦いは、これからも続くだろう……。


(了)

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バンブーエルフvs鏖殺猩猩 砂塔ろうか @musmusbi

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