第941話 とんでもないレア種と13層で遭遇する件
そこはさっきと違って、空に厚い雲が掛かって薄暗いエリアだった。間違いなくゲートは潜ったので、ここは“津和野ダンジョン”の13層の筈。
ところが“神社エリア”にしては、深い山々の連なりしか窺えない。振り返っても山頂には神社の建物の影も形も見えなかったし、これはどうしたモノか。
その代わり、巨大な鳥居は山々の至る所に建っていた。それを指摘する子供たちは、やがてそれに法則的なモノを発見して家族に報告する。
つまりは、四方の山の麓の部分を囲むように、等間隔に鳥居が立っている感じ。その鳥居の中央は色んな色に発光しており、一瞬ゲートか何かに見えた。
それよりも、周囲のどこかから祭
つまりはその山の麓で、距離にするとたっぷり1キロ以上はあるだろうか。山の山頂から見下ろすハスキーは、思い切り警戒模様でまるで敵対行動を取っている感じ。
それに釣られて、護人も自然とそちらに注視する……そこまでの道のりは、真っ直ぐの階段がご丁寧に
ただし、先ほどの鳥居のトンネルを進むより異質な感情が湧き起こる有り様。
「山頂から降りるルートは、この真っ直ぐな階段だけだねぇ……さっきまではくねくね折れ曲がった山登りルートだったのに、この先に何があるんだろうね?
ってか、ハスキー達も思いっ切り警戒してるし」
「あの発光している大きな鳥居、ひょっとして結界とか封印の類いなんじゃ……階段を降りた先の麓の部分、何だか凄い違和感があるかなぁ?
えっ、あっ……今そこが動いた気が」
「あっ、麓にこんもり小山があると思ったら……あれって生き物だ、動いてるよっ!」
そんな子供たちの驚き声に反応するように、その小山はゆっくりと動き始めた。ソイツは、こんな離れた場所からでも容姿がハッキリ分かる程には巨大だった。
赤く光る球体が、唐突に幾つか小山の周辺から湧き上がる。それがゆっくりと浮上して行き、それが巨大な蛇型モンスターの双眼だと確認出来た。
蛇の頭は全部で8本あって、どれも馬鹿みたいに大きくて頂戴だった。尻尾も同じく8本あるその化け物は、日本神話に登場するヤマタノオロチに違いない。
周囲の山々と較べたら小柄に見えるが、それでも全長はゆうに100メートル以上あるだろう。ゴジラの最新版の体長がその位らしいので、ビルの破壊など楽々出来るサイズ感。
ちなみに初期のゴジラは50メートル程度で、それでも人間が倒そうと思ったら近代兵器でも無理な設定だった。探索者が幾ら人間離れしているとは言え、こんな化け物をどうやって倒せと?
ところがレイジーはヤル気満々で、早くも『活火山の赤灼ランプ』を取り出して臨戦態勢。8本の鎌首も、完全に全部がこちらを
「えっ、あのでっかい蛇さんと戦うのっ……ちょっと無茶なサイズ感じゃ無いかな、近付かれたらみんな一呑みされちゃうよっ!?
ってか、間違いなく今まで遭遇したどの敵より大きいよっ?」
「確かにな、ただまぁ……敵はあの1匹だけだし、みんなで力を合わせて倒すぞっ! ちなみにあいつは、『ライオン丸』チームが話題にしてたヤマタノオロチだろうな。
神話級の強敵だから、間違っても気は抜かないように。近付くのは俺だけで、ミケとレイジーとルルンバちゃんにフォローして貰おうか」
「えっ、そんな戦法なのっ……まぁ、空を飛べるのは護人さんだけだけどさ。アレに接近戦を挑むのも、確かに現実的では無いよねぇ」
そんな事を話し合う一行は、あの巨大な敵の取っ掛かりを求めて知恵を絞り合う。ただ、今の所は護人の言う戦法しか現実的に遂行は無理っぽい。
こちらの作戦中も、敵は当然待っていてはくれなかった……その威圧感は、何と言うか死を振り撒く殺戮マシーンのよう。進行先の樹々は、それを受けて腐るように
8本の鎌首を揺らしながら、その進行は意外と速度に乗っていた。それを見た来栖家チームの面々は、これは不味いと一気に危機感を
何しろこの頂上から、逃げ場は一切用意されていないのだ。
紗良もあの巨体を、《結界》防御で跳ね返すイメージは全く湧かないと早くも敗北宣言。つまりは、何とか途中で奴の進行を止めないと後衛陣は潰される運命に。
それを悟ったメンバー達は、姫香の号令で一斉に迎撃態勢を取り始める。まずは事前の準備を始めていたレイジーの、巨大な炎の召喚が鳥の形を取り始めた。
それは以前の“松江フォーゲルパークダンジョン”で散々に見た、フラミンゴにどことなく似ていた。ただしその体積は、両翼6メートル級と意外に大きい。
レイジーが召喚したのは、今回それ1匹でいつもとは違うなと思っていたら。何とその炎の鳥に飛び乗って、空へと飛び立つスーパーハスキー犬である。
それには見ていた子供たちもビックリ、ツグミとコロ助も母ちゃんスゲェと驚きの表情。そしてその隣に、ミケが《昇龍》で雷龍を召喚する。
そいつも体長10メートル超級と、過去最高に大きいかも。ただし相手のヤマタノオロチに較べると、10分の1でミミズと蛇である。
対比すると絶望感しか無いが、子供たちはこのニャンコに絶対的な信頼しか抱いてない。頑張ってとの声援に後押しされ、その雷龍を駆け上がるミケ。
どうやらこの
それから空を飛べないルルンバちゃんは、壁になるべく階段を中腹まで降りて行く構え。献身的なその行動に、再度の香多奈の頑張っての声援が飛ぶ。
そのスキル効果を受けて、魔導ボディが膨れ上がったように思えたのは気のせいか。もしそれが本当なら、末妹のスキル効果も随分と効果が上がっているのかも。
そんな魔導ボディも、敵のヤマタノオロチに較べると
それでも、来栖家チームの生存のための挑戦は始まりを迎える。
その一番手に名乗り出たのは、意外にも護人の『霊木の弓』での射撃攻撃だった。レイジーの炎の鳥と、ミケの雷龍に挟まれて飛ぶ護人はまるでヒーローのよう。
しかもアメコミ映画に寄ってる感も、無きにしも
とにかくまず第一に、家族だけは守らないといけない。そのためには、奴の前進を早めに止めて安全の確保が最低限のノルマである。
護人の『射撃』スキルは、容赦なく敵の巨大な赤い目玉を狙って放たれて行った。ところが敵は、巨体だけにそれに
それでも腹が立ったのか、威嚇するように8本の鎌首の動きが激しくなって来た。ちなみにこの8本首だが、何故かそれぞれ顔のフォルムが違う。
マムシの鎌首もあれば、竜のような形のもコブラのようなのまである。色合いも微妙に違って、この辺は神話に忠実と言うよりダンジョンのアレンジなのかも。
それが何の意味を持つか分かったのは、護人に続いてムームーちゃんが《氷砕》の大技スキルを放った際だった。これは幾分かダメージが入ったようで、怒ったレア種は反撃に転じた。
それが1本の竜タイプの首が放った、轟くような炎のブレスだった。危険を感じた護人と言うか、薔薇のマントは大慌てで急降下に転じる。
幸いにも、ミケとレイジーも左右に別れてこれを回避。とは言え、他の鎌首も毒霧を吐き出したりと徐々に
敵が巨体だけに、攻撃の範囲も馬鹿みたいに広いのが厄介だ。そんなヤマタノオロチだが、ミケの雷龍の雷攻撃によって何とか前進は止まってくれた。
続いてレイジーの火の鳥の、炎のブレスはやや火力不足で今一つ。ムームーちゃんも、懲りずに水の槍を放って敵の弱点属性を見極めようとしてくれている。
この辺は、幼児とは言え知能の高い種族だけはある。とは言え、強力な魔法を連発すると、さすがにMPが心許なくなってしまうのは致し方なし。
だからと言って、とても短期決戦など無理な相談。
「いいぞ、奴の前進がようやく止まってくれた……このままこの場所に釘づけにして、魔法攻撃でダメージを重ねて行こうか。
出来れば物理でも攻撃を加えて、首の1本でも斬り落としたいんだが。さすがに俺の武器じゃ無茶だよな、いや……理力を
そんな護人の独り言に、父ちゃんなら何だって出来るデシとのスライム幼児の励ましの念話が。子供に頼られるって、それだけで力が湧いて来ると言うモノ。
実際、魔法系のスキルを持たない護人には、《奥の手》で殴りかかるか『掘削』で敵を穴だらけにするしか攻撃手段はない。それがあの巨体に通用するか、それが最大の難点なのだ。
現状では、薔薇のマントは飛行能力を発揮するためにマントの形状を維持せざるを得ない。だからと言って、それを責めるのも酷だし現状の打開はこちらですべし。
そんな中、来栖家のダブルエースは体格差を物ともせずに炎と雷で攻め立て続けていた。ついでにミケの必殺技、『雷槌』と《刹刃》の複合技もヒットして敵は酷い有り様。
雷で出来た矢弾は、ミケのイメージにより2メートルサイズにまで巨大化している模様。それが数本、8つの鎌首の内の1本を狙い打ってグロッキーに追い込んでいた。
そしてレイジーも、《オーラ増強》で炎の鳥の
それを込みの逆襲の一撃は、8本首の内の1本をノックダウン!
「やった、レイジーが首の1本を倒したよっ……さすがウチのダブルエース、ミケももう少しでもう1本行動不能に出来そうかもっ!?
それにしても、サイズ感の違いが半端ないねぇ!」
「あっ、ミケが離脱してこっちに飛んで戻って来るね……多分MP切れかな、初っ端からスキルをバンバン使ってたし。香多奈っ、急いでエーテルの用意してっ。
あっ、代わりに護人さんがレア種にくっ付いた!」
後衛陣の言う通り、ミケはMP切れで来栖家の陣営へと大急ぎで戻っている最中。それをカバーしようと、護人がマントをたなびかせてヤマタノオロチのヘイトを取る。
その時、8本首の内の3本の瞳の色が赤から鮮やかなグリーンに変わって行った。何事かと警戒する一行だが、近場を飛んでいた護人の対応は一歩遅れてしまった。
その結果、ヤマタノオロチの棘の
近くを飛び回るコバエを始末して、レア種も満足した模様。瞳の色を赤に戻して、再びゆっくりと前進を開始するのだった。
その目的地は、最初と同じ後衛陣の居座る山頂に変わりなし。
――そんな戦場に、子供たちの絶叫が響き渡るのだった。
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