第938話 暴走列車に乗ってエリア渡りを敢行する件



 出て来た9層も、代わり映えの無い線路の景色……と思ったら、少々様相が違ってハスキー達も警戒している。何しろ、少し進んだ場所に既に駅のホームが見えているのだ。

 更にその奥には、列車を格納する大型の車庫まである模様。つまりはこの駅、恐らくだが終着駅って設定なのかも知れない。


 それが何を意味するのか不明だし、そもそも意味など全く無いのかも。或いは、さっきの香多奈の飽きたとの文句を、ダンジョンが敏感に拾った結果なのかも。

 口からおまかせを口走る末妹だが、さすがにこんな強制エリアチェンジは引き寄せる事は不可能だろう。ただの都合の良いシチュエーションと思いたいが、護人はそこはかとなく嫌な予感を感じていた。


「あの駅の奥にある灰色の建物って、列車の車庫で合ってるのかな、護人さん? って事は、ここは列車の始発か終着駅って感じ?」

「そんな設定なのかもな……ひょっとして、それに準じた仕掛けがあるのかも。そんな訳で、ここの探索は細心の注意で行おうか、みんな」

「了解っ、それじゃまずは、チラチラ見えてる敵の群れを倒しちゃおうっ! ハスキー達、頑張ってまずは敵の大掃除だよっ!」


 そんな末妹の調子の良い声援に、乗っかるハスキー達はこの層も絶好調。コロ助の『咆哮』から、寄って来た敵の群れを次々とチームワークで撃破して行く。

 注意してとのリーダーの言葉を受けて、無理をせずに敵をおびき寄せての撃破は本当にお利口さん。そして出て来る敵の数は、この層も20匹近くと本当に多い。


 どこにそんなに隠れていたのと、呆れ返る程の敵の密度である。姫香とルルンバちゃんも途中から参戦して、敵の間引きを手伝ってのスピードアップ。

 そうして5分も掛からず、近場の敵は全て倒した感触が。落ちてた魔石を拾い終わって、前衛陣はホームへ上って駅舎内をチェックする。


 そして衝撃と言う程でもないけど、ゲートがどこにも無いよとの姫香の報告に。だったらアッチかなぁと、香多奈が指し示すのは例の灰色の大型車庫だった。

 波打つ壁板で出来ているそれは、線路が車庫の奥まで続いてまさに列車の格納庫だ。試しに姫香とツグミで確認した所、確かにSL機関車が1台ほど格納されていた。


 それじゃあその乗客車両の中かなぁと、さっきの経験を踏まえて紗良も推測を口にする。ひょっとして、またプチ宝物庫があるかもと、末妹もテンションは高め。

 敵は全く見当たらないそうで、静寂に包まれた格納庫は何となくエモい感じ。そこを支配しているような、動いていないSL機関車も何となく格好良く見える。


 ところが来栖家の子供たちは、ゲートはどこだとか、いや宝物庫があるかもと騒がしくて情緒とは無関係。そして発見、宝物庫は無かったけど車両の1つに巨大な宝箱が。

 やったねと喜ぶ末妹は、それを開けてとルルンバちゃんに催促する。何とか車両に入り込めたAIロボは、罠の有無を確かめての開封作業。


「う~ん、大きさの割に鑑定の書とか木の実とか、魔玉(炎)とか小さいアイテムばっかりだねっ。魔結晶(小)があるけど、後は大したモノは入って無いかもっ?

 ……あれっ、今なんか動いたっ?」

「えっ、宝箱が動いたって事、香多奈? 宝物が入ってたし、そいつはミミックじゃ無いでしょうよ」

「いや、確かに動いたな……あっ、これはしてやられたかもっ!? この機関車、皆を乗せた途端に動き始めたぞっ!」


 ええっと驚く一行だが、時既に遅しで威勢よく鳴る汽笛とゆっくりと進み始めるSL機関車である。降りなきゃと慌てる末妹だが、巨大サイズのルルンバちゃんがつかえて誰も降りれないと言う悲劇が。

 その間にも、機関車は車庫を飛び出して徐々にスピードを上げて行く。そして再び汽笛の音が鳴る頃には、結構な速度に達している暴走SL機関車。


 こうなると、もう飛び降りるのは割と危険行為となってしまう。まぁ、ペット達の運動能力と探索者の運動神経があれば、何とか途中下車は可能かもだけど。

 そこまでして降りて、チームがバラバラになったり怪我をするのもちょっと馬鹿らしい。そう口にする護人に、確かにそうだねと悟った口調の子供たちである。


 要するに、この列車の旅の終着点が安全であれば文句は何も無いのだ。その確率は半々とは言え、必ず凶悪な罠があるとは限らない。

 それがダンジョンの面白い所で、実際に列車の速度も物凄いって程ではない。慣れた体感の速度は、精々が80キロとかその位ではなかろうか。


「あっ、あれが噂の津和野城なのかなっ? ちゃんと立派なお城だね、昔はあんな感じだったんだ……城下町も見渡せて、なかなか快適な列車の旅じゃない?」

「紗良姉さんってば、実は意外と肝が据わってるよね……私はこの速度で列車が壁に激突したらって、最悪の事ばっかり思い浮かべちゃってるよ。

 もしそうなったらどうしよう、護人さん?」

「そうだな、チーム所有の防御スキルを総動員すれば何とかなりそうではあるが……今の所、線路は途切れる事無くずっと続いてる感じだなぁ」


 列車の窓から乗り出して、ひたすら列車の向かう先を眺める護人は当然ながら超真剣。姫香の言うような未来になったら、即座に全員に指示を飛ばす心積もりだ。

 ところが、数分も長閑のどかな列車の旅が続くと、子供たちの緊張感はどこへやら。ハスキー達も暇だなって感じで、狭い車内を探索するが特に何も見付からない模様。


 そうして紗良と一緒に、外を流れる景色を眺め始める子供たち。列車は“汽車エリア”と“町エリア”の境目を通過中で、色鮮やかな大イチョウが見頃で香多奈も大興奮。

 夢中で撮影しているが、その姿には緊張感の類いは既になし。


 それは明らかに良くないのだが、そんな列車の旅もようやく終焉が見えて来た。そして護人が確認していた線路の先には、何と3つ目の“神社エリア”が控えていると言う展開が。

 何故それが分かったかと言うと、丁度SL機関車が向かう先に巨大な鳥居がそびえ立っていたから。その鳥居は、機関車が通り抜けれるサイズで中はゲート仕様だった。


 あっと思った時には、列車はその結合部に向けてまっしぐら。かくして来栖家チームは、期せずしてエリア渡りを強制的に行なってしまう破目に。

 ただまぁ、今回も家族チームは離れ離れにはならずに済みそう。




「あれっ、知らない内にゲートを超えちゃってたの、私達ってば。機関車はもう動いてないね、でも確実にゲートを渡った時の酔いをさっき感じたよねっ?

 あれれっ、ひょっとして機関車ごとゲートに突っ込んじゃった?」

「そうみたいだな、しかも“汽車エリア”から強引に“神社エリア”に結合部を渡って移動したみたいだ。つまりここは、10層目の“神社エリア”って事になるのかな?

 ちょっと周囲を見て回らないと分からないが、最悪の事態はまぬがれたみたいだな」

「ああっ、壁に突っ込むとかは無かったけど、ゲートには突っ込んじゃったってオチなのね。まぁ、無事に10層に到達出来て良かったって事にしておこうか。

 それじゃハスキー達、列車を出て外のチェックを始めるよっ!」


 そんな姫香の号令に、ヨシ来たとハスキー達は我先に列車を降りて行く。それから混沌とした周囲の景色を見て、何じゃコリャと言う表情に。

 その結合部は混沌としていて、崩れかけたコンテナが乱雑に幾つも小塔を造っていた。その反対側は、鳥居と石灯篭が乱立していて、お互いに領地を主張し合っている感じ。


 そして来栖家チームの気配に感付いたのか、まずは“汽車エリア”からオーク兵とオーガ獣人の混成軍が押し寄せて来た。10層ともなると、獣人軍に強敵のオーガまで混ざって来るらしい。

 それに感心しながら、姫香は前衛陣に倒すよと元気に声掛けをする。車両を降りて来た後衛陣からも、末妹の『応援』と護人の『射撃』の援護が。


 それに後押しされて、1ダース程度の混成軍も数分かけて倒し切る事に成功する。さすがにオーガまで出て来ると、そのパワーにこちらも慎重に対峙するしかない。

 それでも怪我人も無く戦いを終えて、姫香としては満点の出来ではあった。後衛からも、お疲れ様と温かなねぎらいの声が届いて、周囲の安全の確保には成功。


 それからドロップ品を回収して、改めて周囲を眺める一行である。末妹はせっかちに、『坊ちゃんズ』に担当区分の交換の交渉を持ち掛けていたり。

 そんな巻貝の通信機での我がままなお願いも、幸いにも聞き届けて貰えて何より。と言うか、『ライオン丸』と『坊ちゃんズ』の混成軍も、“神社エリア”の間引きには飽きていた様子。


 簡単にその提案に乗ってくれて、丁度エリアの結合部が近いからと二つ返事の有り様。これも来栖家チームの幸運力だと、良く分からぬまま褒められるミケであった。

 そうしてハスキー達は、満を持しての“神社エリア”へと足を踏み入れる。来栖家チームをここまで導いた、今は動かぬSL機関車も何となく満足そう。


 ただし、裏読みをすれば「俺の縄張りでこれ以上暴れんじゃねえ!」と放り出されたって気がしないでもない。その真意は、恐らく永遠に不明のままに違いない。

 それはともかく、新たな3つ目のエリアをズンズン進んで行くハスキー達。そして立ち塞がるのは、石灯篭のゴーレムや狛犬ガーゴイルなど硬い敵ばかり。


 それらを破壊して行く、コロ助と姫香のペア……姫香は『天使の執行杖』をハンマーモードにして、大振りの一撃で敵を仕留めて回っている。

 それをフォローするツグミは、慣れた様子で姫香との相性も当然バッチリ。茶々萌コンビは、やや無茶な『突進』を仕掛ける茶々丸を萌が上手くフォローしている。


「意外と数が多いな、硬い敵なら俺も前へ出ようか……おっと、戦闘音で茂みの向こうから追加のモンスターが寄って来たみたいだな。

 2号ちゃんは、後衛に回り込まれないよう注意してくれ」

「出て来たのは、あれは狸の獣人かな? 意外と体格がいいから、割と強そう……さすが、10層に出て来る敵って感じだねっ。

 だから、ヒバリには出番は無いよっ」

「うん、レイジーと茶々萌コンビが向かってくれたねっ。ヒバリちゃんは、先輩たちの戦いを見て学ぼうねっ」


 見て学ぶより実践派が好きな仔グリフォンだが、ミケお婆ちゃんの折檻せっかんが怖くて今の所は大人しい。そして幸いにも、前衛陣のフォローで後衛陣に出番は回って来ない模様。

 一行が今いる場所は、よく見るこんもりした田舎の山の中腹辺りだった。木とくいで造られた土がむき出しの階段が、延々と頂上まで続いている。


 それを頼りにここまで上って来た来栖家チームだが、途中の割と広い踊り場で待ち伏せに遭った感じ。雑草の生い茂るその広場は、まるで探索者用にしつらえた休憩所のよう。

 東屋まで用意されているが、残念ながら宝箱の類いは用意されておらず。そして再びの階段の登り口には、赤い鳥居がドンと立って目印の役割を果たしている。


 そんな広場での戦いだが、数分後には追加で出て来たタヌキ獣人を含めて全て討伐終了の運びに。毎回の回収作業とペット達の体調チェックを済ませ、小休憩の後に再び山登りを始める一行。

 何しろこの先は、恐らくだか中ボスの間に繋がっていると思われる。気は抜けないのは確かで、まだこの“神社エリア”の敵の分布も良く分かっていないのだ。

 その辺を確かめながら、探索を慎重に続けなければ。





 ――複合エリアの3つ目は、これまた癖が強いに違いない?







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