第923話 “松江フォーゲルパークダンジョン”も9層に到着する件



 召喚に見事成功した紗良だが、今回の探索から『天狗のマント』も着用している。これによって、簡易神通力や飛翔能力を得た訳だが、本人はそれを積極的に使う気はない。

 そんな危ない真似は、本当に命の危険にさらされた時だけ使用するべきだとは本人の弁。その時用に、たまに特訓で使い方を練習はしているみたい。


 何事も真面目な長女らしいが、空を飛ぶ快感には生憎と目覚めていない模様。それはともかく、カラス天狗のカー吉は飛翔能力も備えていて何だか格好が良い。

 このカラス天狗のカー吉だが、顔の部分は完全にカラスだった。それでいて子供サイズの体躯なので、見た目はあまり強そうではない。


 ところが前線に舞い降りたカー吉は、周囲の状況を一瞬で把握したようだ。懐から独鈷杵とっこしょを取り出したかと思ったら、破ァッと気合を込めた喝を周囲へと飛ばす。

 その一言で、何とハシビロコウの金縛りは解け去ってしまった。階層主のハシビロコウは、カー吉の気合いの喝入れに一瞬だけビクッとしちゃったりなんかして。


 或いはそのせいで、姫香やハスキー達の金縛りは解けたのかも知れない。詳細は不明だが、これにより戦いの形勢は完全に逆転してしまった。

 今までの鬱憤うっぷんを晴らすように、押せ押せムードで敵を蹴散らして行く来栖家チームの面々である。その過程で、哀れなハシビロコウもレイジーに斬り伏せられる流れに。


 その際も微動だにしなかった敵将は、ある意味アッパレな存在だったのかも。とにかく階層主が敗れた事で、周囲に揺蕩たゆたっていた暗闇も晴れて行ってくれた。

 そうして呼び出されたフクロウ獣人も、完全に恩恵を失って倒されて行くだけの運命に。かくして8層の戦いは、来栖家の辛勝と言う形で終了した。


 戦いが終わっても、ハスキー達は尚もプンプンして怒りが収まらない様子。ちなみにカラス天狗のカー吉は、役目を終えるとさっさと消え去って何とも要領の良い奴であった。

 呼び出した紗良も、あれっと言う表情だが役目は全うしてくれたので文句も言えない。とにかくまずは、前衛陣の体調チェックをしなければ。


「うん、大丈夫みたい……ただの金縛りで、呼吸は出来てたしダメージの類いは受けてないかな? 多分だけど、あれだけ元気だったしハスキー達も同じだと思うよ、紗良姉さん。

 茶々丸も萌も、気分悪いとか無いでしょ?」

「それなら良かったよ……みんなが急に動かなくなって、香多奈ちゃんが指摘するまで何が起きてるか分かんなかったもん。

 本当、召喚とのコンボが物凄く怖い階層主だったねぇ!」

「確かに、能力で動けなくして手下に殴らせるってのは、怖いコンボだったな。それより紗良の召喚だが、アレは一応上手く行ったのかな?」


 その護人の問いには、紗良ばかりか姫香も香多奈も答えられず。何だかソツなく自分の仕事はこなしてくれたが、勝手に戻ったりといまいち性格が掴めなかった印象。

 香多奈の《精霊召喚》と較べると、果たしてどっちが正しいスタンスなのかが分からない。末妹に召喚された精霊など、我がままで仕事が終わってもその場に留まる奴も多いのだ。


 そうして主のMPの限界まで居座って、自分の好奇心を満たしたりとか。要するに、召喚魔法ってのは一筋縄ではいかないスキルな気もする。

 それをかんがみても、取り敢えず今回は上手く行ったし良しとする事に。何しろあの時、範囲魔法をぶっ放して紗良がタゲを取ってたら酷い目に遭ってたかも。


 範囲魔法は強力だが、全ての敵を倒し切れる保証が無いのが怖過ぎる。そんな訳で、長女の性格も合わさってついつい自重してしまって使い所も回って来ないと言う。

 家族はそんな話をしながら、ドロップ品の回収と休憩を終えて移動を再開する事に。ちなみに階層主のハシビロコウは魔石(中)とブロンズ像をドロップしていた。


 洒落しゃれが効いてるのかは不明だが、確かに全く動かない敵はある意味新鮮だった。とにかく次は第9層目で、ゴールの10層はもうすぐだ。

 とは言え、このダンジョンは1層ごとに手強い階層主がいるので、中ボスに新鮮味はあまり無い。その分、1層ごとの間引きのやり応えは半端無い気も。



 そんな9層だが、もうさすがに動く歩道の仕掛けは出現せず。ありきたりの植物公園エリアで、これでまず出て来る敵は確定した。

 植物系のモンスターは、しかしその出現数は明らかに多くなっている。それらを、何の苦労もなく倒して行くハスキー達の剛腕振りはさすがの一言。


 それはともかく、この層ではウッドゴーレムより上位版の敵が出現していた。3メートル級のそいつ等は、ほぼ歩く木みたいな容姿でツリーマンと言った所か。

 パワーと体力はありそうだが、動きはのろいしレイジーの剣技の前では手も足も出ない雑魚ではあった。何しろ彼女のほむらの魔剣は、斬った敵を燃やしてしまえるのだ。


 それを見たツグミも、予備武器の『炎魔の魔剣』を空間収納から取り出して使用している。そんな頭の柔軟さは、ツグミがペット軍団の中ではピカ一かも。

 そして予備武器と化した『炎魔の魔剣』は、実は効果は特大でほむらの魔剣より性能が良いと言う。コロ助もそうだが、ペット達はどうも性能よりも使い心地を重視する傾向があるみたい。


 中衛も途中から参加したその戦いは、そんな感じで5分と掛からず終了となった。落ちた魔石を拾いながら、ご苦労様とねぎらいの声を掛ける後衛陣。

 それから決められたルートに従って、一行は進む事5分余り。本当にこのダンジョンは、迷う心配がないのが有り難い。ただし、各層で強力な敵の心配をしないといけないけど。


 次の建物エリアは、その構造から察するに獣人系の巣窟そうくつではなかろうか。そう推測する香多奈の言葉通り、茂みをかき分けて出現するトキ獣人とクジャク獣人の混成軍。

 その数も20体近くいて、なかなかの勢力で相手をするのは大変そう。しかも後衛陣には、いきなり派手な翼を広げる支援職が3体も混じっていた。


 その強化を受けてのトキ獣人のフェザーシュートは、地面に穴が開くほどの凄い威力。思わず《防御の陣》を張って、仲間を守ったコロ助はナイスプレーだ。

 姫香も前に出て、茶々萌コンビをかばいながらの『圧縮』スキルでのガード。後衛陣にまでその被害は及んでいないが、思わず気を付けてと警戒を発する姫香である。


「強化のクジャク獣人が3匹もいるせいか、敵の羽根飛ばしの威力が洒落にならないくらいに上がってるよっ!

 ルルンバちゃん、何とか後衛の敵から始末して頂戴っ!」

「敵の鳥獣人の数も多いし、俺も前に出ようか……紗良と香多奈は支援をしながら、周囲の警戒も怠らないようにな。

 2号ちゃんは、2人の警護をしっかり頼むよ」

「了解、みんな頑張って……ヒバリはいいんだよ、ここは強い敵ばっかりなんだから自重してっ!」


 相変わらずお転婆な仔グリフォンの制御に苦労しつつ、末妹は前衛陣に『応援』を送る。さすがにここまで、6時間以上の探索で疲労はしてるが気は抜けない。

 特に末っ子のヒバリの面倒は、しっかり見ないと今後連れ歩けなくなってしまう。それは可哀想過ぎる、付いてきちゃダメと言われた経験のある香多奈として、その事態は避けたい所。


 そんな事を考えている内に、護人とルルンバちゃんと軟体幼児で、見事に敵の支援部隊の撃破に成功した。その途端に弱体する敵の獣人部隊、カラクリを知ればこんなモノだ。

 そして反撃に移ったハスキー達の、熾烈な攻撃に数分も持たない敵の兵団であった。倒し方の順番をしっかり守った、来栖家チームの頭脳の勝利と言えるだろう。



 静かになった建物エリアで、勝利を祝い合う子供たちはとっても嬉しそう。香多奈はドロップした魔石を拾い回って、それをヒバリが手伝っている。

 戦い以外でもお手伝い出来るのは、とっても偉いし家族も安心して褒めて上げられる。そして褒められると仔グリフォンも嬉しいみたいで、お手伝い大好きの良サイクルに。


 そんな回収作業を終わらせて、再び進み始める一行はすぐに次の建物エリアの扉を発見。そこを潜ると、またもや高い天井の大きな建物に遭遇する事に。

 これはまたもや大物が出現するパターンかなと、上空を警戒する子供たち。ハスキー達の歩みも慎重で、いつ敵に出くわしても良い様に四方に警戒を飛ばしている。


 そして案の定、空からやって来る鳥の一団を発見……それはピンクの羽毛の、どうやら前の層でも遭遇したフラミンゴ部隊のよう。それを見て、あの鳥は飛び立つのに助走距離を多くとらないと飛び立てないんだよと紗良のウンチクが。


「へえっ、そうなんだ……つまりはどういう事、紗良お姉ちゃん?」

「例えば動物園とかで、フラミンゴを飼育してるとするじゃない? でもわざとあまり広くない敷地に展示しておけば、飛んで逃げ出す心配はいらないの。

 だから屋根をわざわざつけなくても大丈夫なんだって、凄いよねっ!」


 それは確かに凄いかもだが、今は飛行して接近中のフラミンゴに集中して欲しいと護人の心中の叫び。そんな訳で、軟体幼児と薔薇のマントの力を借りて、護人は接近前に撃ち落とそうと努力を始める。

 それに中衛のルルンバちゃんも呼応して、敵の群れは半分までに減ってくれた。その時、周囲が慌しくなったと思ったら、茂みから顔を出すヒクイドリの群れ。


 同時に、飛行フラミンゴが抱えていた何かを落として来た。それは地面に落ちると爆発する木の実爆弾で、連中は何とも酷い空爆部隊だった模様。

 大騒ぎを始める子供たちだが、幸いにも直撃は無かったようで本当に良かった。ただし、飛行フラミンゴは空中で一斉に反転して、もう一度近付いて来ようとしている。


「わっ、これは酷いっ……落ちて来た爆弾、木の実の形をしてたけど当たると洒落にならないよっ! 2号ちゃん、あっちから球根モンスターも来たっ!

 ひあっ、奴らも何か木の実みたいなのを手にしてるっ!?」

「ええっ、アレも爆弾か何かかなっ……どうしよう、私は《結界》を張るべきかなっ。それとも敵が近付く前に、先制で範囲攻撃を仕掛けるべきっ?」

「前衛陣は、どうやらヒクイドリの集団が出て来てその対応に追われてるな。こっちは俺たちで何とかしよう……紗良は魔法攻撃した後に、《結界》で香多奈と身を隠してくれ。

 俺と2号ちゃんは、接近戦に備えて盾役になるぞ!」


 護人の言葉に、後衛陣も敵の迎撃に慌しく準備を始める。敵は空の空爆部隊に加え、前衛にはヒクイドリの集団が押し寄せて来ていた。

 その中には一際大きな体格の、赤い肉垂にくすいも立派な階層主もいるようだ。敵の数も20匹近くいて、これを退治するには一筋縄ではいかなそう。


 そして後衛陣も、少し離れた地面から突然現れた球根型モンスターの襲撃にさらされていた。コイツ等も軽く10匹以上いて、しかも手には木の実爆弾らしきものを抱えている。

 凶悪な不意打ちに対して、しかし来栖家の長女魔法使いも黙っていない。範囲魔法の《氷雪》を撃ち込んで、可愛い体型の球根モンスターを爆弾ごと凍らせてしまった。


 生き残りはほんのわずかで、これで護人は安心して空の敵に対処出来る。そして出来れば、本隊と戦う前~中衛陣のフォローもしてあげたい所。

 刻々と事態が変わる戦場の中、忙しなく頭を働かせて最適解を見つけ出す。来栖家チームにも、9層まで登って来た疲労は当然あるのでベストの体調では決してない。

 そんな中、この挟み撃ちを見事切り抜けられるだろうか。





 ――それとも、目標の10層を前に力尽きてしまう?







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