第896話 昭和の香りの漂うダンジョンを進んで行く件



 そんな感じで7層の屋根への登り口を探して、一行は昭和臭の漂う路地を彷徨さまよい歩く事に。そして路地裏から聞こえて来た笑い声に、ハスキー達がビクッと反応。

 それは後衛陣にも聞こえていて、何だか楽しそうと末妹の呟きに。子供の声に聞こえたねと、姫香もハスキー達の反応した路地裏を覗き込んでみた。


 そこにはいかにも昭和初期っぽい服装の子供たちが、楽しそうに縄跳びやけんけんぱをしている姿が。子供の年齢は香多奈かそれより低い感じで、6人程度で笑いながら遊んでいる。

 とは言え、ここはダンジョン内なのでいかにも不自然ではある。ハスキー達もそう思ったのか、戦闘態勢は崩さないまま姫香の隣から顔を出す。


 その気配を察したのか、一斉に動くのを止めて振り返る昭和キッズ達。その顔は総じてのっぺらぼうで、つまりは目や鼻や口が一切ないと言う。

 女の子に限っては、顔はあるけど首が伸びて凄まじい形相で詰め寄って来る始末。慌てて対処する来栖家チームは、やっぱりねと言う表情で油断は無い。


 そのお陰で、懲りない茶々萌コンビが投入される頃には敵は全て魔石へと変わっていた。クモ糸から救出されたこのコンビ、姫香のお説教の効果はあまり無い様子。

 毎度の事ではあるが、このアグレッシブさはある意味評価は出来るのかも。いちいち落ち込まれるよりは良いけど、指揮を執る姫香からしたらやっぱり悩みの種ではある。


「今のはビックリだったね、これもダンジョンの演出なのかなぁ……罠としては面白かったけど、怪しさが先に立っちゃって引っ掛かり様がないよね」

「それはまぁ、その通りではあったね……それより、妖怪の子供たちが遊んでた遊具が落ちてるけど、魔石と一緒に回収しようか、紗良姉さん?

 これでも、青空市で売ればお金になるかも」

「う~ん、酷い事してる気分になるから止めておこうか。それよりこの奥の突き当り、がらくたが山と積まれて階段として使えるんじゃないかなっ。

 そこから屋根に登れたりしない、ルルンバちゃん?」


 尋ねられたルルンバちゃんは、宙を飛んでの確認作業から幾らもしない内に戻って来た。それからバッチグーと言わんばかりに、クルンと宙返りでの意思表示。

 行けそうだねと末妹の通訳に、小休憩をしていたチームは再び動き始める。7層突入から既に20分が経過、戦闘の数もそれなりでなかなかにハードな探索である。


 護人の号令で、屋根に登るルート確定にいつものようにレイジーとツグミが先行して行った。それに続くルルンバちゃんは、ドローン形態と思えないスムーズな動きっ振り。

 どうやら随分と、飛行モードにも慣れて来たようだ。同時に2号ちゃんも、遅滞なく動いて《並列思考》スキルも段々と馴染んで来た印象が。


 これが本当に上手く行けば、来栖家チームに追加で魔導ゴーレムが+1されるって事だ。戦力強化は、ヤンチャなヒバリの参入の比ではない。

 いや、この仔グリフォンも将来的には充分に戦力に見込めるだろう。何しろその狂暴性は、さすが幻獣ってだけはある……鋭いくちばしに鉤爪、これでスキルを覚えたらお兄ちゃんの茶々丸を超える可能性も。


 そんなヒバリも、元気にガラクタの階段を登ってレイジー達に合流を果たした。リードを持つ香多奈も大忙し、2号ちゃんも護衛役を果たそうと懸命に追従する。

 全員が屋根上に到着したのを確認して、レイジーとツグミは目的の白いビルを目指して先行を始めた。その動きに迷いはなく、既にルートも見当がついている模様。


「わおっ、レイジーとツグミは本当に優秀だねっ……6層での経験で、ここも大まかなルートを導き出しちゃってるみたいだよっ。

 香多奈とは大違いだ、学習能力が高いんだねっ」

「お姉ちゃんはうるさいなっ、いいからさっさと先に進んでよっ! 屋根の上は幅が狭いんだから、先頭が詰まってたらみんな進めないんだよっ!」

「今は探索中なんだから喧嘩は止めなさい……それよりここが新造ダンジョンなら、そろそろ大ボスとダンジョンコアの間があっても不思議じゃ無いな。

 ここから見える限りじゃ、白ビルがそんな感じには見えないけど」


 段々と近付いて来る3階建ての白ビルは、護人の言うように強敵が潜んでいる気はしない。ハスキー達も、油断はしていないがルート選定に重きを置いている感じ。

 そんな中、またもやルルンバちゃんが開いた窓を少し離れた場所に発見。今度は歩いて行ける場所で、後衛陣もそちらへと宝物を探しに進む事に。


 2階の窓は幅広で、人が簡単にすり抜けられる親切サイズだった。やったと喜ぶ香多奈は、目敏めざとくちゃぶ台の上に宝箱を発見して屋根かわらの上で飛び跳ねている。

 危ないよとたしなめる紗良だが、屋根上の道は意外と丈夫でさっきの茅葺かやぶき屋根よりは歩きやすい。そして室内に侵入する姫香と香多奈は、宝箱を開けて嬉々として中身の確認を行う。


 その中身だが、定番の鑑定の書や木の実や薬品系の他に、昔懐かしの雑誌がたくさん入っていた。魔結晶(中)が5個に混じって、学研と化学が出て来た時は護人は大感激。

 オマケもしっかりついていて、自作ラジオキットやミジンコ観察キットが箱でごろごろ入ってとっても楽しそう。末妹も興味をかれまくりで、帰ったらみんなでやってみようと呟いている。


 他にも昭和に廃刊になった雑誌も幾つか、それらをせっせと鞄に詰め込む子供たち。それからお待たせと、律儀に待ってくれていたハスキー達に声を掛ける。

 そこから進む事5分少々、今回も問題無く屋根上のルートで目的の白いビルまで辿り着く事が出来た。今回はビル裏の非常階段を発見して、どうやら木登りはせずに済みそう。


「あっ、こんなのあったんだ……香多奈でも飛び移れそうな距離だね、ペット達も普通に行けるかな? ちょっと待っててね、レイジーにツグミ。

 ビルの上に敵がいると考えて、まとまった人数でチェックに向かうよっ!」

「それが良いな、ってかボスの間じゃない事は確定かな? それなら慌てる事も無いな、後衛陣もゆっくり飛び越え作業してくれて構わないよ」

「そんじゃ、2号ちゃんが一番最後ねっ……紗良お姉ちゃん、先に飛んでいいよっ。手すりに足を取られないよう、気を付けて渡ってね!」


 そんな感じでドタバタしている後衛陣を尻目に、人数のある程度揃った前衛陣は屋上チェックへと向かって行った。姫香も同伴して、これである程度は何があっても大丈夫。

 それからしばらくして、屋上からやはり戦闘の気配が漂って来た。待ち伏せがいたみたいと、そちらを窺う末妹は加勢に行かなくちゃと一行を急かす素振り。


 そして後衛陣が到着した時には、戦いは既に終盤に差し掛かっていた。今回はどうやら大物も混じっていたようで、大蜘蛛の集団を操っていたのか巨大な女郎蜘蛛がハスキー達の猛攻に耐えていた。

 ソイツはダブルベッドサイズの大蜘蛛で、顔は長い黒髪の女性と言う妖怪だった。クモ糸を四方にばら撒いて、さすがのハスキー達もなかなか近付けない。


 姫香とレイジーは、落ち武者顔の大蜘蛛のと戦闘中でそちらに加勢出来ずな状況。今回も茶々萌コンビはクモ糸に捕まっており、全く懲りた様子は無し。

 コロ助も後ろ足を捕われていて、それでも踏ん張っているのはさすがである。ドローン形態のルルンバちゃんが、何とか宙を逃げ回りながら魔銃で反撃している。


 それを見た香多奈は、みんな頑張りなさいと𠮟咤しった混じりの『応援』を飛ばす。一番感能力の高いコロ助が、それを受けて巨大化した。

 そして怒涛の反撃、『牙突』スキルを撃ち込みながら咥えたハンマーで接近戦を挑みに掛かる。蜘蛛の巣防御も何のその、こうなると見た目は怪獣大決戦である。


 それに構わず、後衛陣は元気にコロ助に応援を飛ばしている。加勢しようと思っていた護人も、手出しせずに平気かなと思わず敵をあわれむ程。

 そんな猛攻の果てに、見事に蜘蛛のボスを倒し終えたコロ助であった。それと同時に消え去るクモ糸、自由になった茶々萌コンビは、ヤレヤレと言った表情。


 姫香とレイジーも同じく戦いを終えており、これにて屋上の安全は確保出来たっぽい。紗良が休憩と怪我チェックを申し出て、来栖家チームは束の間の休息タイムに突入。

 その間に、末妹は飛行AIロボとドロップ品を拾い集めている。女郎蜘蛛はスキル書も落としてくれており、これには香多奈も上機嫌である。



「やれやれ、これはもう少し探索は続く感じかな? どっちみち、10層を区切りにした方がいいだろうね……ザジチームも、頃合いを見て戻って来るだろうし」

「次は8層だし、10層は区切りとして丁度いいかもねっ。最初で迷っちゃったのと、意外と敵が多いせいで時間食っちゃってるもんね。

 それでも、2層以降は平均30~40分でエリア制覇出来てるね」

「アスレ仕様が混じってるにしては、良いペースじゃ無いかな? ザジ達にちょっと連絡取ってみてよ、香多奈」


 そう姉に言われた末妹は、巻貝の通信機を取り出して素直にザジに連絡を入れてみる。相手はすぐに出て、向こうも苦労しながら今から最後の扉に挑戦との事。

 それが終われば大ボスの間で、華麗に締めくくるニャと猫娘は相変わらずのテンションだ。他の娘さん達も、同じく闘志を燃やしながら探索を楽しんでいる模様。


 鬼の語ったように、この“ダンジョン内ダンジョン”は復活も早いし特訓には持って来いな仕様みたいだ。果たしてこの“天狗のダンジョン”も、同じ特性を持つのかは今のところ不明。

 安定しているダンジョンみたいなので、オーバーフロー騒動が起きにくいのは良い点ではある。でないと、こんな場所のダンジョンのリスクを爆上げしたとなると、折檻せっかんモノの重罪になる可能性が。


 そんな話をしながら、来栖家チームは休憩を終えていざ次の8層へ。ここも最初は町中の広場っぽい場所で、周囲は1階建てや2階建ての昭和風の住宅が並んでいた。

 すかさず辺りの安全を確認するハスキー達と、何か珍しいモノが無いかなと窺う子供たち。そして今回は、昭和カーの代わりにバイクが住宅の近くに停められていた。


 しかも鍵が差し込まれて、いかにも持って帰って下さいって周到振り。ヘルメットも後部座席に置かれているそれは、懐かしの“カブ”だった。

 あのホンダが開発した、日本の伝統的な原付バイクである。思わず感動する護人だが、さすがに乗った事は無い。若い頃にスクーターは持っていたが、さすがにカブは既に走っていなかった記憶がある。


「おおっ、これは凄い……カブじゃないか、原付なのにシフトペダルがついているんだね。今の感覚からすると野暮ったい見た目だけど、一周回って格好良い気もして来るね!

 これは是非ぜひ持って帰ろう、売らずに家使いでも良いな!」

「格好良いかな、その辺は微妙かも……でもまぁ、バイクも楽しそうだよねっ。たまに土屋さんのバイクの後ろに、みんな乗って走って遊んでるんだよ!」

「ああっ、バイクは操作が独特で走らせるのは面白いよね。私もちょっと習ったけど、コケてバイクを壊しそうだったから途中で諦めちゃったよ。

 家のバイクなら、そんな気を遣わずに済むからいいかもね」


 護人は自分のモノにする気満々だったけど、子供たちはどうやら家族用と認定している模様。大人の趣味を理解されずに、何とも悲しい立場の家長である。

 それでもツグミは、この昭和のバイクを見事に回収に成功してくれた。これで後は、ついでの探索を頑張ってさっさと来栖邸へと戻るだけ。

 つまり、この後のダンジョン攻略は完全にオマケである。





 ――いや、こんな良品が回収出来るなら定期的に訪れるべき?







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