第897話 8層エリアの仕掛けも妖怪チックだった件



 8層のスタート地点も、どうやら川に近かったようだ。低い欄干らんかんのコンクリ橋がすぐ側にあって、水深の浅い小川が流れている。

 そこから上って来るカッパとカエル男は、今回は2桁近くいて超元気だった。それ以上の勢いで、殲滅に向かうハスキー達はヤル気からして違う。


 それに混じる茶々萌コンビと、混じろうとして止められるヒバリである。姫香も指揮を執りながら、敵の多さに参戦を決め込んで河原付近での戦闘を始める。

 後衛陣も遠くからフォローしようとして、建物の間からの気配に思わず振り返る。見れば立体機動で迫り来る、大蜘蛛の群れがこれまた1ダース程度。


 護人はすぐに号令を発して、自分と2号ちゃんで盾役を名乗り出た。末妹が大騒ぎして、長女に先制で魔法を撃っちゃえとけしかけている。

 タゲを取って危険かもだが、それ以上に妖怪による挟み撃ちは不味い。


「それじゃ行きますっ……ルルンバちゃん、射線に入らないでねっ!」

「ゴーゴー、頑張れ紗良お姉ちゃんっ! 最初の1発で一網打尽にしちゃえば、タゲも取らないし安全だよっ!」


 そんなやり取りの果て、紗良の《氷雪》スキルが昭和の町並みに吹き荒れた。壁を伝って這い寄って来ていた大蜘蛛の群れは、先頭集団から氷漬けにされて行く。

 紗良の魔法スキルは、レアな魔導書によって何度か強化されている。その結果、《氷雪》スキルは範囲攻撃魔法なのにとんでもない威力に成長を遂げていた。


 先頭の5匹は、そんな訳で完璧に凍らされてあっという間に撃墜されて行った。後追いのもう半分の大蜘蛛も、冷気を浴びて明らかに動きが悪い。

 それを見届けたルルンバちゃんは、2号ちゃんも駆使して残った敵を駆逐して行く。それはもう、枯れた雑草を刈り取るように簡単に。


 フォローに入ろうとしていた護人だが、これでは手助けも必要無い感じ。そして背後のカッパ&カエル男との戦いも、無事に終焉を迎えていたようだ。

 こちらも戦いを終えて、香多奈とルルンバちゃんで落ちた魔石の回収を始めている。護人は周囲を警戒しながら、安全確保に努める。


「こっちは終わったよ、護人さん……ちなみにドロップだけど、特別な物は混じって無かったかな。ハスキー達に怪我はないけど、そろそろ果汁ポーションの効果が切れるかも?」

「お昼休憩から、1時間半が経つもんね……それじゃあ用意するね、みんなっ。護人さん、小休憩取っていいですか?」

「もちろん構わないよ……ついでに、ルルンバちゃんの魔銃の弾込めもやっておこうか。みんな休憩だよ、戻っておいで」


 リーダーのその言葉に、ペット達は一斉に家族の元へと集合を果たす。ルルンバちゃんも地上へと舞い降りて、魔銃を差し出しての弾込めのおねだりなど。

 ハスキー達も、子供たちが差し出したお皿の果汁ポーションを文句も言わず飲み干して行く。ただし茶々丸は、この柑橘系の味が苦手らしく無視を決め込んでいる。


 この辺は、好き嫌いはあっても仕方ないのかも……もっともヒバリは、茶々丸のお皿に狙いを定めて横取りで喉をうるおしつつ強化を図っていたり。

 ほのぼのする状況だが、香多奈などはダメな兄ちゃんだねぇと辛辣しんらつな評価である。その点、相棒の萌は人型で器用に瓶から直飲みしてとっても優秀。


 護人も紗良から受け取って、ムームーちゃんと分け合ってポーションを口に運ぶ。これで追加で、バフ効果の恩恵は1時間半ほどもたらされる筈だ。

 これも紗良とリリアラの共同研究で、随分と時間延長は進んで便利になった。これを協会を通じて、探索者に広めれば良い商売になりそう。


 それはともかく、休憩を終えて引き続き8層の探索の続きである。この層は、ゲートのある広場の付近にやたらと大きな建物が多い印象がある。

 屋敷って程ではないけど、庭付きの一戸建てがある高級住宅街って感じかも。


 しかも、覗き込んだ建物の1つが大きく玄関を開け放っていると言う。それを見付けた姫香が、この建物は中に入れるねとチームに報告して来た。

 その言葉に、また何か良いモノ置いてるかもと興奮する現金な香多奈。さっきのカブみたいな大物を期待しているのが、顔にハッキリと出ている。


 紗良も気になるのか、中に入ってみようかと一行に提案する。すると先行していたハスキー達も戻って来て、率先してその大きな屋敷に乗り込んで行った。

 本当に屋敷と言うか、室内はふすまで区切られた和室が幾つもあるみたい。玄関も立派で、靴の収納棚の上には立派な置き物や花瓶が幾つか置かれていた。


 後で回収しようかと、子供たちはもっと大物を狙う気満々である。確かにお金持ちの家をリメイクしているのか、和室に飾られている額縁や巻物はどれも高価そう。

 柱や廊下も立派な木材が使われていて、土足で上がるのに少々躊躇ためらいが生まれてしまう。ハスキー達は気にせず、開いている襖を通ってひたすら奥を目指している。


 その途中の和室の隅に、立派な箪笥たんすが置かれてあった。興味をかれた子供たちが中を確かめると、綺麗な和服が何着か出て来てくれた。

 それに混じって、帯や足袋たびも幾つか……中には魔法の品もあったようで、妖精ちゃんが反応している。今まで魔法アイテムが全く出て来なかったので、その点は嬉しい限り。


 それどころか、箪笥の上の宝石入れからも魔法アイテムが幾つか出て来た。他にも日本人形や飾りの置き物の類いは、どれもそこそこ価値は高そうな品ばかり。

 それらを嬉々として回収して行く子供たち、見た目は悪いがこれも探索の醍醐味ではある。それより奥を窺っていたハスキー達が、何かを発見したのか緊迫した雰囲気に。


「どうしたの、ハスキー達……あっ、これは凄く気まずいかもっ。ここの家の人かな、一家揃って食事中だね。

 私たち、土足でここまで入って来ちゃった招かれざるお客さんだよ」

「何言ってんの、香多奈……ここはダンジョンの中なんだから、普通の人な訳無いじゃん。どうせこの人たちも妖怪か何か……あっ、ホラこの女性頭の後ろに大きな口があるっ!

 あっちの子供は、定番の一つ目小僧かなっ?」

「頭の後ろに口のある女性は、二口女ふたくちおんなって名前の妖怪かな? 日本童話とかに出て来て、割と有名ではあるねっ。

 ケチな家にご飯を食べませんって嫁いで、本当は夜な夜な後ろの大口でご飯を食べるの」


 それは酷いねと呟く末妹だが、急に本性を現して襲い掛かって来た妖怪たちは驚いたかとノリノリな様子。それを何の感慨もなく、片っ端から倒して行くハスキー達である。

 茶々萌コンビもそれに追従、何故かヒバリまでその戦闘に参加していた。リードを離してしまっていた香多奈は、既に諦めての静観モードに。


 幸いにも、一家は7人程度しておらずに、爺婆は一体何の妖怪だったかは不明なまま討伐の運びに。紗良は勘を働かせて、砂かけ婆とぬらりひょんだったかもと推測を述べている。

 実際は、砂を掛けるシーンも頭の大きな人物も見掛けはしなかったが、想像するだけで楽しいのが妖怪である。そう言う意味では、長女はこのダンジョンを楽しんでいるとも。


 そんな訳で、食事中の妖怪家族は討伐されて魔石へと変わって屋内の探索も終了の運びに。ヤレヤレと安堵する一行に、途端にピシッと大きな家鳴りが襲い掛かって来た。

 うわっと驚く一行は、何事と周囲を窺っての驚き顔。物知りの紗良が、“家鳴り”も確か妖怪にいたかもと口にする。とは言え、周囲にその姿は確認出来ず。


 それでも連続する破砕はさい音は、まるで家自体が怒っているようでとっても不気味。しかも脳にダメージが入りそうで、かなり厄介な攻撃かも。

 両耳を塞いでしゃがみ込む子供たちだが、ペット達はそれも出来ずに苛立って周囲を窺うのみ。驚いた事に、ツグミや茶々丸も本体の居場所が分からないみたい。


 腹を立てた末妹が、長女に《浄化》で反撃しちゃえと怒鳴り散らした。別に紗良に怒っている訳では無いが、ラップ音が大き過ぎて怒鳴らないと言葉が伝わらないのだ。

 《浄化》スキルは死霊系には効果抜群だが、妖怪に効くかはとんと不明である。それでもこの事態は不味いと思った紗良は、素直に家の天井に向けてスキルをブッ放しに掛かった。


 それと同時に、派手な絶叫がラップ音の代わりに鳴り響いた。恐らく“家鳴り”の最後の発した音だったのだろう、それ以降は静かになってくれてホッと一息の一行である。

 その数瞬後、何も無い天井からポトッと落ちて来た魔石(中)とスキル書が1枚。どうやらかなりの大物だった様で、子供たちの機転で倒せて本当に良かった。


「無事に倒せて良かったよ、本当に……私やハスキー達だったら、もう家ごと壊しちゃえって実行してたかもだよっ。

 香多奈の発案だったの、なかなかやるじゃんっ」

「まあねっ、根性の悪い奴には大抵《浄化》スキルが有効なんだよっ」

「そっ、そうなんだ……覚えておくね、香多奈ちゃん」


 やっぱり半信半疑の長女だが、それだと香多奈が無事なのは変だよねとの姫香の混ぜっ返しに。いつもの姉妹喧嘩が勃発しそうになって、巧みに話題を変えようと周囲を見回す紗良であった。

 そうして、さっきの家族が食事をしていたおぜんの上に、置かれていたアイテムを発見する。どうやら室内の敵を全て倒した事で、ボーナス的に出現した模様。


 それを知らせると、喧嘩モードの末妹が嬉しそうに回収へと向かって行った。お膳の上には木の実や強化の巻物、魔結晶(大)や水差しの中には中級エリクサーが並々と入っている様子。

 箸やお椀も漆塗りで立派な品だし、お茶碗や湯飲みも結構な高級品みたい。それらも回収して行く香多奈は、さっきの喧嘩など綺麗に忘れているよう。


 それにしても、これだけ潜ってようやくの魔法のアイテム回収である。意外と天狗も渋いねぇと、相棒の妖精ちゃんと話し合う香多奈は評論家気取りである。

 まぁ、この1年とちょっとで随分と数多くのダンジョンに潜ったので、その資格はあるかも知れない。妖精ちゃんもそうだナと同意して、2人の批評は止まる所を知らず。



 それはともかく、このウエルカムなお屋敷はそれ以上何も得る物は無かった。一行は表に出て、再び周囲の安全確保とルート選定を励み始める。

 その過程は6層と7層とほぼ一緒で、屋根の上に登って白い3階建てのビルを目指すのも一緒。そこに待ち構えていた、大蜘蛛の群れを退治する所まで同じだった。


「おっと、ここも残念ながら最終層じゃなかったのか……ここにゲートがあるって事は、まだ次の層があるって事だな。

 次は9層か、これはもう10層まで覚悟した方が良いかな?」

「そうだね、まぁ10層だと区切りは良い感じもするよねっ。屋根上の移動も慣れて来たし、あと2層頑張ろうね、紗良お姉ちゃんっ!」

「そっ、そうね……あと2回くらいなら頑張れるかな?」


 割と疲れ果てた表情の長女だが、終わりが見えて来たと聞いてちょっとだけ回復した模様。とは言え、本当の終わりであるダンジョンコアのある階層はいまだ不明と言う。

 それでも来栖家的には、今回の探索は10層で終わる予定。こんな慣れない天狗の課題に、向こうのルールでいつまでも付き合ってなどいられないって思いだ。


 そんな訳で、“天狗のダンジョン”探索はもう少しだけ行う予定。残り2層で大ボスと巡り合えるかは、ここを造った天狗のみが知ると言う。

 まぁ、ダンジョンに意思があるのなら、知ってるかもだが教えてはくれないだろう。





 ――さてさて、このダンジョンの着地点は一体いずこに?







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