第844話 週末も終わって平日も慌しく過ぎて行く件



 その週の平日の昼過ぎに、自治会の集まりがあって護人も参加を余儀なくされた。平日の開催も色々と物議をかもしたが、何しろ護人は休日には探索業が忙しくて参加出来ない事が多い。

 それならと、最近は向こうがこちらの予定に合わせてくれている始末。ありがた迷惑と思わなくもないが、護人の自治会任務はこの先も続きそう。


 そんな今回の議題は、何を置いても中学校の設立問題だった。護人の多額の寄付に関しては、もちろん自治会長の峰岸みねぎしや他の会員も良く知っている。

 今回は、自治会を通じてダンジョンで回収した図鑑や参考書も寄付を行う予定。小説やお堅い本もたくさん“知識”のエリアで回収出来たので、その点はタイムリーだった。


 それに関しては、来年から末妹の香多奈もお世話になるので当然だと護人は思っている。今回の議題は、そんな中学校を新たな緊急避難場所に指定するかどうかって事。

 前回は、小学校や教会の支部が主な避難所として指定されていた。それは人口の密集地点に近いとか、拠点を防御する人材がいるとか理由は様々。


 そして今回、新たに中学校が出来る事で、そこを緊急避難所にするかって話し合いがもたれ。収容人数も多く取れるし、学校施設はそもそもその点が秀逸である。

 それから、前回のチビッ子たちの拠点防衛の活躍も当然見逃せない。


「あの時は、来栖家の香多奈ちゃんやそのペット達が、大活躍してくれたっちゅう話じゃったけえの。今回は護人ん所の居候の学生さんも、護衛役と体育の先生を兼ねて就任してくれるっちゅう話じゃし。

 春から中学校を、新たな避難所にするんでええかいの?」

「ええと思うけど、工事費が足りるんかい? 建物だけじゃのうて、周りのフェンスも頑丈なモンにせにゃいかんじゃろう。

 あっこは青空市の会場じゃけぇ、そっちの運営費も回せんかいの?」

「おおっ、そりゃええ案じゃて」


 お年寄り多めの自治会員たちは、そんな感じで会計をつついて工事費の追加捻出ねんしゅつを催促。ついでに小学校にも費用を計上して、プチ要塞化を来年は行う予定。

 さすがに今年の春に起きた“春先の異変”みたいな被害は、二度と起こすべきではない。そのためには、お金が多少掛かろうが拠点の強化は積極的に行うべし。


 ちなみに、その腹案であった探索者の民宿募集だが、残念ながら今年はほぼはかどらずの結果になりそう。つまりは、お金を掛けて改装した空き家に移住者は寄り付かず。

 いや、それ以外の一般人からの移民申請は幾つかあったらしい。青空市でこれだけ余所よそからお客が来て、風評被害も幾分か薄れていた為だろう。


 ダンジョン数の多い“魔境”との噂は、相変わらず日馬桜町に存在はする。それでも、そこで普通に生活している人々がいて、しかもおおむね平和そうな雰囲気なのだ。

 これは移住しても平気なんじゃって思いも、何名かは抱くのは当然か。


 そんな移住探索者だが、今年は新たに3名の新人が、何故か来栖家の方に厄介になっている。子供なので周りに大人の手があるのは安心だが、何となくモヤモヤしてしまう役員たち。

 せっかくお金を掛けて修繕した空き家には、相変わらず人が寄り付かない顛末なのだ。しかも来栖家の居候の中から、今年は新婚さんが生まれたと言う。


 町でやりたい事を、来栖家の敷地内ですべてまかなってくれている現実に。ジトっとした視線が、護人に注がれるのはある程度仕方のない事か。

 まぁ、それは仕方がない……移住も結婚も、それは時の運である。そんな訳で、取り敢えず春から開校される中学校を、緊急避難場所に指定するのは決定の運びに。




 そんな会合が日馬桜町の小さな集会所で行われた日の夜、来栖家でも夕食会のついでに話し合いが持たれていた。異世界チームはともかく、星羅は身バレがまだヤバい立場の人物である。

 なので、本人も髪を短く切って茶色に染めたり、メイクなどで変装したりと対応している。ただし、名前はそのままで周囲は呼んでしまっている。


 これは良くないんじゃと、偽名の提案が怜央奈から上がった。遅すぎる位だが、それもそうかと慌ててその偽名工作に取り組み始める一同である。

 具体的に言えば、星羅の偽名決めである……本人は幸いにも、異世界チームと一緒に夕ご飯を食べに来ていた。そして姫香や陽菜たちと一緒に、面白そうと名前を考え始める。


「何が良いかな、星羅ちゃんは名前に星って入ってるから……月とか太陽とか、そんなのを名前に入れると良いと思うのっ!

 あとは、可愛い感じでまとめるといいかなっ?」

「そんじゃあ、月子さんとかルナちゃんとか……星羅だけに、ムーンちゃんとか?」


 あはは、セーラームーンは良いねと大爆笑する子供たちである。香多奈もムーンちゃんは良いかもと、プッシュするも星羅は断固として拒否している。

 紗良は月が入るとツキも巡って来るかもと、不幸体質の星羅を気遣うコメント。何気に失礼な事を言ってる気もするが、本人も自身のツキの無さは薄々気付いているみたい。


 それじゃあルナにしようかなぁと、本人の意向で呆気なく偽名は決定の運びに。ちなみに名字に関しては、面倒なので土屋姓を名乗らせて貰うと本人談。

 ねぇお姉ちゃんと、頼られた土屋女史は満更でも無さそうな表情。何気に仲良くなっているこの同居人、さすがに毎回異世界チームに同行しているだけはある。


 貴重な経験を積ませて貰って、探索の腕前もぐんぐん上がって言っているみたいで何より。3人チームだったけど、異世界チームと組むようになってその弱点も消えている。

 後は皆で早く、ルナと言う名前を呼び慣れれば問題は無い筈。“ダン団”も今はすっかり瓦解がかいして、組織としては全く働いていないそうではあるけれど。

 それでも元“聖女”の、《蘇生》スキルを付け狙う者がいないとも限らない。


 土屋と柊木もその備えには賛成して、むしろ自分達が思いつかなきゃ駄目だったなと反省している。確かに今までは山の上に引っ込んで、消極的に人と会うのを避けていた。

 それをいつまでも続ける訳に行かないのも道理で、むしろ彼女の探索スキルを腐らせておくのは勿体もったい無さ過ぎ。本人も、これからは積極的に探索なり外出なりを楽しむ気満々の模様である。


「えっと、それじゃあ……来週末辺りに安芸太田あきおおた町から津和野に向けて、ドライブ旅行を予定しているんだけど。異世界チームと土屋チームも一緒に来るかい?

 ちなみに次の日は、中国山脈を縦断して瀬戸内の周防すおう大島に泊まりに行く予定だね。金曜の午後出発を予定していて、泊まるのは津和野と周防大島の宿泊施設かな」

「おおっ、冬の予知案件に備えての、ワープ拠点の開通旅行だったかな? 面白そうだな、モリトが良いのなら俺たちもついて行きたいな。

 なぁ、ザジにリリアラも行くだろう?」


 女性陣2人も行くと即答したので、これで旅行の道連れは賑やかになりそう。それに釣られて、土屋と柊木も同行を申し出る素振り。

 ついでに星羅改めルナも、それじゃあ私もついて行くと元気に挙手。やはり年頃の女性が、山の上に引っ込みっ放し生活は相当ストレスが掛かっていた模様だ。


 それを聞いた香多奈も、賑やかな週末旅行になりそうだねと嬉しそう。ちなみに今回の旅行は、香多奈の誕生日のお祝いの側面も相当にある。

 それを前もって聞いていた少女は、甘え放題だねと満面の笑み。残念ながら凛香チームは、お留守番を頼んで不参加だが、2泊のドライブ旅行は良い思い出になるだろう。


 それを企画する護人としては、ムッターシャの言ったようにワープ拠点の開通をついでにこなすのに心苦しい思い。ついでに瀬戸内に抜けて島にお邪魔するのも、岩国の協会のお願いを聞いての事である。

 そんな事は関係ない子供たちは、昨日からのテレビゲームの続きで盛り上がっている。それからお酒をたしなむ面々も、個別に勝手に盛り上がり始めている。


 外はもう既に冬の寒さで、木枯らしが吹きすさんでいるけど来栖邸の中は暖かだ。ゲームに夢中な子供達もお酒を口に運ぶ大人たちも、総じて笑顔で騒がしいったらない。

 ハスキー達と茶々丸は、それには参加出来ないが敷地内の警護に熱心で頼もしい限り。最近は夜の敷地内パトロールに、ルルンバちゃんとズブガジも参加するようになっている。


 冬の寒さを物ともしない面々は、職業意識が高くって自己鍛錬に抜かりが無い。レイジーをリーダーとしたこのチーム、たまにダンジョンに潜って研鑽をしてたりもするのだ。

 そんな来栖家の敷地は、今夜もおおむね平和に彩られていた。




 次の日、小学生たちが学校へと送迎されて、途端に敷地内は1トーン静かになった。そんな中でも、女子チームは積極的に活動の計画を練っている。

 取り敢えず今日は、姫香とザジとお泊まり組でドライブ訓練に行く予定。暇をしていた土屋チームも、心配してついて行こうかと申し出てくれた。


 ちなみに、今までは星羅チームとして土屋と柊木と3人で主に活動していたこのチーム。今度から正式に、土屋をリーダーと定めて活動をして行く模様である。

 協会職員としての立場もあって、星羅(ルナ)のサポート役にと表には出ていなかった両者ではある。それを彼女が、存在を伏せつつも活動を続けたいとの思いに応えた感じ。


 つまり土屋が矢面に立って、探索活動を今後はこなして行く方向にシフトする事に。そんな土屋と柊木も、今ではしっかりギルド『日馬割』の一員扱いである。

 それ以上に、お隣さんとしての生活共同体の意識はとっても強い。今も年下の女性陣を心配して、サポートを申し出る位には家族の繋がりは強い模様。


 話し合った結果、車を2台出して瀬戸内沿岸沿いにドライブに行く事に。それからいろんなお店に寄って、買い物を楽しんで戻って来るで話はまとまった。

 ちなみに、紗良とリリアラは今回のドライブには参加せず。両者揃って、魔法の素材で軽くて丈夫な探索着が出来ないか試行するそうだ。


 “浮遊大陸”の宝物庫で、特殊な糸や布は回収出来ている。『魔彩のクモ糸』や『不可侵の絹布』がそうで、それらを使って新たなペット達の戦闘着を作ろうと画策中。

 ひょっとしたら、後衛用の探索用の防護服が作れるかも知れない。それには妖精ちゃんも参加してくれるそうで、まず第一に破れたレイジー用の戦闘ベストを制作の予定。


「それじゃあ行って来るね、紗良姉さんとリリアラ用のお土産もちゃんと買って来るから。あっ、夕食用の買い物もついでにして来るねっ!」

「いってらっしゃい、みんな楽しんで来てねっ。それから運転の練習は良いけど、安全にはしっかり気を付けて。

 土屋さん、その辺を含めてサポート大変だろうけどお願いします」

「うむっ、任せておけ」


 引っ越し当初はコミュ障気味の土屋女史だったが、さすがに山の上の面々に対しては既に慣れて対応もバッチリ。元気な子供たちに対しては、たまにキョドってしまうけどそれは仕方がないと言うモノ。

 掴みどころのない子供たちの対応は、大人には大変なのは周知の事実。見守る目が多いだけでも、田舎の生活では充分に有り難い事である。


 そんな先輩を、柊木はニマニマしながら見つめている。土屋女史の変化を一番近くで感じているのは、やはり新婚ホヤホヤの彼女なのだろう。

 何にしろ、チームのリーダーになるなど、以前の彼女では考えられない行動である。柊木自身の結婚も含め、この山の上は良い“変化”の連鎖があるみたい。





 ――車の助手席に乗り込みながら、そんな事を考える柊木であった。






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