第836話 長かった“武”のエリアをようやく抜ける件



 “四腕”を駆使して3メートルを超す体格の獅子獣人と戦う護人だが、それをムームーちゃんも秘かにお手伝い。軟体幼児にとっては、正々堂々などより父ちゃんの安全の方が遥かに価値が高いのだ。

 それはもちろん、薔薇のマントも同じで主の為にと硬質化した腕の1本として活躍中。それにしても、大剣を操る獅子獣人は剣の技量も相当に高い。


 それを肌で感じ取りながら、押しつ押されつの剣技の応酬を続ける。盾持ちの護人だが、最近は『硬化』スキルと《奥の手》での防御術も多用している。

 そうしないと、本当に強い敵の攻撃は魔法の盾防御も破壊してしまう事があるのだ。これでは高価な装備を幾ら持っていても、支出がかさんでたまったモノではない。


 お陰で攻撃は薔薇のマントとムームーちゃんに頼りっぱなしだが、それをよく理解している両者である。現に今も、競うように敵に攻撃を仕掛けている。

 その技は対極的で、スライム幼児は主に魔法攻撃を使用する。反対に薔薇のマントは、棘を生やした肉弾パンチがメインだったり。


 他にも飛行能力や収容や回復や耐性アップなど、実は薔薇のマントの多芸さはあまり知られていない。ひょっとしたら、マント自身も大半の能力は忘れてしまっているのかも。

 それはともかく、この両者の競争心は面白い副作用をもたらしていた。護人が考えるより、ずっと相手の対処が難しいランダム攻撃をもたらしたのだ。

 お陰で、手数に押されて被弾の機会が多くなる獅子獣人である。


 いいぞと後衛陣の応援にも、次第に熱が入ってくる中で。とうとうレイジーが、自分の倍以上の体格の雄ライオンの撃破に成功してしまった。

 それも、巨大化を駆使しての体形の差である……さすがにズルいよと、末妹もルルンバちゃんかミケに応援を頼もうとしていたが心配は杞憂だった様子。


 見事に敵の喉を食い破って、レイジーの牙の切れ味は超一流だと証明された。そしてそのあるじ同士の戦いも、剣術以外の所でケリがつきそうな気配が漂って来た。

 まずは薔薇のマントの赤い拳が、接近戦で敵の獅子獣人のわき腹にヒット。その上で、軟体幼児の《ドレイン》や《水柱》が地味に相手を削ってダメージの蓄積。


 お陰で、数分後には見事に動きに精彩を欠く哀れな獅子獣人であった。それでも、中ボスでもないのにこの粘りは素晴らしいの一言に尽きる。

 止めを刺しながら、内心で相手にそんな称賛を送る護人であった。


「やった、勝ったね……中ボスでもないのに、ここの層の敵は数は少ないけど強く設定されてる感じだよねっ。

 どっちがいいとか悪いとかも無いけど、見応えはあったよ!」

「そうだな、こっちも久々に強敵と手合わせをして貰ったって感じかな。まぁ、相変わらずサポートしてくれる相棒たちのお陰で、手数に関しては自分だけじゃない感は強いけどね。

 それも含めて、自分の強みだから構わないけど」

「鬼の造ったダンジョンだけはあるよね……今回のは“報酬”が強めって話だったけど、強い敵との戦闘もきっかり組み込まれてるねぇ。

 後は本当に、たくさん魔法アイテムが回収出来れば言うこと無しかなっ?」


 そうだねと、獅子獣人の落としたスキル書と魔石(中)を拾った末妹は姉の言い分に同意する。ついでに撮影の内容にも満足気で、次もあるよねと楽しそう。

 このエリアは塔の3階層が基本のセットみたいだから、この上が恐らく中ボスの間になるだろう。そう思って、休憩後に気を引き締めて階段を上る来栖家である。


 そして同じ道場みたいな板の間にいたのは、何と巨大なヒドラとその前にたたずむ爬虫類タイプの獣人だった。最初はリザードマンかと思ったけど、どうやらへび獣人のようだ。

 下の階と同じく、どうやら蛇タイプの獣人とその従者のセットなのだろうか。ちなみにヒドラは4本首で、象ほどの大きさがあって相手取るには大変そう。


 その主の蛇獣人だが、拳法着をまとっているって事は人狼と同じく拳法使いなのだろう。それを見た姫香が、今度は私の番だねと進み出る素振り。

 当然その相棒のツグミも立候補するが、ヒドラとのサイズ感がちょっと酷過ぎる。そんな訳で、作戦会議の結果ルルンバちゃんも加えて貰う事に。


 2対3になるけど、全員で殺到するよりはマシなので許して欲しい。ツグミは少々不服そうだが、家族の申し出に表立って反論はせず。

 さすがの忍犬ツグミも、母親レイジーみたいな巨大化は不可能なのだ。


「別にツグミを信用してない訳じゃないからね、体格差はどう仕様もないんだから。この後もまだ行ってない扉があるし、ここでは無理しないってだけだから。

 そんな訳で、ルルンバちゃんも頑張ってあの巨大蛇を倒してねっ!」

「そうだねっ、出番のない子もいるんだから贅沢言っちゃダメだよっ。特にコロ助なんて、自分の番が次に回って来るって思っちゃってるもん。

 可哀想だよね、このエリアはここで終わりなのにさ」


 末妹のその言葉に、エッと言う表情のコロ助はちょっと哀れ。香多奈の言う通り、中ボスと思われる蛇獣人とヒドラの背後には宝箱と退去用の魔方陣が。

 その言葉には構わずに、姫香はツグミとAIロボを引き連れて中ボス前へ。お辞儀までキッチリ返して、姫香達と中ボスの蛇連合の戦いの幕は切って落とされた。


 頭脳派のツグミは、巨体のヒドラに暴れ回れたらコトだと、すかさず端っこへと誘導する。それに大人しく追従するルルンバちゃんも、その意図は分かっている模様。

 そんな移動の最中も、ツグミは影の触手でのちょっかい掛け。敵にペースを容易に渡さない、そんな頭脳派の戦いが出来るのかツグミである。


 一方のルルンバちゃんは、考えるより魔導ボディで示すタイプ。巨体の蛇の頭が襲い掛かるのを、器用に腕のブン回しでいなして行っている。

 4本の蛇頭は、それぞれ自律しているような動きで敵を見定めている。1本しかツグミに向かってないのは、食いでが無いなと思われているせいかも。



 一方の姫香サイドだが、敵の蛇獣人は2メートルサイズで先ほどの獅子獣人よりは小柄である。そして武器は何も持たずの無手で、その構えはかなり奇妙かも。

 両手で蛇の鎌首を表しているその動きは、蛇拳と言われるモノだろうか。中国拳法は、そんな感じで動物の動きを模したものが幾つかある。


 例えば有名な香港のアクション映画で、日本でもヒットした映画は幾つかあつた。そのお陰でその存在を知っていた護人は、子供たちに解説を行って呑気なモノ。

 『蛇拳』もそうだが、サソリやカマキリなど虫の動きの型の拳法もあるそうな。他に中国拳法で有名なのは、『八極拳』や『太極拳』などが挙げられるだろうか。


 特にゲームなどで有名になった『八極拳』は、護人も『拳児』と言うコミックを熟読して良く知っていた。習おうとまでは思わなかったけど、胸アツのストーリーには武術について考えさせられた覚えがある。

 今も蛇獣人の繰り出す蛇拳は、滑らかな動きで姫香も対処に苦労してそう。手の指を蛇の鎌首に見立てているのだが、スキルの恩恵か一瞬本当の鎌首に見える時が。


 姫香も愛用の『天使の執行杖』を手にしているが、どの形態に変化させるかはまだ迷っているみたい。今は杖の形で、『舞姫』スキルを動きに組み込んでの対処中である。

 それでも踊るようなその動きは、敵との攻防で見事と言うしかない間合い取りで素晴らしい。拳法にも精通しているのかと、一瞬思う程にその動きは敵と見事にマッチしている。

 そんな姫香を目にして、応援に熱が入る家族一同だったり。



 そんな中ボス戦だが、最初に大きな動きがあったのはヒドラとの戦いの現場だった。何しろ疲れ知らずで、咬まれても特に問題無いAIロボは怖いもの知らず。

 格闘戦も、何度もこなして随分と慣れて来た模様のルルンバちゃんである。そして今は、ツグミのサポートを得て伸び伸びと巨体の敵との接近戦を楽しんでいる。


 とは言え、鎌首で機体を縛られての締め付け攻撃は、それなりに辛いし気持ち悪い。そんな感覚はAIロボには無いのだが、敢えて形容するとしたらそんな感想だろうか。

 などと思っていたら、ツグミが首の1本の目玉を潰して、更にもう1本を『毒蕾』で毒殺してしまった。何と言う頭脳プレー、ルルンバちゃんをおとりにヒドラの半分の首を封殺してしまうとは。


 それに慌てたルルンバちゃんは、2本の蛇首をがしっと掴まえて動きを封じる構え。蛇の胴体は細身に見えるが、実際は筋肉の割合は凄くて締め付けられたら人間が抜け出すのは容易ではない。

 それを魔導ボディのパワーで、何とふん縛ってしまおうってルルンバちゃんはある意味アッパレ。実際に2本の首を堅結びしてしまった時には、後衛陣からエエッてな驚きの声が。


 こうなると、ほぼ何も出来なくなってしまう哀れなヒドラであった。こんな漫画のような結末を迎えるとは、まさか中ボスの彼も思っていなかっただろう。

 遊んでないで倒しちゃいなさいとの、末妹の言葉に従って最後は魔法で焼いての止め刺し。近接も遠隔も使いこなし始めているAIロボに、もはや死角はないのかも?

 隣のツグミも、うかうかしてられないなぁって表情だったり。



 そしてその頃、何だか妙に動きの洗練されて来た姫香と蛇獣人の戦いである。中ボスだけあって、相手は妙なスキルも使いこなす事が段々と判明して来た。

 それが蛇化のスキルだったり、その鎌首からの毒の噴射だったり。幸いにも《毒耐性》スキルを持つ姫香は、その攻撃にケロッとした表情で耐えている。


 そしてその攻撃の隙を突いて、痛烈な一撃を相手のわき腹へとヒットさせる事に成功。これも毎度の事なのだが、ノッて来た《舞姫》スキルは他のスキルも招き寄せて行く。

 今回は《豪風》スキルだった様で、滑らかな姫香の一挙一動から風が纏わりつき始める。やがてそれは、重い風の一撃となって敵に降り注いで行くように。


 そうなるともう、これはスキルを使用した新しい拳法モドキに他ならない。中ボスの蛇拳使いの攻撃は、ますます姫香には届かなくなってしまう有り様である。

 そんな感じで間合いを制した姫香は、最後に杖を大鎌モードにして敵の首をねてしまった。鮮やかなフィニッシュに、思わず姉妹からもワッと歓声が上がる。


 安心したように、それを見届けたツグミが主の元へと近寄って行く。戦いを終えた姫香は、納得したようにツグミの頭を撫でてホッと一息。

 これにて、2つ目の扉も完全制覇となった次第。



 そこからは、ねぎらいの言葉を掛けたり宝箱を漁ったりの時間を過ごす一行。毒を受けた姫香は全くノーダメージで、ツグミとルルンバちゃんにも被害は無し。

 完勝に見えるが、実際に戦った時間は10分近くと熱戦だった。それに応じて、ドロップ品も魔石は大と中が1個ずつ。しかもオーブ珠も、蛇獣人が落としてくれていた。


 宝箱からも、薬品類も中級エリクサーや解毒ポーション、エーテルなどたくさん回収出来た。鑑定の書や木の実や魔玉(光)も、それなりの数が出て来て香多奈も大喜び。

 魔結晶(大)も5個出て来たし、虹色の果実も2個入っていて大当たりの中身てある。後は、割とシックな手甲と拳法着が妖精ちゃん的には当たりらしい。


 取り敢えず6層目も無事に終わって、後は魔方陣で再びゼロ層エリアに戻るだけ。それじゃあと、さっそく巻貝の通信機を取り出して楽しそうに通信を始める末妹。

 紗良と姫香は、鞄に回収品を仕舞いつつあと2つだねと話し合っている。





 ――その残った扉の中身が、数分後に物議をかもす事に。





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